実践
『悪魔の斬り方を、教えてやろう』
悪魔の壺を奪い、強大な力を得たヘイブン。
そんなヘイブンに苦戦していたアレスだったのだが、その戦闘の最中、突如頭の中に響いた声に体の自由を奪われてしまったのだ。
「……ん、どうした?絶望で動けんか?」
アレスの頭の中に響いた声は、もちろんヘイブンには聞こえない。
ヘイブンの前でアレスは突如、先程まで燃え滾らせていた闘志を失った。
「いいだろう!ならばせめて一撃で楽にしてやろう!!」
完全に隙だらけになってしまったアレスにとどめを刺そうと、ヘイブンは呪力を帯びた剣を振り上げた。
(アレス様が殺されてしまう!!)
「……ッ!?」
そんな様子を見ていたセレナは、アレスの身を案じ陰から飛び出そうとする。
だがその直前、謎の力に制止されたように踏みとどまったのだ。
「死ねぇ!!」
アレスに向けて振り下ろされる凶刃。
「がはぁああッ!?」
だがその直後、血飛沫を上げたのはアレスではなかった。
ヘイブンが剣を振り下ろした先にアレスの姿はなく、代わりにヘイブンが無慈悲に全身を斬り刻まれていたのだ。
「がッ……な、なにが……起きた?」
自らが生み出した血の噴水を被り、全身を赤に染めたヘイブンは何が起きたのかを理解できずに混乱する。
(何……?今、突然ヘイブンが斬られて……アレス様は一体……ッ!?一瞬であんなところに!)
それは離れた場所から戦いを見守っていたセレナの目にも、不可解な光景に映っていた。
アレスが一瞬で姿を消し、攻撃を仕掛けた側であるはずのヘイブンが血飛沫を上げている。
そして戦場を一歩引いた位置から見ていたセレナの視界の端に、いつの間にか移動していたアレスの姿が映ったのだ。
「ぜぇ……っ、ぜぇ……っ」
ヘイブンを斬り刻んで離れた場所に移動していたアレスだったのだが、その顔には大粒の汗が流れ、まるで長時間全力疾走を行った後のように苦しそうに呼吸をしていた。
その顔色は青白く、目の焦点があっていないようにすら見える。
『今はまだこれが限界のようね。私は人に教えるのは苦手だから、あとは見よう見まねで頑張りなさい。あと、報酬は甘いお菓子でいいわよ』
抗いようのない脱力感の中、アレスは頭の中に響いた声だけに意識を集中していた。
その女性の声はアレスも聞いたことがある人物のもの。
かつて自分がテレーゼのスキルにより女性になっていた時の声と全く同じで……
「はぁ……っ、まっ……待って、ラーミア様……」
アレスはその声の主が自身の剣聖のスキルの前任者、英雄ラーミアのものであると確信したのだった。
その言葉を最後に、その声はもう聞こえることはなくなってしまった。
(やっぱり、俺の中にはラーミア様が……俺に、戦い方を教えてくださったのか……)
「お、のれ……貴様ぁ……」
「ッ!?てめぇ、まだ動けるのか」
ラーミアの声が聞こえなくなってしまったことに酷い喪失感を覚えていたアレスだったが、その時背後から怒りに満ちたヘイブンの声が聞こえてきたのだ。
ラーミアに乗っ取られたアレスに激しく切り裂かれたヘイブンだったが、その傷はすでに悪魔の力により再生が完了しようとしている。
『今はまだこれが限界のようね』
(そうか……何か理由があって、力を思うように出せなかったのか)
「くそッ……大人しく倒れろよ……」
「どうした?随分疲れてるようだな。今ので力を出し切ったか?」
体勢を立て直したヘイブンだが、アレスはまだ呼吸が整わない。
(多分だけど、コツはわかった。だが……くそ。体が重い。なんてことしてくれたんだラーミア様……)
(なんだ?尋常じゃない息の乱れ。先ほどの超高速移動の反動か?)
「はっ……さっきの話の続きだが、もう一つ聞きたいことが……」
「時間稼ぎには付き合わん。最短であの世に行くがいい!」
脱力感が消えないアレスは時間を稼ごうとヘイブンに語り掛ける。
だがアレスの危険性を重く見たヘイブンは、その誘いに乗ることなくアレスに斬りかかったのだ。
(くそッ!まだ、体がうまく動かねえ……あともう少しだけ……)
「死ねぇ!!」
ヘイブンが目前に迫るも、アレスは剣のガードを上げることすらできない。
「ヘイブゥゥゥン!!!」
「ッ!?」
「なっ、セレナ!?」
だがその時、入場口の影でその戦いを眺めていたセレナが、鬼の形相で飛び出しヘイブンの名前を叫んだのだ。
だが離れた場所から戦いを見ていたセレナはアレスの元に駆け付けるには距離があり過ぎる。
「借り物ですが、くれてやりますわッ!」
「ぬッ!?」
しかし普通に走ったのでは間に合わないと悟っていたセレナは、ヘイブンの驚きが消えぬうちに持っていた剣を思い切り投げつけた。
それは剣士にとって常識から外れた行動。
フォルワイル家の人間を狙うためにセレナの情報を調べていたヘイブンは、正統派に拘るセレナがそんな行動に出たことに驚き一瞬の隙を作ってしまう。
「うぉおおおらぁ!!」
「きゃあぁ!!」
「ぐぅ!!」
そうして生まれた一瞬の猶予。
セレナは間一髪でアレスの元に辿り着き、ヘイブンの攻撃範囲からアレスを逃したのだった。
「おいセレナ!しっかりしろ!!」
「大、丈夫ですわ……あなた様の、お役に立てて……」
空振りしたヘイブンの刃は強烈に地面に振り落とされ、まるで地面が爆ぜたような爆発を生み出す。
アレスを押し出したセレナはその爆風を背中に受けてしまい、激痛に顔をゆがめた。
「こいつ!邪魔をしおって……ならばまとめて死ね!!」
セレナが介入してきたことに苛立ちの表情を見せたヘイブンは、地面に叩きつけられた剣を跳ね上げるようにして追撃を仕掛ける。
それはアレスに覆いかぶさったセレナもろとも、2人まとめて斬りつける軌道。
「ありがとう。おかげでもう動けそうだ」
だがセレナが生み出した一瞬の時間。
それがアレスの体の回復を間に合わせたのだ。
(さっきはふざけんなって思ったけど……俺の体で実践してくれたおかげで上手くいきそうな気がするよ)
「剣聖……天朧解解」
「かッ――……」
先程ラーミアが実践してみせた悪魔の斬り方。
その感覚が残っているうちに、アレスは余計な思考を排除して淀みない動きで剣を振るった。
「きたねぇ我欲に溺れた罪を思い知るんだな……」
アレスの斬撃を食らったヘイブンは糸が切れたように体の制御を失う。
2人の決着はあまりに静かなものだった。
地面に大の字で倒れたヘイブンを、アレスは感情のない瞳で見下ろしていた。




