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おかえり

シフォンの知らせを受けて病院に駆け付けたアレス。

そこには生死の境を彷徨っていたティナが目を覚まし、ベッドの上で起き上がっていたのだ。


「ティナ……お前……」


ティナの意識が戻らないと聞かされた時から、ずっと頭の片隅でティナのことを心配し続けていたアレス。

無事に目を覚ました彼女を見て、その目には自然と涙が浮かんでいた。


「目を覚ましたのはついさっきだ。意識が戻って、1番最初に頭に浮かんだのは君の顔だった。きっともの凄く心配させてしまっただろうし……相当大変な思いをさせてしまっただろうなと」

「大変だなんてお前……そんなもんじゃなかったんだぞ。リグラスさんからはこのまま目を覚まさなくてもおかしくないって……」

「ほんとうに……申し訳ない。ソシアにもジョージにも、心配をかけてしまったな」


もしかしたらティナは死んでしまうかもしれない。

ずっとその可能性を考えないようにしていたアレスは、今確かにティナと目が合い、言葉を交わしている現実に涙が抑えられなかった。

そんなアレスを見てティナは計り知れないほど心配をかけてしまったのだと、謝罪の言葉を口にした。

だがその表情には、それだけ自分のことを思っていてくれたのだという、喜びの感情も少し含まれていたのだ。



「リグラスから1番に聞かされたぞ。君が私のために睡眠もろくに取らず動き回ってくれたと」


ティナとの再会を果たすことが出来たアレス。

ベッドの傍に置かれていた椅子に腰を下ろし、思う存分言葉を交わし合っていた。


「ああ、そういえばあんま寝てなかったな。でもお前を殺そうとした奴らが野放しになってると思ったら眠気も感じなかったよ」

「父上のことも助けてくれたらしいな。すでに父上は退院したらしいが」


少し前に目を覚ましていたティナは、リグラスから意識を失っていた間の話を聞かされていた。

その中には当然ゼギンに関する話もあり、ティナはゼギンが自分と同じ病院に運ばれ、8時間程度で目を覚まし出ていったことを聞かされていた。


「ゼギン様は意識が戻ったのか。よかったな」

「ああ。ただ、切られた右腕はくっつかなかったらしい」

「そうか……」

「君が落ち込む必要はない。父上もきっと命を拾っただけで十分すぎると考えてるだろうよ。それにしても、やはり君は凄いな。私が手も足も出なかった奴に完勝したと聞いたぞ」


ベッドの上で下半身に毛布を掛けたまま、もたれかかることなく上体を起こしていたティナは明るい表情でアレスと話していた。

それはまるで再び友人と話すことができる喜びを噛みしめるように。


「まあ、別に自慢するようなことじゃねえよ」

「君ならそういうと思った。この病室でも襲ってきた殺し屋を撃退してくれたと。君に命を救われたのはもう何度目だろうな」

「そんなこといちいち数えんなって。でもまあ、その様子だともう大丈夫そうで何よりだ」


ティナの笑顔を見て、すでに命の危機は脱したのだとアレスは安堵の表情を浮かべた。

だが命の危機は過ぎたと知った今、次なる懸念がアレスの中に浮かんできた。


「ただ……その。ティナ、傷跡はどうだ?」


それはティナの傷痕の問題。

命を繋ぐことに必死で、当然助かった後のことなど今までは考えることも出来なかった。

ただあれほどの重症だったということで、その傷がどの程度残ってしまうのか、気になるのは必然であった。


「ふふっ。まあ……かなり残ってしまうな。こればかりは瘢痕治療師でもどうしようもないらしい」


回復魔法による治療は、時間が経ちすぎると完全に治すことが難しくなる。

しかし命に関わる重傷の場合などは、生命力を大きく消耗する回復魔法は使用することが出来ず、必然的に大きな傷跡が残ってしまうことが多くあった。


「そうか……」

「そんな顔をするなよ。君は人の外見など気にする質じゃないだろう?」

「……それはそうだけど。あって嬉しいものでもないだろう?」

「……それは、そうだな」


ティナも戦場に立つ身として、傷が残ってしまう覚悟はできている。

ただそれはそれとして喜べるものでは決してなく、アレスは思わず言葉を詰まらせてしまうのだった。


「……私は1度見たが、特に酷いのは背中の傷だ」


そうティナは言うと、鈍った体を重そうにしながらベッドの上で身を起こした。

そしてゆっくりとアレスに背を向けて、着ていた病院服に手を掛ける。


「先に言うが、助かったのが奇跡といえるような傷だ。命が助かっただけ贅沢は言えない」


アレスに背を向けたまま、ティナは静かに上半身をはだけていく。

その様子はアレスは何も言わず、ただ静かに眺めていた。


「未熟な証だ、見せるのは少し恥ずかしいが……君にだけは見てもらいたい」


そう言って結ばれていない美しく長い髪を右手ですくうと、そこにはあまりにも痛々しい傷痕が刻まれていた。

消すことが出来なかった大きな傷は、斧により斜めに切り裂かれたものと、心臓のすぐ横を貫かれた傷。

そのどちらもティナの命を奪うには十分で、それを見たアレスは無意識のうちに強くこぶしを握り締めていた。


「……まだ、傷は痛むか?」

「いや。すでに痛みはないから心配は無用だ」

「……、……触っても、いいか?」

「……こんなことを許すのは君だけだぞ?」


ティナのその返事を受け、アレスは強く握りしめていた拳をほどき、恐る恐るティナの背中の傷に手を伸ばした。

斜めに刻まれた深い傷痕をガラス細工に触れるように優しくなぞり、最後に心臓のすぐ横を貫いた傷に触れる。

改めてティナが助かったのは奇跡だということを強く感じ取り、アレスは言葉を失ってしまった。


「我ながら、よくこの傷で生き延びたものだと思うよ」

「ああ……ほんとうに。ほんとうに……」

「っ!」


ティナのその言葉を聞き、涙を堪えきれなくなったアレスはその頬に一筋の涙を零した。

そしてゆっくりと立ち上がり、背を向けたままのティナをそっと後ろから、首元に手を回すように柔らかく抱きしめたのだ。


「ほんとうに……生きていてくれてよかった。おかえり……ティナ……」

「……ッ。……ああ、心配をかけた。ただいま……」


目を閉じたまま抱きしめたアレスに、ティナは声を震わせながらその腕にそっと手を伸ばした。

お互いの温もりが再びこうして生きて話すことが出来たのだと強く実感させ、2人はその時間を胸に刻み付けたのだった。



「それじゃあ、もうすぐに学園に戻って来られるのか?」


そうして少しの間ティナを抱きしめていたアレスは、再び椅子に腰かけるとそうティナに話しかけたのだった。

それを聞いたティナは脱いだ病院服で体の前面を隠しながら、ベッドの正面を向いて座る。


「ああ。退院は明日か、遅くても明後日にはできるだろう。ただ軍に色々話を聞かれそうでな」

「そうか。なら、ソシアもジョージも。お前のこと待ってるからよ。早く戻って来いよ」

「ああ、私も早くみんなに会いたい」


アレスはそう言って、用事が済んだと言わんばかりに立ち上がる。

次は病室の外で待ち続けているリグラスにも挨拶をしなければいけない。


「そうだ、ティナ。暗殺組織とそこに依頼した奴らは捕まえたけど、フォルワイル家がターゲットだったはずなのになんで俺が狙われたか聞くの忘れたんだ。お前、なんか心当たりないか?」

「え、それは……」

「ティナ、入るぞ」


アレスが病室から立ち去る前に一つ。

なぜフォルワイル家ではない自分も暗殺のターゲットになっていたのか、その心当たりがないかティナに聞いた。

しかしその問いにティナが何かを言おうとしたその直後。

なんとそこへ退院していたはずのゼギンがノックも無しに病室に入ってきたのだ。


「ッ!?貴様!!」

「は?」


ガシャァアアアン!!


部屋に入って来たゼギンは、ティナとアレスを見た途端怒りを爆発させ、アレスを掴んで窓の外に投げ飛ばした。


「父上!?何をしている!!」

「目を覚ましたと聞いて来てみれば……貴様ら病院で一体何をしているのだ!?」


上半身裸で脱いだ病院服で前を隠していただけのティナを見て、ゼギンは怒りのままにアレスを部屋から追い出したのだ。

3階から投げ飛ばされたアレスは、階下の木の枝に引っかかりながら地面へと落下した。


「いってぇな!!おいこら!!これでも俺は命の恩人だぞ!?柔らかい土の上だからよかったものの……」

「父上!別に私たちは何もしてないぞ!そもそも部屋に入ってくるならノックくらいしろ!!というか早く出ていけ!」

「ふんッ。言われなくても用事が済めばすぐに出ていくさ。ティナ、俺は今朝国王様に総軍団長の座を退きたいと嘆願書を提出してきた」

「ッ!?」


何とか無事だったアレスは投げ飛ばしたゼギンに向けて不満をぶつける。

突然現れた父親にティナが追い返そうと声を荒らげたのだが、その時ゼギンが話した言葉に驚愕したのだ。


「俺はすでに2度、敵に敗北している。おまけに右腕を失い、そんな敗北者には総軍団長の役目は務まらんと考えてな」

「……じゃあ、もう軍を退いたのか?」

「いや。国王様は俺の願いを聞き入れてくださったのだが、リーザ姫がその判断に異議を唱えたのだ」

「姫が?」


ゼギンはティナと視線を合わせないまま話を続ける。


「確かに腕を失った俺が総軍団長の地位を退くのは正しいが、今はまだその座に相応しい後継が居ない。突然軍のトップが空白になれば国に混乱が起きかねんと、適任者が現れるまで俺にこの立場にとどまるようおっしゃったのだ」

「……つまり、なにがいいたい?」


要領を得ないゼギンの言葉に、ティナが不機嫌そうにゼギンにそう問いかける。

それに対しゼギンは一呼吸置いた後こう答えたのだ。


「リーザ姫の言葉ならば、俺に断る権利はない。俺は俺よりも相応しい後継者が現れるまでは総軍団長の椅子に座り続けることにした。そして、この国のために、生半可な者にはこの座は明け渡さない。せいぜい今より強くなり、この俺を超えることだな」


ゼギンはそう言い残すと、すぐに病室から出ていってしまった。


(んだよ。つまり俺がこの席にいる間に強くなって総軍団長を継いでくれってことじゃねえか。思ってたよりティナに甘いな)


そんなゼギンの言葉を、アレスは外壁をよじ登り、窓のすぐ下で密かに聞いていた。

そしてゼギンが出ていったのを確認したアレスは、窓に手を伸ばし病室に戻る。


「だとよ、ティナ。こりゃ頑張るしかないな」

「なんだあいつ!わざわざ私の所に来て、私を総軍団長にさせないつもりか?」

「え?」


ゼギンの親心を悟ったアレスは、それとなくティナに感想を求める。

だがそれに対しティナが口にしたのはアレスの想定とは異なるものだったのだ。


「ふん!言われなくても、こっちは始めからあいつに譲ってもらうつもりはないさ!叩き潰してその座を奪ってやる。それになんだ!?実の娘が死の淵から目を覚ましたんだぞ?少しは喜べ!」

(いやいや……そもそもあれだけを言いにここに来た時点で、相当心配してただろ)


ゼギンの不器用過ぎる親心に、全くと言っていいほど気付いていないティナ。

そんなティナに、アレスは思わず言葉を失ってしまっていた。


「……そ、そうだ。さっきの質問。お前さっき何か言いかけてたよな?」

「え?」

「ほら、実は俺もフォルワイル家じゃないのに命を狙われてたらしいんだ。何か心当たりはないか?」


アレスにそう聞かれ、ティナは分かりやすく目を泳がせた。


「そ、それは……それよりアレス!早く出ていってくれ!そうじゃないと着替えられないだろ!」

「え?あ、ああ……すまん……」


ティナにそう言われてしまえば出ていくしかない。

アレスは何故急に部屋を出ていくように急かすのか、理由が分からない様子で部屋を後にした。


「……」


ティナはそんなアレスの背中を見つめ、あることを思い出していた。

それはティナが暗殺者たちに襲われた夜のこと。


『なぜアレスを狙う!!彼はフォルワイル家とは関係ないだろう!?』

『とぼけるなよ!貴様らのことはすでに調査済みだ!』


戦いの最中、ルークが放った言葉が彼女の中に深く残っていた。


『アレス・ロズワルドは貴様の、婚約者だろう!?』


あまりに想定していなかった言葉。

ティナはそのせいでルークに大きな隙を晒してしまっていたのだ。


「ふっ……私たちはそんな関係じゃないのにな……」


部屋から出ていき、見えなくなってしまったアレスの背中。

それでも扉へと視線を向け続けたティナは、困ったような表情を浮かべ、柔らかく微笑んでいたのだった。

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