対等という距離
フォルワイル家を狙った連続暗殺事件が解決し、ハズヴァルド学園に戻ったアレス。
いつも通り午前中の授業を終えたアレスはソシアとジョージの2人と一緒に学園の正門前にやって来ていた。
「みんな!ただいま!」
そこに姿を現したのはメイドのリグラスを連れたティナ。
体力が回復し王国軍の聞き取りを終えたティナは、目覚めた翌日の午後にはハズヴァルド学園に戻ってくることが出来たのだった。
「おかえりティナさぁ~~~ん!」
アレスたちの姿を見つけ笑顔で駆け寄ってきたティナに、ソシアは泣きながら抱き着く。
そんなソシアを見てティナは嬉しそうに困った表情をしてみせた。
「もう、ソシア。昨日私のお見舞いに来てくれた時に散々泣いたじゃないか」
「だって……またティナさんが学園に来れたのを見たら、我慢できなくって~」
「いや、仕方ないですよ。僕もまた泣きそうになっちゃって……」
「ジョージまで。……でも改めて、ずいぶん心配をかけてしまったな。本当にすまなかった」
意識を取り戻したティナの元にアレスがやってきたその後、遅れて連絡を受けた2人もティナの元に駆け付けていた。
それでもこうして制服姿で元気に学園までやってきたティナを見て、ようやく彼女が無事に戻ってきてくれたのだと2人は強く実感していた。
「アレスも、この恩は必ず返させてくれ」
「だからいいって。恩って言うなら、俺この数日学園を不在にしてたけど、リグラスさんが公務での不在ってことにしてくれたんだ。また叱られるところだったし、それだけでありがてぇよ」
「いえ。我々がアレス様のお力をお借りしたかったのです。こうするのは至極当然のことでございます」
「そうだぞ。というかこんなもの恩返しになるわけないだろ!それに私がしたことでもないし」
「もうやめろって。生きて戻ってきてくれた、それで全部だろ」
アレスは満足した様子で微笑んだ。
その声は穏やかで、ティナが病院に運び込まれた日のものとは比べ物にならない。
張り詰めていたものがすとんと落ちたような、以前と変わらないいつものアレスの声音だった。
「……アレス君」
そんなアレスの様子を見て、ティナに抱き着いていたソシアは小さくアレスの名を呼んでいた。
『ティナをこんな目に遭わせた奴らを探し出して、一人残らず地獄をみせる』
(アレス君、元に戻ってくれてよかった……)
あの日、ティナが瀕死の重傷で生死の境を彷徨っていた時にアレスが放ったその声色は、それまでソシアがアレスに対して抱いていた優しいイメージからはかけ離れていたものだった。
もちろんティナが殺されかけていたという状況がアレスをそうさせたというのは分かっていても、ソシアはどこか胸の奥に引っかかるものを感じていたのだ。
それがティナが無事に戻って来て、今まで通りのアレスに戻ってくれたことが、ソシアにとってとても喜ばしいことだったのだ。
「ん?どうしたソシア、俺のことじっと見つめて」
「えっ!?い、いや、なんでもないよ!」
(ソシアさんはまた……)
「それでティナさんは、これからどうするんですか?」
ソシアの相変わらずの進展の無さに呆れるジョージは、場の空気を変えるようそうティナに質問する。
「そうだな。一度寮に戻ろうと思ったが、せっかく皆が出迎えてくれたんだ。少しお茶でもどうだ?」
「いいね。んじゃあ、早速行きますか」
「それではティナ様。私は先に寮に戻って待機しています」
「ああ、そうしてくれ」
主人の交友関係に踏み入らないようにと、リグラスはそう一言いい残し、アレスたちとカフェテリアに向かうティナを見送った。
アレスたちと並んで歩いていくティナの横顔は、これ以上ないほどに満ち足りているようにリグラスには感じられたのだった。
「ほんとうか?私を襲った殺し屋が学園にまで来ていたなんて」
カフェテリアに移動したティナたち。
ティナが眠っていた時に学園で起きたことを話したりしながら、互いに気遣うことのないリラックスした時間を過ごしていた。
「はい、僕らは遭遇してませんが、ルシーナさんが狙われて。危ないところをキャロルさんたちが助けに入ったらしいです」
「結界があるのに怖いよね……その暗殺者は結界を抜けられるスキルを持ってたみたいなの」
「忍び込むのはもちろん夜だろうが、そのおかげで逆に良かったよ。時間内ならキャロルも結構やるからな」
いい香りが立ち上る4つのカップと少量の茶菓子を机に用意し、途切れることなく会話が続いていく。
「ですがずいぶん先生方から怒られたようですよ。実際、キャロルさんもかなり苦戦させられたようですし」
「いつもアレス君に特訓してもらってるから槍使い相手に大変だったんだって」
「あの男か。飄々としていたが、槍の実力は確かだった。私も正直戦いにくかったよ」
「なるほど。俺とばっかりやってるせいで剣相手に慣れちまうのは言われてみればそうだな。これからは他の得物でもしごいてやらねえと」
「まさか君が槍を使うのか?君が剣以外をまともに使っているところなど見たことないが……」
「弓とか鎖鎌を使えって言われたらそりゃ困るがな。剣も槍も、他の近接武器も根っこの部分じゃ同じだよ。王宮に居た頃にいろんな武器の使い手と戦ったし、ある程度の完成度でいいなら再現できる」
「そうなの?さすがはアレス君だね!」
「それならぜひお願いしたい。苦手意識を持ったままではいけないからな」
槍使いスージンに後れを取った反省から、話は自然と槍を扱う敵への対策へとなる。
訓練程度でいいなら槍を扱えるとアレスが口にすると、ティナはその話に乗り気になっていった。
「んじゃあ、この後早速やろうか」
「ああ。鈍ってしまった腕を取り戻すにはちょうどいい」
お茶会も嫌いではないが、もともと体を動かす方が好きな2人。
紅茶もまだ半分残っていたが、すでに気持ちはこの後の訓練へと向かっていた。
「いいんですか?寮でリグラスさんが待っていると言っていましたが」
「急いで戻っても特にすることはないから平気だ。リグラスも私がすぐに戻ってくるとは思ってないだろうし……」
「あら、ティナ様じゃありませんか」
だがそんな会話をしていたその時。
ティナたちの元に生徒会長であるヴィオラが現れたのだ。
「暗殺者に狙われ危険な状態だったと聞きましたが、学園にお戻りになっていたんですね」
「ええ、ちょうど先ほど。何か私に御用でしたか?」
「いいえ。ただ無事に戻って来られてよかったなと」
「まさかヴィオラ先輩に心配してもらえるとは。ありがとうございます」
先程までの柔らかな雰囲気から一転、貴族同士の一定の距離を置いた会話が冷たく響く。
その様子にソシアとジョージは緊張で表情をこわばらせていたが、アレスだけが変わらぬ様子で口を開いた。
「おいお前ら、なんだその堅苦しい会話は。聞いてて息がつまりそうだ」
「ち、ちょっとアレスさん!」
「そんなつもりは……学内では学年も立場も私の方が上ですが、フォルワイル家のご令嬢相手ならこれくらいの接し方が正しいと……」
「そうだな。学園ではあくまで私は一生徒。先輩には敬意を示さねばと思っただけだ」
ソシアやジョージから見れば2人の関係は険悪なものに見えたのかもしれない。
だが2人にそんなつもりはなく、アレスはお互いに距離感を測りかねていただけだと気付いていたのだ。
「んで、お前らはお互いにそういう話し方を望んでるわけか?」
「……。まったく、あなたという人は。貴族というのはそんな感情で振る舞いを変えるものではないんですよ?」
「ああ。だが、私もまだ少し君に苦手意識があったのは事実だ。確かに家の立ち位置はフォルワイル家の方が上だと言われているが、私は気にしていない」
「ティナ様がそうおっしゃられるのでしたら……お互いに対等に、ということでどうでしょう?」
アレスの仲介もあってか、2人は貴族としての仮面を外し、自然と口角を上げたのだった。
「お二人も、彼の友人ということで必要以上の気遣いは不要ですよ?」
「いえ、そんな!僕らはこれが平常運転みたいなものなので……」
「というよりアレス君、ひやひやさせないでよ。またヴィオラ様を怒らせるんじゃないかとビックリしちゃったよ……」
「誰彼構わず気安く話してるわけじゃねえよ。ただ、ヴィオラ様とはもう友人だと思ってるからな」
「友人……やはり、あくまで私はあなたと対等という認識なんですね」
アレスのその言葉にヴィオラは小さくそう呟いた。
ヴィオラの背中にはアレスを主人と定めた奴隷の刻印が刻まれている。
そのことを知らない3人は、平民であるアレスが貴族のヴィオラに馴れ馴れしく接することが不快だと考えているのだと受け取られていたが、その認識は次のヴィオラの言葉によって否定されることとなる。
「それなら、もうヴィオラ様なんて仰々しい呼び方はやめて欲しいわね。あなたの自然な呼び方で呼んで欲しいわ」
「そっか。それじゃあヴィオラ、お前も一緒にどうだ?」
ヴィオラがアレスと対等に話すことを望んだことで、3人の中のヴィオラの認識は完全に改められることとなったのだ。
そうして団欒に加わることとなったヴィオラは、驚くほど自然にアレスたちの中に溶け込んでいるように見えたのだった。




