強大な悪魔の力
時は遡り――それはアレスがヘイブンの屋敷を訪れた直後のこと。
「護衛なんて要らないって言ったのに……」
「それはいけません、セレナ様。あなたは実際に今日、暗殺者に襲われたのですから」
王都の中心街からフォルワイル家の屋敷に続く大通り。
その道を複数の王国軍の護衛を引き連れたセレナが屋敷に向け歩いていたのだ。
彼女はブラルトルインから戻った後、病院から王国軍の本部に移動して事情聴取を受けていた。
ブラルトルインでの事件ではなく、昼間にルークに襲われた件の聴取も含め、解放されるまで少し時間がかかってしまったのだ。
(あの人のお役に立てるよう付いていったのに、何の役に立てずに終わってしまった……)
「セレナ様、これからはくれぐれも単独行動は避け、敵の襲撃に備えてください」
「大丈夫って言っているでしょう。暗殺組織ならアレス様がほとんど1人で潰してしまいましたし……ッ!?」
王国軍の兵士に囲まれ、大通りを進んでいたセレナ。
だがその時異様な気配を感じ、不意に足を止めたのだった。
「この気配は……」
「気配?まさかまた暗殺者が……」
「ッ!?セレナ様!?」
突如足を止めたセレナに、兵士たちは即座に迎撃態勢に入る。
だがとある気配を感じ取ったセレナは、自分を囲んでいた護衛を残し、勢いよく走り始めてしまったのだ。
「もう護衛は十分ですわ!後は1人で帰ります!」
「セレナ様!?いけません!」
「そもそもどちらに向かっておられるのですか!?」
風のように駆けるセレナに、兵士たちは追いつくことができない。
すぐに兵士たちを振り切ったセレナは目的の気配の主の元に辿り着いた。
(やっぱり!あの気配の主は……アレス様!)
それはヘイブンの屋敷から王都大闘技場へ向かっている途中だったアレス。
セレナはそんなアレスの背中から発せられる異様とも言える圧力を感じ取っていたのだ。
(アレス様、こんな時間に一体どちらへ……いえ、それよりも。なんてプレッシャー……)
セレナもその実力はアレスに大きく劣るとはいえ、幼少の頃から剣の道を歩んできた達人。
静かに、淀みなく歩くアレスの背中から街中には似つかわしくない闘気を読み取っていた。
(あの気配……尋常じゃない。間違いなくこれから何かなさるおつもりですわ。今度こそ……あの人のお役に!)
アレスがこれから何者かと戦闘を行うつもりであることを見抜いたセレナは、その後をひっそりとついていくことにしたのだった。
「さあ、来やがれ。てめぇのそのねじ曲がった性根を叩き潰してやる」
(まさかヘイブン様が……いえ、ヘイブンが犯人だったなんて。アレス様はお一人で戦うおつもりなんですの!?)
そうしてアレスの後をつけたセレナは、ヘイブンにも気付かれることなくこの戦いの目撃者になることとなってしまったのだ。
そんな彼女がいるなどとは知らないアレスとヘイブンは、互いに剣を構え間合いを測る。
「分かっていると思うが、俺はこの国の軍団長をしている男だぞ?」
「それが、どうした?」
「貴様は俺と戦う資格があるのかと聞いているんだぁ!!」
直後、その漲る自信を瞳にぎらつかせたヘイブンが爆発的にアレスに襲い掛かったのだ。
地面を蹴った土埃が舞い上がると、ヘイブンの姿は消えたようにすら感じられた。
(速い!!)
それは離れて戦いを見守っていたセレナも思わずそう感じるほどのスピード。
「一撃で終わってくれるなよ!?」
そうしてアレスとの距離を一瞬で0にしたヘイブンが何の躊躇もなく剣を振り下ろす。
アレスはその袈裟斬りを全身に力を込め剣で受け止める……かと思われた。
「うッ!?」
「鉄塊でも切るつもりかよ」
ヘイブンの剣がアレスのガードに触れるその直前だった。
なんとアレスは剣のガードごと身を引き、まるで風に舞う木の葉のようにその攻撃を回避したのだ。
スピードを乗せた渾身の一撃でガードごとアレスを叩き潰そうとしていたヘイブンは、直前で攻撃を回避されたことで前のめりになる。
「んん!!」
「ごほッ!?」
そうして隙だらけになったヘイブンの腹に、アレスは渾身の拳を捻じ込んだのだ。
月まで吹き飛ばさんとする気合で放たれたその拳は、ヘイブンの鳩尾に深々と突き刺さり甚大なダメージを与える。
「うぉらぁあああ!!」
「ぐぉ!!」
さらに流れるように繰り出されたアレスの回し蹴りが、宙に浮きあがったヘイブンの顔面を容赦なく命中した。
アレスの蹴りを食らったヘイブンは無様なほどに地面を転がる。
「さっきの言葉、お返ししたほうがいいか?お前は俺と戦う資格があるのか?」
(さすがアレス様ですわ!!あんな攻撃を食らってしまえば、身体強化系のスキルの持ち主でなければ立ち上がることなど……)
「なるほど……想像以上にやるようだ」
(え、嘘……)
ゴロゴロと地面を転がったヘイブンを見て、セレナはアレスの勝ちを確信する。
だがあれほどまともに攻撃を食らったにもかかわらず、次の瞬間にはヘイブンは何事もなかったかのように立ち上がってきたのだ。
(あの男のスキルはダメージへの耐性を得るものではなかったはず!それなのになぜ……)
「早く奪った悪魔の力を使えよ。さもないと相手にもならんぜ」
「そうらしいな。この力はまだ慣れてない上に痕跡が残るから嫌だったんだが……仕方がない」
(ッ!?な、なに……この、邪悪な気配は……)
アレスに蹴られてズレた顎を強引に戻したヘイブンは、痛みなど感じないかのようにへらへらと笑っていた。
そして大きく一つ、ヘイブンが息を吐くと途端に闘技場を包む雰囲気が一変したのだ。
それは周囲の空気が一気に薄くなったかのような息苦しさを生む。
(これは……あの時感じた気配と同じ!)
悪魔のオーラを解放したヘイブンに、隠れて見ていたセレナは驚きを隠せない。
その気配はアレスとセレナがブラルトルインで感じた邪悪な気配そのもの。
「土に還るがいい!!」
邪悪そのものとなったヘイブンの喉から発せられた音は、全身を震えさせるような、恐怖を煽る不気味なものに感じられた。
そんなヘイブンを見たアレスが気を引き締め直し、剣を握る手に力を込める。
ボォォオオオン!!
「ッ!?」
「どうしたぁ!?今度はさっきのように避けないのか!?」
「う……るせぇ……」
振り下ろされたのは先程とは比べ物にならないほどの速度の一刀。
黒いオーラを纏い殺傷能力も増したその剣を、アレスは全身の筋肉を動員し受け止める。
「さあ!早く死んでくれ!!」
「うるせえって言ってんだろうが!その口をすぐに閉ざしてやる!」
そしてそこから2人は至近距離での斬り合いへと縺れ込んだ。
ヘイブンが放つは全てが命を終わらせる凶悪な一刀。
対するアレスの斬撃はその鋭さにおいてはヘイブンを大きく上回るも、その刃がヘイブンの体を傷つけることができていなかったのだ。
(くそッ!想像以上に固ぇ!呪物系の奴とは何度か戦ってきたが、その中でもダントツだ!)
「どうした!?早く俺を黙らせてみろぉ!!」
(一回、集中力をかち上げる……)
「シュ――」
「なに!?」
嵐のような斬撃が降り注ぐ中、アレスは再び呼吸を整え直しヘイブンの剣を完璧に外してみせたのだ。
そして生まれた僅かな隙に、アレスは精神を研ぎ澄ませる。
「ふぅ――……」
(剣聖……)
「天朧解解!!」
「ぐッ!?」
アレスが放ったのは肉体に宿った呪いを斬るために生み出された繊細な一撃。
悪魔の呪いに乗っ取られかけていたヴァルツェロイナを助けたのもこの技であり、アレスはこの一撃でヘイブンの体から悪魔の力を分離させようと考えた……のだが。
「ぬるい!!あまりにもぬるい!!」
「ッ!?」
なんとアレスの斬撃はヘイブンの膨大な呪力を斬ることができなかったのだ。
大技を放ったアレスの隙に、ヘイブンが強引にカウンターを合わせる。
「はぁあああ!!」
頭部に向けて放たれた致命の拳を、アレスは紙一重で回避する。
だがその拳はアレスの頬を裂き、アレスに生命の危機を感じさせたのだった。
「粋がった挙句、手も足も出ずに俺に殺される。言っておくがな。あの時逃げたのはお前を殺せなかったからじゃない。カララ・クリスタニアに加え、王国軍の奴らが来れば正体がバレる可能性が高かったってだけだ。今度は殺すぞ」
(さてと……これは思ったよりもしんどいな。どうやって攻略するか……)
『剣の扱い方がなってないな』
「……え?」
強大な悪魔の力に阻まれ、決定打を放つことができないアレス。
どうやってヘイブンを無力化するか考えていたアレスだったのだが、その時なんと、突如アレスの脳内に女性の声が響き渡ったのだ。
『悪魔の斬り方を、教えてやろう』
「なっ……体が……」
その声は1度のみならず、一方的にアレスの脳内に聞こえてきた。
そしてその直後、アレスは自身の体の制御を失ってしまったのだ。




