身勝手な戦い
月明かりがスポットライトのように降り注ぐ夜の王都大闘技場。
そこに呼び出されたヘイブンを待っていたのは、夜の闇に感情を溶け込ませたアレスだった。
「……なんのことかな?私と君は初対面のはずだが」
ゼギンを襲った犯人であるとアレスに突きつけられたヘイブンは、すぐに声色を鎮め冷静にそう返した。
「あの壺の文字を見て1人でここに来た時点で黒確定だろうが。それに、隠したって無駄だぞ。お前からはゼギン様を傷つけたあいつと同じ邪悪な気配を感じる」
「ふっ、なるほど。言い逃れはできないようだな」
アレスがゼギンを殺そうとした人物を発見した時、その人物はアレスに背を向けており顔を見られていなかった。
だから白を切ればまだ誤魔化せるかもしれないと考えたヘイブンだったが、アレスのあまりに確信に満ちた瞳を見て、誤魔化すことは不可能だと自分がやったことだと認めたのだ。
「なぜ俺だと分かった?あの時は顔はもちろん、声も聞かれていなかったはずだが」
「正直、お前とここで会うまでは確信があったわけじゃなかった。コクーン・オブ・ブレインで発生した悪魔の壺窃盗事件。そこへあんたが来たと聞いて1番の容疑者だと思っただけだ」
「ほう?」
なぜ自分が犯人だと分かったのかとヘイブンに質問され、アレスは感情の籠っていない声ですべてを語り始めた。
「国が馬鹿じゃなければあんな危険物、敷地外に持ち出すのは困難だろう。厳しいチェックがあるはずだからな。だから、壺が盗み出された直後は、まだその敷地内に壺を隠していたはずだ」
「ふぅん、まあ。異論はないな」
「じゃあその壺はどうやって外に持ち出されたか。時間をかけ過ぎれば周辺の捜索がされ発見されるのは避けられない。だからあんたはすぐにコクーン・オブ・ブレインに駆け付けたんだろう。内通者に壺を持ち出させ、それを自分で回収できるように」
「素晴らしいよ、少年。すべて君の想像通りだ」
アレスの話を聞いたヘイブンは、誤魔化そうとすることなく潔くアレスの話を認めたのだ。
アレスの言う通り、ヘイブンは内通者と協力してコクーン・オブ・ブレインから黒祟の壺を盗み出す計画を立てていた。
だが当然、黒祟の壺はその危険性から持ち出すことは困難。
平常時であれば軍団長であるヘイブンでさえ厳しい身体検査が必須とされ、誰にも気づかれずに壺を持ち出すことはできない。
だが黒祟の壺が盗み出されたという騒ぎが起き、研究所の職員が容疑者になれば隙ができる。
軍団長の立場を使い、敷地内にいるすべての人間……つまり平常時は身体検査を行う職員をも容疑者にすることで監視の目を緩めることが可能だった。
「だからあんたはボヤ騒ぎの段階で研究所に駆け付けたんだ。悪魔の壺が盗まれたと報告されれば初めから厳戒態勢になるから」
「それも正解だ。それで、俺に何をして欲しいんだ?俺を犯人として捕まえたいならわざわざこんなところに呼び出さないだろう?」
黒祟の壺を盗み出し、ゼギンを殺害しようとした犯人であるとアレスに見抜かれたヘイブン。
アレスの話を聞いた彼はアレスを小馬鹿にするような、余裕のある笑みを顔に張り付けた。
「金か?貴族としての地位か?ゼギンの息の根を止められなかったのは残念だが、片腕を失った奴にもう総軍団長は務まるまい。奴の娘も死にかけ、俺が次の総軍団長になるのは間違いないだろう」
「……」
「……ん?どうした、何とか言ったらどうだ?」
ヘイブンからティナの話が出た途端、アレスが纏う雰囲気が変化する。
ヘイブンはその変化に気付くことなく、アレスを嘲笑するように肩をすくめた。
「……まあ、大体予想は出来てたがな。出世目的でフォルワイル家を狙ったのか」
「そうだ。非常にムカつくが、ゼギンは優秀だった。それだけじゃなく王国軍の重要なポジションにはフォルワイル家の人間が多く選出され、俺の出世の邪魔だったんだ」
「ふぅ――てめぇをここに呼んで正解だったよ」
「あん?今なんか言ったか?それでお前の狙いは何だ」
先程まで感情を落ち着かせていたアレス。
だがそれは嵐の前の静けさと呼ぶにふさわしく、ヘイブンへの怒りによってその闘気を増幅させていったのだ。
「金も、権力も、お前から欲しいものなんてねぇよ」
「おいおい、それじゃあなんで俺をここに呼んだ。正義感だけで動いてるなら王国軍にこのことを打ち明けるだけで事足りるだろう」
「そう……別に俺は正義感で動いてねえ。ティナを……俺の大切な人を狙ったお前に、俺自身の手で落とし前を付けさせてやりたいと思っただけだ」
アレスはそう言うと、ゆっくりと剣を抜いた。
その動作は非常に滑らかで丁寧なものだったが、そこから漏れる殺気は闘技場を丸ごと覆ってしまうほどに巨大なものだった。
「は、ははは!なるほど。それなら話が早い!真実を知ったお前はどうせ後から殺すつもりだったのだ!ここなら誰にも気付かれることなく貴様を始末できる!」
それに呼応するようにヘイブンも剣に手を掛けた。
2人の間には空気が震えるような、凄まじい闘気の渦が生まれていた。
そうして2人だけのこの闇の中の闘技場で、人知れず激戦が始まる……と、思われた。
(アレス様!まさかお一人でヘイブン様と戦うおつもりですか!?)
その2人の様子を、闘技場の入場口の影からセレナがひっそりと見守っていたのだ。
2人とも気配を殺すセレナの存在に気付いていない。
そして彼女の存在がこの勝負を大きく左右するのだった。




