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用意周到な奇襲

崖際の道が大きく崩れてしまっていた光景を目撃したアレスたち。

その道の崩落にヴィオラが巻き込まれたんじゃないかと、アレスは躊躇することなく崖から飛び降りていた。


(ヴィオラ、巻き込まれたりしてねえよな……?)


急な斜面を滑るように下っていくアレス。

そうして下まで降りたアレスは僅かな川岸の岩場に降り立った。


「ッ!あれは!」


流れが急で、水深も深い危険な川。

その中で崩落した岩が川の中ほどにとどまっており、そこに必死にしがみ付く1人の男性の姿があったのだ。

アレスはその男性を発見するとすぐに川に飛び込み、少し流されながらも男性の元に辿り着いた。


「大丈夫ですか!?しっかりしてください!」

「うぅ……」

(かなり重症そうだ。間違いなくあの崩落に巻き込まれた人……ッ!あっちにも1人!)

「……少し我慢してください!岩の上に引き上げますよ!」


さらにもう1人別の岩にしがみついている女性を発見したアレスは、男性を岩の上に引き上げるとその女性の元に向かった。

2人とも崖の崩落に巻き込まれた影響か、冷たい水に浸かっていた影響もあって衰弱しきっている。


「はぁ……はぁ……あなた、たちは……」

「喋らなくていい。すぐに引き上げますから」

(今の男の人と同じ服装。お仲間か)

「すま、ない……すぐに王国軍に知らせてくれ……馬車が盗賊に襲われて、ヴィオラ様やほかの仲間が流されて……」

「なんだって!?」


男性に続いて女性も助けようとしたアレスだったが、そこでヴィオラも崩落に巻き込まれて川に流されてしまったという事実を聞かされてしまった。


「アレス様ぁ!!」

「アレス!大丈夫か!?」


その時、崖の上からロイやティナたちが覗き込んできた。


「お前らぁ!!この人たちを頼む!2人ともだいぶ重傷だ!!」

「アレスはどうするつもりだ!?」

「ヴィオラやほかの人が流されたらしい!俺はそっちに行く!!」


アレスは2人を岩の上に引き上げると、崖上のティナたちにその男性の手当てを任せたのだ。

そして自分は再び川岸に飛び移ると、そのまま他に取り残された人がいないかを探しながら川下へと向かい始めた。


「アレスさん!」

「ジョージ!私たちはまずあの人たちを助けよう!」

「は、はい!」

「私に掴まってください!崖下に飛び降ります!」


残されたティナたちは、まずは岩の上に残された2人を助けようと行動を始めた。

ヴィオラのことも、もちろんアレスのことも気がかりである。

だがアレスにこの怪我人を任された以上、まずは責任を持って彼を救う決断をしたのだ。


(他に誰の姿も見当たらない。川の勢いが強くて流されたか)


ヴィオラたちが落下した川は、水深が深く流れも速い。


「……この先は。まずいかもしれねえな」


命が無事であったとして、このまま流された先に行きつくのはとあるダンジョンであった。

三級ダンジョン、グラディア水底洞。

魔物に襲われ生存確率が著しく下がる危機的状況に、アレスは川沿いを走りながら冷や汗を流していた。



時は遡り、数時間前――

王都中心街にあるバルシュテイン家の別邸にて、ヴィオラはグリュンフォルドへ向かう前に、輸送隊のリーダーと会話をしていた。


「ヴィオラ、どうやらノルグ高原の北の地域でグレイホーンウルフが出現したようだ」

「ええ、叔父様。ルートを南に変更いたしましょう」


彼はハインリヒ・バルシュテイン。

ヴィオラの叔父であり、今回の輸送チームの隊長を務める人物。

今朝の新聞を読み魔物の出現情報を得ていた彼は、それを受けてヴィオラに輸送ルートの変更を告げていたのだ。


「ああ。ただ、警戒地域からあまり距離がない。こっちの道を使用しても魔物に襲われる危険があるぞ」

「もちろん、承知しております。ですがご安心を。今日は私も同行するのですから」

「頼もしいな。では、準備が出来次第出発するぞ」


周囲を険しい山々に囲まれたグリュンフォルドへ向かう道は限られている。

極端な遠回りをしなければいけない道を除けばその選択肢は2つしかなく、魔物の脅威を避けるためにヴィオラたちは残された街道を進むことになった。


「もうすぐ魔物の発生地域の近くだ警戒を怠らないように」

「承知しました」


こうして夜明け前に王都を出発したヴィオラたち一行は、順調にノルグ高原まで進んでいた。

今回の輸送隊は大型荷馬車2台と支援用馬車1台。

ヴィオラは後方の支援用馬車の中に乗り込んでいた。


「ヴィオラ様、学園生活はいかがでしょう」

「いかがでしょうって……特に変わりはないわ。私はバルシュテイン家の人間として責務を全うするだけ」

「さすがでございます、ヴィオラ様」

「ああ、ただ……最近初めて友と呼べるような存在ができたわ……」

「え?今なんと?」

「な、なんでもないわよ!」


他の護衛が警戒を行っているため、ヴィオラは体力を温存しながら馬車に揺られていた。


「止まれッ!!」


しかしその時、馬車の外から鋭い怒号が響き渡ってきたのだ。

その声の主はヴィオラの一団の物ではない。

その声がしたのとほぼ同時に輸送隊の列が急停止する。


「何事!?」

「ヴィオラ様!盗賊が現れました!」

「なんですって!?」


剣を取り状況確認を行うヴィオラに、馬車の御者は怯えた様子で盗賊の襲来を告げた。


「魔物が出てぇ~……北の道は危なくて使えないからなぁ~。ここは待ち伏せするには都合がいい~」


馬車の行く手を塞いだのは粗末な装備に身を包んだ盗賊たち。

魔物の発生に伴いこの崖際の危険な街道を使う商人が増えると考え、ここで待ち伏せを行っていたのだ。

さらに馬車の退路を塞ぐように背後にも彼らの仲間が現れる。


「積み荷を置いていけば命までは取らないよぉ~!大人しく従ったほうが身のためだぁ~」


伸びた話し方をするその男は、盗賊の頭と思われるような仕草で周囲の男たちにサインを送った。

それを受けて全員が一斉に各々の武器を構える。


「ふざけるなよ!盗賊風情が!」

「逆に王国軍に突き出してやる!」


そんな盗賊たちの前に、馬車を降りた護衛部隊が戦闘態勢へと移った。

街道は片側が切り立った岩の壁、その反対は急な崖。

挟み撃ちをされる形となった彼らだが、それでも怯まず戦う道を選んだのだ。


「もったいないねぇ~。命を粗末にして」


それをみた盗賊の頭はゆっくりと剣を抜くと、冷たい目線で前へ踏み出た護衛を睨み詰めたのだ。

直後、男の姿が護衛たちの視界から消える。


ガキンッ!!

「なッ!?」

「へぇ~。君、なかなかやるねぇ~」


護衛の視界から消えた男は、目にもとまらぬ速さで彼らとの間合いを詰めていたのだ。

一切の感情もなく振り下ろされる一刀。

しかしその刃が護衛の首に食らいつく寸前、馬車から飛び出したヴィオラが間に割って入りその一撃を防いでみせたのだ。


「ふんッ。運のないこと。襲った馬車に、この私が居たんですから」

「ヴィオラ様!」

「ヴィオラ……ああ、その馬車のシンボル。もしかして君、バルシュテイン家のヴィオラじゃない?」

「だったらなんですの?」

「別に~。ただ気になっただ……けッ!!」


立ちはだかったヴィオラに、男は再び剣を走らせた。

それを見た部下の盗賊たちも一斉に護衛に襲いかかる。

周囲は一気に血生臭い戦場と化したのだった。


「くッ!」

(太刀筋が読みにくい……所謂実戦で磨かれた我流の剣術というものですか)

(戦場の厳しさを知らない貴族様……と思ったけど、思ったよりやるじゃない~)


互いに無数の刃が交差する中、その中でより激しく打ち合うヴィオラと盗賊の頭。

互いに相手の強さを感じ取り決め手に欠ける状況が続いていた。


「それなら、これはどうだい?」


拮抗した状態が続いていたその時、突如盗賊の頭は後ろへ飛び退くとヴィオラに手をかざしたのだ。


(なに!?これは……絶対にマズい!!)

「させるわけないでしょう!?」

「おぉっと!?」


だが危険を察知したヴィオラは即座に前へ踏み込むと、男の左腕を斬り落とそうと斬撃を浴びせた。

男は想像以上の速度に驚き紙一重でそれを回避する。


(何かのスキルね。詳細は不明だけど自由にさせては危険)

(うぅ~ん。精神も強いか……これは骨が折れそうだね……)


状況は再び膠着状態となる。

不審な動きを見せればその隙を突いて一気に勝負を決めたいヴィオラに、それを警戒する盗賊の頭。


「しょうがない……引くぞお前たち!!」

「へい!」


するとなんと、盗賊の頭は突如部下に撤退の指示を出したのだ。

それを聞いた盗賊たちはいっせいに馬車から離れていく。


「腰抜け共め!劣勢と見るや恥もなく逃げやがる!」

「助かりましたヴィオラ様。さすがの腕前です!」

(なに……こんなにあっさり。妙だわ……)


身軽な動きで崖を昇っていく盗賊たち。

その様子を見た護衛たちは警戒こそ緩めなかったものの、自分たちの勝ちを確信していた。


(くっくっくっ。なんで俺たちがこの場所で待ち構えてたと思う……?)

「やはり何かある!全員!即座にこの場を離れて!!」

「え!?」


だが張りつけたような笑みの消えない盗賊の頭の顔を見て、ヴィオラはまだ敵が諦めていないことを覚ったのだ。

即座に3台の馬車にこの場を離れるように、大声で指示を出す。


「残念、それじゃ遅い」

ボォオオオン!!


しかし次の瞬間、ヴィオラたちがいた足場のすぐ下で、巨大な爆発が起こったのだ。

それは盗賊たちがしかけていた魔力で起動する仕掛けの爆弾。

それがヴィオラたちのいた足場を大きく崩したのだ。


「うわぁあああ!」

「ヴィオラ様ぁあ!!」


その足場の崩落に対応できず、3台の馬車もろともバランスを崩し谷底の川に落下しそうになってしまう。


「叔父様!!」

「任せろ!!ホワイト・ロード!!」

「……あぁん?」


だがその時、ヴィオラの掛け声とともにハインリヒが馬車から顔を出すと、大量の白い煙のようなものを放出したのだ。

それは意志を持ったように馬車の足場に潜り込むと、崩れていく岩の隙間を埋めるように大きく広がる。


「今のうちにここを離れよ!!」


ハインリヒのスキル、雲踏(クラウドステップ)により生み出された煙により、馬車は即座に落下することなく崩落のエリアから脱出することに成功したのだ。

しかし……


「うッ!?きゃぁ!!」


ハインリヒが生み出した煙はそれ単体に浮力がほぼなく、完全な空中に足場を作ることはできない。

さらに大規模な岩の崩壊を食い止められるほどの強度もなく、後方にいた支援用の馬車1台と、その周辺にいたヴィオラと護衛たち数名が崩落の範囲から逃れることが出来なかったのだ。


「隊長!!ヴィオラ様が……」

「くッ!!……とまるな!!」

「し、しかし……」

「今の戦力では奴らに勝てん!ここは撤退しかないのだ!」

「……ッ。はッ!!」


2台の馬車は何とか崖の崩落から逃れ、そのまま盗賊たちを振り切ろうと全速力で走り抜けた。

その様子を崖を上って観察していた盗賊たちが追いかけようとする。


「頭!奴ら追います!」

「いや待て」

「なんで止めるんすか!?」

「あれだけ逃げられたら捕まえるのは難しいだろ。それよりも~……ヴィオラ・バルシュテインといえば、次期バルシュテイン家の当主と噂される女じゃない~。そいつを人質にすれば、バルシュテイン家からたんまり身代金を貰えると思わない~?」

「なるほど!さすが頭です!」


盗賊たちは全速力で逃げた馬車を追うことなく、標的を積み荷からヴィオラ本人へと切り替えたのだ。


「ですがあの女、川に落ちて死んでません?」

「死んでたとしても死体が発見されなきゃ身代金は取れるでしょ。とにかく、川下に向かってあの女を回収するの」

「へい!」


川に落ちたヴィオラを攫おうと、盗賊たちは一斉に川下に移動し始める。

こうして現場には崩れた足場と岩に引っかかった2人の護衛たちだけが残されることとなったのだ。


「うっ……わぷッ!!はぁ……はぁ……!」

(ぐッ……腕が……。川に落ちた時に折れたか……)


川へ落ちてしまったヴィオラは、足場の崩落に巻き込まれた影響で腕を負傷し、川の流れに逆らうことができなかった。

息継ぎもままならず、水を大量に飲み込んだヴィオラはどんどん意識が遠のいていく。


(ああ、死ぬ……こんなところで……ごめんなさい。姉……さん……)


体の感覚が徐々に失われ、ヴィオラの意識は闇へと落ちていった。

走馬灯のように思い出されるのは彼女の記憶の奥深くに眠っていた姉の笑顔。

姉のような立派な人間となりバルシュテイン家を継ぐという、そんな目標を果たせぬまま死んでしまうことを、ヴィオラは心の底から後悔しながらその目を閉じたのだった……



(――――ん、あれ……私、生きてる……?)

「ぁ――……」


しかし死を覚悟したヴィオラだったが、その命の炎は消えることなく、再び目を覚ますことが出来たのだ。

太陽の光の見えない闇の中。

焚火の炎だけがヴィオラの視界を照らしている。


「ッ!!あ、あなたは!?」


意識を取り戻し目を開けたヴィオラの目の前には、焚火を挟んで座る1人の鎧の人物の姿があったのだ。

それはまるで貴族の屋敷に置かれている飾り物の鎧のように微動だにせず、しかしその表面は何年も手入れされていないように黒い錆で覆われていた。


「あなたが……私を助けてくださったんですか?」


ヴィオラは体を起こし、恐る恐るその鎧の人物に訪ねた。

2人の間に流れる静寂。

それがヴィオラの緊張感をさらに高めていくことになったのだ。

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