ノルグ高原の異変
「よし、じゃあ早速行こうか」
ヴィオラが向かうグリュンフォルドの道中に危険な魔物が出現していることを知ったアレス。
心配はいらないと思いながらもどこか落ち着かない様子だったことをティナたちに見破られ、魔物討伐のついでという名目でヴィオラの様子を確認しに行くことにしていたのだ。
「すみませんね、ロイさん。急にこんなことお願いしてしまって」
「いえ、ジョージ様。私のことはお気になさらず。何なりとお申し付けください」
一度準備のために解散したアレスたちは、外出の申請を手早く済ませて学園の外で集合していた。
もちろん外出の理由は魔物討伐などとは書かず、その付近の村への買い物と誤魔化している。
「普段、王都からグリュンフォルドへ向かう主な道は2つです。ただ、片方は魔物が発生した地域と被っていますので安全のことを考えるならこちらの道を使うと思います」
ジョージが用意した地図でヴィオラの向かった先を予想しつつ、ロイに進路を伝える。
「夜明け前に輸送隊が出発したなら、あと1時間程度で問題の地域に差し掛かるはずです」
「私の足ならば、少し急げば問題なく追いつくことが可能だと思われます」
「うし。それじゃあロイさん、お願いします」
「かしこまりました」
アレスの指示で、ロイは人の容姿から巨大な狼の姿へと変貌していった。
白く美しい毛並みを風になびかせ、堂々たる様子で佇むロイ。
そしてアレスたちが背中に乗りやすいようにゆっくりと体勢を低くした。
「んじゃあ、俺が先頭でお前らは……」
「あ、ちょっと待ってくださいアレスさん」
「何かあったか?ジョージ」
「もしよろしければ、僕が前でもかまいませんか?」
しかしアレスがロイの背中に飛び乗ろうとしたその時、ジョージが自分を先頭にして貰えないかとアレスにお願いしたのだ。
「別にいいぜ。俺が操縦するわけじゃねえし」
「ありがとうございます。では順番は僕、アレスさん、ソシアさん、ティナさんという形で」
「わっ、私がアレス君の後ろ!?」
もちろん問題はないと、すんなりジョージに前を譲るアレス。
その流れでジョージはロイに跨る順番を口にしたのだが、今度はそれを聞いたソシアが焦り始めた。
「何だ?ソシアも前がいいのか?」
「ち、違うけど。ねえ、ロイさんに乗せてもらって走るとき、振り落とされないようにどこを掴んだら……」
「そりゃおめぇ、前の奴の腰に手を回すに決まってるだろ」
「だっ、だだ、だとすると私がアレス君に……だ、抱き……!?」
ロイがアレスたちに気を使って揺れを抑えられるとしても、振り落とされる危険は付き纏うために前の人の腰に手を回すことがベストの選択。
だがジョージが口にした順番ではソシアがアレスの後ろから抱き着く形となってしまい、アレスのことを意識し過ぎていたソシアは恥ずかしさからそれを素直に受け入れられなかったのだ。
「……ソシアお前、俺にしがみつくのがそんなに嫌なのか?異性同士ってのは分かるが、そんな露骨に嫌がられたら流石に傷つくぞ」
(しまった!アシストが仇に!?)
「ち、ちが、違うのアレス君!別にアレス君に掴まるのが嫌とかじゃなくて!むしろ嬉しいというか……あッ!!これはその、違くて!!」
嫌がられたと受け取ったアレスの言葉がより事態をややこしくする。
(……そうか。ソシアは……アレスのことが好きなんだな)
そんなソシアの様子を一歩離れた場所から見ていたティナは、ソシアがアレスに好意を寄せていることにようやく気が付いたのだった。
アレスもそうだったが、以前のティナもそれと同等に色恋に対しては驚くほどに鈍感であった。
それは幼いころに母親を亡くし、父親に嫌われ家の中に居場所がなかった過去が起因していた。
強くなって父親を見返すことだけを考え、ただ己を磨き続けた幼少期。
さらにフォルワイル家という特殊な関係がティナに自由な恋愛というものを知る機会を与えなかったのだ。
『アレス・ロズワルドは貴様の、婚約者だろう!?』
それが先日暗殺者のルークにそう言われ、ティナにアレスを恋愛対象としてどう思うのか、考えさせるきっかけが生まれた。
(アレスは……私の大切な友人だ。もちろんソシアも、ジョージも……私はこの関係がいつまでも続けばいいと考えていた。本当にこの関係はいつまでも続くのだろうか。そして――私は、一体どうしたいんだろうか……)
ティナは自分もいつか、貴族の人間として誰かと結婚し子を残していくものだと考えていた。
だからこそ自由な恋愛をしてその相手と結ばれていく自分の未来を想像していなかったティナは、ルークに突きつけられたその言葉に、まだ答えを見つけられていなかったのだ。
「抵抗があるならいいよ。順番を変えれば」
「ほ、本当に違うの!私は嫌じゃないけど……アレス君が私に抱き着かれるなんて嫌じゃないかなって」
「あ?なんでそんな話になるんだよ。俺がそんな風に思うわけねえだろ」
(微笑ましいですね。ラーミア様には色恋のいの字もありませんでしたから)
そんなソシアとアレスのやり取りを、ロイは口出しは野暮だとただ静かに見守っていた。
かつてロイが使えていたラーミアは男性であるオリオンと共に旅をしていたが、その中で2人は親密になるどころか打ち解け合うことすらなかったためロイは今のアレスとソシアの関係にほっこりしていた。
「じゃあ、俺の後ろでもいいのか?」
「うん!いい、むしろそれでいいから!」
「そうか……んじゃあ、それで行くか。ティナ、なんか待たせちまったな」
「……」
「……ティナ?何ボーっとしてんだ?」
「えっ?あ、ああ!なんでもない。では行くとするか」
結局ソシアはアレスの後ろに座ることとなり、気を取り直して出発することとなったのだ。
ジョージを先頭に、順番にロイの背中に跨っていく。
「じ、じゃあ……触るね?アレス君……」
そしてソシアの番となり、アレスの後ろに座ったソシアは恐る恐るアレスの腰に手を伸ばす。
「……おい。そんなんじゃ振り落とされるぞ。危ないからしっかり掴まれ」
「えっ!?わ、わかったよ……これでいい?///」
恥じらいから控えめに腰を触ることしかできなかったソシアに、アレスはもっとしっかりと自分に掴まるように声をかける。
それを聞いたソシアは意を決し、大胆に後ろから抱き着いた。
(うわぁ~~~やっちゃったぁ~~~/// で、でも、振り落とされないようにするためだからしょうがないよね!?///)
(……堂々としてくれないと逆に意識しちまうだろうが……)
「あまり揺れないよう心がけますのでご安心ください」
「ティナ、お前も早く乗れよ」
「ああ、今乗る」
こうしてスムーズとはいかなかったが、最後にティナが飛び乗り出発の準備が整った。
それを確認したロイは立ち上がると、ゆっくりと加速し目的のノルグ高原を目指したのだった。
学園を出発して1時間と少しが経過した頃。
順調に進んで行ったアレスたちはノルグ高原へと差し掛かっていた。
「もうそろそろノルグ高原に入ったんじゃないか?」
「はい!この先の川沿いの道が輸送ルートだと思うので、そこを寄ってみましょう」
「かしこまりました!」
周辺と比べて高い草木が少なく岩肌が露出しているノルグ高原。
アレスたちはここでヴィオラたちがトラブルに巻き込まれていないか確認しようと、ヴィオラたちが通るであろう川沿いの道を目指していた。
(こんなに長くアレス君に抱き着いても許されるなんて……来てよかったかも///)
1人だけ目的が違っていたが、アレスたちは周囲の様子を警戒しながら進んで行く。
グレイホーンウルフの出現地域と近かったが、現状は周りに魔物の気配はない。
(まあ、杞憂に終わるならそれに越したことはねえ。適当にグレイホーンウルフを狩って学園に帰ればいいか)
アレスはロイの背中に跨ったままそんなことを考えていた。
そうして景色はどんどんと変わっていき、王都からはあまり使用されることのない川沿いの道へと出る。
その街道は岩山の腹を削って造られた道。
右手には切り立った岩壁、左手には十メートルほど下に流れる深い川。
道幅は馬車がすれ違えるほどはあるが縁には低い石積みがあるだけで、踏み外せばそのまま谷底の川へと落下してしまう危険な道だ。
「ヴィオラさんたち、見当たりませんね。もう通過してしまった後でしょうか」
「このままもう少し進んだ後、何の異変もなければ魔物の発生地域に向かいましょうか?」
「ああ、そうしてくれるとありがた……ッ!?いや、あれはなんだ!?」
「ッ!?」
ヴィオラが同行しているバルシュテイン家の馬車の一団の姿はなく、すでに問題なく通過してしまった後だと考えたアレスたち。
だがその時アレスは視線の先に、明らかにおかしな光景を発見したのだ。
「これは……魔物にでも襲われたのか!?」
それは崖際の道が大規模に破壊され、完全に道が分断されてしまっていた光景。
巨大な魔物に襲われたのか、爆裂魔法でも使用したか……
とにかく突如見つかった事件の痕跡に、アレスたちの緊張が一気に高まる。
「ソシア、ちょっと離れろ!」
「え……アレス君!?」
「アレス様!!」
その破壊痕を見たアレスはロイから飛び降りると、なんと躊躇もなく崖下へと飛び降りたのだ。
道の崩落と共にヴィオラが崖下の川に落ちたのかもしれない。
不吉な予感が現実のものになってしまったと、アレスはヴィオラの無事を心の内で強く祈ったのだ。




