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人を傷つける歌と笑顔にする歌

リューランの破壊の歌声が放たれた直後、響き渡った大音量により宿は一瞬にして混乱の坩堝と化していた。

割れた窓ガラスが散乱する中悲鳴と足音が交錯する。

だがそんな騒ぎすら向かい合う二人はまるで意に介していなかった。


(右耳は……ダメだな。一切聞こえねぇ。左は少し聞こえるようになったが……)


攻撃態勢を整えるリューランを前に、アレスは冷静に自身の体の状態を把握していた。

リューランに近かった右耳は完全に鼓膜が破れ、ゴォォ……という不気味な耳鳴りだけが響いている。

三半規管のダメージも深刻で、酷い目眩に真っ直ぐ立っているだけで体が流されるような感覚を感じていた。

それでもアレスは一歩も引くことはない。


「リューさん、お願いですからやめてください。あなたにこんなことをして欲しくない」


アレスは正気を失ったリューランにそう語り掛けたのだ。

しかしそんなアレスの言葉も今のリューランには響かない。


「そう、残念だわ」


リューランは冷たくそう言い放った。

直後、リューランが纏う雰囲気がさらに殺意を帯びて鋭くなる。


(やるしかねえか……)


それを受けてアレスも剣を抜き、臨戦態勢を整えた。

直後、リューランは振り上げていた右腕を一気に振り下ろした。

それを合図に宙を浮いていた黒い音符が一斉にアレスに襲い掛かる。


「くそッ!」

ガガガンッ!!


質量を持ったそれは、楽譜から零れ落ちたように空から襲い掛かると、不快なだけの破壊音を奏でた。

アレスはヘルメスを左腕で担ぎ、その攻撃を回避していく。


(こいつが邪魔だ!!自分で逃げてくれよ!)


ヘルメスは始めの音攻撃により意識を失っており、完全にお荷物と化してしまっていた。

放っておけば確実にリューランに殺されてしまうため、放置も出来ずアレスはハンデを背負わされる形となってしまっている。


「すぅ……」

(ッ!!あれが来る!!)


アレスが何とかヘルメスをどこか安全な場所に避難させたいと考えていると、リューランが再び大きく息を吸い大音量の攻撃の準備を始めたのだ。

次の瞬間、先程放たれたものと同様に破壊力を持った声がアレスに向けて放たれた。

狙いは完璧。

音速の攻撃が確実にアレスに襲い掛かる。


(舐めんなよ)

「音を斬れねえと……」


しかしアレスは一切動じることなく、その攻撃の真正面に構えたのだ。


「はッ!!」

「ッ!?」


アレスは目に見えないその攻撃を、淀みない太刀筋で一刀両断に斬り伏せてしまったのだ。

押し寄せていた音の濁流を両断した斬撃は勢い収まらず、リューランの真横を通り過ぎ彼女の髪を少量斬り落とした。


「思ってんのか」

「すごいわね……さすがアレス君。でも、本気でやれば私の首も一緒に斬り落とせていたんじゃないの?」

「リューさんを殺したくないからに決まってるじゃないですか。もうこんなことはやめてください」

「甘いわね……君は。それなら、これはどうかしら?」


リューランの攻撃を凌ぎ一息つくアレス。

だがそんなアレスの甘さを指摘したリューランは三度大きく息を吸い込み始める。

しかしそれは先程までとは比較にならないほどの長い吸い込み。

リューランの胸がはち切れてしまうんじゃないかと心配するほどに彼女は空気を溜め込む。


「アァァァアアアアアア!!!」

「ッ!!」


そうして限界まで空気を吸い込んだリューランは、ただ無造作に叫び始めたのだ。

一切の逃げ場なく襲い掛かる爆音に、アレスは成す術もなかった。


(頭が……割れる!)


剣を落とし、ただ耳を塞ぐことしかできない。

リューランが放つ爆音はアレスの骨を震わせ、脳を殴りつけるような激痛を与える。


「ぐぁあああ!」

「た、助けてくれぇ……」


逃げ遅れた人々もただ耳を塞ぎ、悲鳴を上げながら地面で悶えていた。

窓ガラスが次々に割れ、壁には無数の亀裂が走り、天井からは粉塵が雨のように降り注ぐ。


「ぐぉ!?屋根が……」


そうしてアレスがいた渡り廊下の屋根にも亀裂が走ったかと思うと、すぐにそのひび割れは広がりアレスは屋根の崩落と共に下へ落ちてしまったのだ。


「ぐ……がぁ……」

(やべぇ……脳が、震える……)

「はぁ……はぁ……もう、わかったでしょう?私を殺せないなら君が死ぬだけなの」


渡り廊下の屋根の崩落に巻き込まれ全身を痛めたアレスは、地面に手を突き限界を迎えてしまったのだ。

浮遊する黒い音符に掴まりゆっくりと降りてきたリューランが、地面に座り込むアレスを見下ろす。


「お願い、アレス君。君を殺したくないの……だから、どいて?」

(……リューさん!そうか。そうだったのか……)


しかし激しい耳鳴りに耐えリューランのその言葉をかろうじて聞き取ったアレスは、あることに気が付き大きく目を見開いたのだ。

アレスの返答を待つリューランを前に、アレスはふらふらと立ち上がる。


「やっぱり……リューさんは、優しいですね」

「何を言ってるの?これだけ痛めつけられて優しいなんて……」

「でも、俺を殺したくないって手加減してくれてる」


血を流し、ボロボロになったアレスだが、それでもあきらめることなくリューランに言葉を投げかけたのだ。


(確かにリューさんからは悪魔の気配を感じる。でもそれはヘイブンと比べたら小さい!)

「……リューさんも、抗ってるんですよね。本当は誰も傷つけたくなんてないから!」

「君は私の大切な友達だからというだけよ。その男は違う。その男はおじいさまを殺したの」

「分かってます。リューさんがどれだけ悲しい思いをしたか、こいつを憎んでいるかも……でも、それでもだめだ!コイツを殺したら、元に戻ったリューさんは絶対に後悔する!」


幼いころに両親を亡くし、大叔父であるグレンダに育ててもらったリューラン。

そんな彼女にとってグレンダはまさに親同然の存在であり、そんなグレンダを殺されたリューランの怒りと悲しみは計り知れない。

それでも……アレスの脳裏に浮かんでいたのは、ティナを傷つけられ、怒りに飲まれていた自分の姿だった。


「俺だって……大切な人を殺されたら、たぶんそいつのことを殺してやりたいって思います!でも、本当は殺したくないって、ダメなことだって理解してるから。リューさんのことは、俺が止めないとダメなんです!」

「私は止めて欲しくないわ!お願いだからそこをどきなさい!」

「そうですか……それじゃあ最後に」

「っ!?アレス君、何を……」


どれだけ言葉を投げかけても止まろうとしないリューラン。

そんな彼女にアレスは最後の手段を使うことを決め、リューランの前で大きく息を吸ったのだ。


「~~~♪」


そしてアレスがリューランの前で披露したのは、なんとエメルキア王国で今1番人気の彼女自身の曲。


「何を、歌っているの……?」

「え?あなたの歌じゃないですか。リューさんが知らない訳ないでしょう?」

「そんなことを聞いてるんじゃないわ!なぜ、今歌うの!?」

「何を分かりきってることを。あなたの歌は皆を笑顔にするための物だって言ってたじゃないですか。だから、それを思い出させてあげているんです」


戸惑うリューランに、アレスはそのまま歌い続ける。

崩れた渡り廊下の残骸の中で、不慣れな歌声が響いた。


「……ふっ、歌なんて久しぶりに歌ったけど……下手だな俺。でも、これでも教会のちび共は喜んでくれたんですよ」

「そんなことをして、一体何になるって……」

「リューラン!!」

「っ!?」


戦いの中、突如歌い出すという奇行をしたアレスに戸惑いを隠せないリューラン。

するとそこに、彼女の名を呼ぶ力強い声が聞こえてきたのだ。


「ジェリソン、あなた……」


それはリューランのマネージャーであるジェリソン。

耳から血を流し、崩落した建物に巻き込まれたのか頭部からも出血が見られた彼は、よろめきながらも瓦礫をかき分けるようにしてリューランに近寄って来た。


「リューラン!もうやめてくれこんなこと!」

「私は……おじいさまを殺したあの男を……」

「わかっている。さっき騒ぎが起きた直後、君の部屋に駆け付けてグレンダ様を見つけてしまった。それでもだ、優しい君がこんなことをするわけがないと僕は知っている。きっと何か悪いものに操られているんだろう!?お願いだ、正気に戻ってくれ!」

「……ッ!」


ジェリソンはこの惨劇の元凶がリューランだと知りながら、それでも無防備にリューランへと歩み寄る。


「リューラン!」

「リューさん!」


2人はリューランが悪魔の残滓などに負けないと信じていた。

武器を手放したアレスに、戦う力のないジェリソン。

そんな2人が自分を信じて歩み寄ってきた光景を見たリューランは……


「私、私……ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい!」


大粒の涙をぼろぼろとこぼし、その場に泣き崩れてしまったのだ。

そこにはもう、誰かを傷つける悪意に満ちた音は存在しない。

ただ後悔の念に苛まれた悲しい泣き声が聞こえていた。

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