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絶望を呼び起こす怒り

夜の闇に沈むエメルキア王国の王都。

その中でなお灯りが消え切らない一角、迎賓街には昼間の喧騒とは異なる張り詰めた静けさが漂っていた。


「はぁ……はぁ……ここだ」


そんな優雅な雰囲気とは似つかわしくない、悪意に満ちた表情をした男の影があった。

その男は王国軍に追われているヘルメス。

まだ追手の影は見えないが、それも時間の問題。

早く目的を果たさなければならないと、息が整わないまま彼はある建物の前までやって来た。


(念のため調べておいて助かったな……)


彼の視線の先にそびえ立つのは、迎賓街でもひときわ目を引く豪華な宿。

貴族御用達であるこの高級宿に、ヘルメスの目的である歌姫リューランが宿泊しているのだ。

ヘルメスは迷わず、その扉を押し開けた。


「いらっしゃいま――」


普段通りの穏やかな声を上げたスタッフは、次の瞬間ヘルメスのただならぬ様子に言葉を詰まらせた。

乱れた呼吸、焦燥を隠しきれない目。


「お客様!?いかがなされましたか?」

「リューランはどこだ」

「え……?」

「リューランはどこだと言っている!!時間がないんだ!私は王国軍総括の軍師だ。今すぐ案内しろ」


戸惑うスタッフに対し、ヘルメスは軍括の人間であるという身分を突きつける。

反論を許さない口調に、スタッフは思わず一歩引く。


「し、しかし……お客様のご滞在情報は――」

「規則の話をしている場合じゃない!?わからんのかこの無能!!」


ヘルメスは一気に畳みかける。


「この宿に宿泊しているゲストに何かあれば、貴様は責任が取れるのか?」

「し、失礼いたしました!すぐに上の者を……」

「急げと言ってるのがわからんか!?」

「は、はいぃ!!」


ヘルメスの怒号が響くと、スタッフはその圧に屈しリューランの居場所を明かしてしまう。

それを聞いたヘルメスは人が変わったように静かになり、だが確かな足取りで奥へと進んで行った。



その頃、ヘルメスがやってきているなどとは夢にも思わないリューランは、その宿の中でグレンダと共に穏やかな時間を過ごしていた。


「今回のコンサートは残念だったけれど、もう次のコンサートの予定は立ててるから!」

「ふふっ。落ち込んでいないようで何よりだよ。ただ、その頃にはもう私はこの世にはいないかもしれないな。最近はあまり体調もすぐれない日も増えた」


肌触りの良いソファに沈むような形で座っていたグレンダ。

そんなグレンダの傍らで、リューランは楽しそうに微笑んでいた。


「叶うなら、お前の子をこの目で見てみたかった。それだけが私の心残りだ」

「もう、おじいさま。何年前から同じことを言っているの?それに、私に結婚はまだ早いわよ……っと、通信が入ったみたい!ちょっと待っててね、おじいさま」


その時隣の部屋から通信用魔道具の音が鳴り響き、それを聞いたリューランは軽い足取りで隣の部屋へと向かって行った。

そのリューランの後ろ姿を眺めていたグレンダの表情はこの上ないほど穏やかなものだった。


「久しいな、グレンダ殿」


しかしそれから間もなくして、グレンダのいる部屋に入ってきたのはリューランではなく、彼女を探してここへやって来たヘルメスだったのだ。

ヘルメスはリューランの後ろ姿を廊下の角から目撃しながらも、彼女の元には向かわず、グレンダに会いに来た。


「なぜ貴殿がここに……」

「ずいぶんと豪華な宿に泊まっているんですなぁ。名が売れて天狗になっているのではありませんかな?リューラン殿は」


ここならばすぐに王国軍も駆けつけられないと、目的を目の前にしたヘルメスは余裕の笑みを浮かべていた。


「……いきなり人の部屋を訪ねてきておいて失礼ではありませんかな?あの子がこの宿を選んだのは私のため。彼女自身は決して天狗になどなってはいません」

「そうですか。まあ、そんなことはどうでもいいんです。今日はあなたに大切な用がありましてね――」


お喋りもそこそこに、ヘルメスはソファに腰を掛けたままのグレンダへとゆっくり歩み寄る。


「おじいさま!次のコンサートの日程が……ッ!?」


そこへ元気いっぱいの様子のリューランが部屋へとやってきたのだ。

だが彼女の笑顔は一瞬にして失われることになる。

なぜなら――


「ぐっ……おぉ……」


リューランの視線の先には、胸に短剣を深々と突き刺されたグレンダの姿が映ったからだった。


「嫌ぁああああ!!おじいさま!!!」


それを見たリューランは即座にグレンダに駆け寄る。


「おじいさま!おじいさま!」

「おぉ……りゅー……ら……」


傍らに立つヘルメスのことなど一切視界にも入らない様子でグレンダに駆け寄ったリューラン。

だがその短剣は正確にグレンダの心臓めがけて突き刺さっており、彼が助からないことは誰の目から見ても明らかであった……


「嫌ぁ!おじいさま!目を覚ましておじいさま!!」


実の娘のように愛情を注いできたリューランの泣き顔を最期にその瞳に映し、グレンダは永遠にその目を閉じてしまう。


「どうして……お前がおじいさまを……うッ!?」


グレンダの体が脱力したのを見たリューランは、その目に怒りを宿し傍に居たヘルメスを睨みつける。

それは今まで彼女が抱いたことのない種類の感情。

黒く、熱く煮えたぎる何かが体の奥底から湧き上がってくるのを彼女は感じた。

だがヘルメスはそんなことお構いなしと言った様子で、リューランの首を掴むとそのまま彼女を壁へと押しやった。


「お前が……おじいさまを……許さない!」

「そうだ。その目だ……俺はこれを待っていたんだ!」


首を掴むヘルメスの腕を握り、涙の滲むその瞳でヘルメスを睨むリューラン。

そんなリューランの怒りをヘルメスはむしろ喜び、懐にもう片方の手を入れた。

ヘルメスの懐から取り出されたのは、銀色のケースに入れられていた陶磁器と思われる物の破片。


「お前は人々に希望をもたらす存在じゃない。この世界を絶望に染める悪魔だ!」

「ぐッ……あああ!!!」


鋭く尖ったその陶磁器の欠片を、ヘルメスは容赦なくリューランの腹へと突き刺す。

その陶磁器の欠片からは微かだが邪悪な気配を感じられる。

そう、ヘルメスは悪魔の壺の破片をリューランへと押し当てたのだ。



「ぜぇ……ぜぇ……どこだ!リューさん!」


ヘルメスの悪意がリューランを襲っていたちょうどその頃、闘技場前から全速力で駆けてきたアレスが迎賓街へと辿り着いたのだ。


(根拠もなく走ってきちまったが……そもそもリューさんのいる場所も知らねえ)

「……ダメもとで聞き込みをしてみるしか……ッ!?」


以前リューランのスキルをヘルメスが狙っていたことを思い出し、やけくそになった彼が最後にリューランを狙うんじゃないかと危惧しやってきたアレス。

だがそんな確証はもちろんなく、リューランがどの宿に泊まっているのかも知らなかった。

そんなアレスが数多くの宿が並ぶ迎賓街の中からリューランが泊っている宿を探そうとしたその時、アレスは突如邪悪な気配を感じ取ったのだ。


(この気配は……間違いない!小さいがヘイブンから感じたものと同じ気配!)


その気配を感じ取ったアレスは迷うことなく走り出す。

鉄柵を使い屋根の上にあがり、そのまま悪魔の気配を感じた宿へと外壁や窓を伝って駆けあがっていく。

リューランが泊まっていたのは高級宿の3階だった。


「リューさん!!」

「貴様は……確かあの時こいつと一緒にいたガキ」

「アレス君……」

「ッ!!」


窓を破り部屋に入ったアレスの目に飛び込んできたのは、胸を刺されて動かなくなってしまっていたグレンダとその傍に居たヘルメスとリューラン。

だがそこにいたリューランは以前アレスが会った時とはまるで別人のような邪悪な気配を纏っており、その様子にアレスは思わず言葉を失ったのだ。

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