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命を繋ぐポーション

サイレント・エッジのアジトを壊滅させたアレスが、悪魔の気配を纏う謎の男と地上で向かい合う。


(どうする!?ゼギン様の出血……早く手当てしないとすぐ死んじまうぞ)


アレスは男に隙を見せないように剣を構えていたが、その内心では自身の後ろに倒れているゼギンのことで頭がいっぱいだった。

男に右腕を切断されてしまっていたゼギンは意識がなく、出血量が凄まじくすぐに手当てをしないと危険な状態にあったのだ。


(ゼギン様を助けるには……一瞬で奴を制圧する!)


時間がないことを悟ったアレスは、最悪その命を奪ってでも目の前の敵を無力化する覚悟を固めたのだ。

大きく息を吸い、空気をビリビリと震えさせるような覇気を放ち男に襲い掛かろうとするアレス。


「うぇ~!また頭が痛くなってきちゃった~」

「カララ様!そんなこと言ってる場合じゃありませんよ!」


しかしアレスが敵に飛びかかろうとしたその時、アジトの出入り口からカララとセレナが姿を現したのだ。


「カララ・クリスタニア……」


それを見た男はこの場を支配していた邪気を引っ込め、即座に逃亡を開始した。

それはまるで黒い風のように、ゼギンが生み出した岩の影を破壊し駆けて行く。


「待てゴラぁ!!」

(助かった。まずはゼギン様の手当てが優先だ)


戦意がないことを悟られないよう男に向かって叫んだアレスは、すぐに剣をしまい意識のないゼギンに向かう。

ゼギンの傍へ膝をついたアレスは、改めて直視したその惨状に歯を食いしばった。


(これは……まずい)


右腕は肩のあたりから消え失せ、血が止まる気配を見せない。

鎧の隙間から流れ出た血が地面に広がり、嫌な鉄の匂いが鼻を突く。


「とにかく止血を……」

(だがそれだけじゃこの傷は……)


止血のために自身の上着を使い傷口を縛るが、傷口に当てた布は一瞬で紅に染まってしまう。

それはゼギンの命の炎が消えかかっていることを如実に物語っていた。


「アレス様!先ほどの敵は……ッ!!」

「……これは、まずいね」


駆け寄ってきたセレナは、その光景を目にした瞬間言葉を失った。

当主として、そして絶対的な存在として知るゼギンが無惨に倒れている。

その光景にはさすがのカララもいつもの軽い調子は完全に消え、真剣な眼差しで傷口を見下ろす。


「当主様……嘘、そんな……」

「出血量が多すぎる。このままじゃ、数分ももたない」

「セレナ!カララ様!回復魔法は……!?」

「わ、私は回復魔法なんて……」

「万事休す、か……」


止血だけでは全く足りず、その命を繋ぐには回復魔法による治療が必須だった。

だがアレスはもちろん、セレナもカララにも回復魔法を扱う技術はない。

すでに手遅れ……

その考えが3人の脳裏に浮かび、空気が重く沈む。


(……いや、待てよ)


しかし絶望に染まる空気の中、アレスの脳裏にふと一つの光景が蘇った。


『一応これを渡しておこう』

『これは……』

『回復ポーションだ。それを飲んで安静にしていろ』


それは以前、ステラをレウスの森に逃がそうとしていた時のこと。

能面により激しく背中を切り裂かれたアレスの元に現れたゼギンは、回復ポーションを2つ差し出したのだ。


(あの時ゼギン様は……懐から回復ポーションを取り出した!)


硬い鎧の内側に、ポーション瓶を入れる空間は存在しない。


「アレス様!?」

(たのむ、入っていてくれ……)


そのことを思い出したアレスは一縷の望みに賭け、ゼギンの懐に手を突っ込んだのだ。

そこには回復ポーションが入る隙間などとてもじゃないが存在しない……しかし。


「あった!!」


アレスはゼギンの懐から、あの時自分が受け取った物と同じ回復ポーションを取り出したのだ。

それはゼギンが任務の際には常に携帯している異次元収納具の中にしまわれていた回復ポーション。


「これでなんとか……」


アレスはゼギンの頭を支え、無理やり口を開かせると瓶を傾けた。

ゼギンがこの日携帯していたのは王国軍で標準装備となっている中級回復ポーション3本。

容量があまり大きくない異次元収納具だったことが残念だが、それでも助かる可能性はあるとアレスは3本の回復ポーションを全てゼギンに飲ませたのだ。


「申し訳ありませんゼギン様!先ほど壁を破壊し逃走した敵を取り逃がしてしまい……ッ!?ゼギン様!?」


するとそこへ、慌ただしい足音と共に壁の外に待機していたゼギンの部下たちが姿を現したのだ。

彼らは絶対の信頼を置いていたゼギンの無残な姿に思わず言葉を失い立ち尽くしてしまう。


「ぼさっとするな!」

「!?」


そんな王国軍の兵士たちに、アレスは鬼の形相で声を上げたのだ。


「時間がねえんだ!!右腕が切断されてる、致命傷だ!早く王都の病院へ。回復術師はモタモタするな!!」

「は、はい!!」


アレスの言葉に正気に戻った兵士たちは、即座にゼギンの命を救うべく行動を開始する。

そうして何とかゼギンの命を繋ぎ止めたアレスたちは、回復魔法を施しながら最速で王都へ帰還することとなったのだ。



時間は進み、夜の闇に包まれた王都。

フォルワイル家の人間が立て続けに襲われているという緊急事態の影響で、街路を行き交う人影はまばらだった。

そんな静まり返った街の一角――ブラルトルインから戻ったアレスはとある病院にいた。


「おかえりなさいませアレス様、ご無事で何よりでございます」


ゼギンを医者に任せたアレスは人気のない廊下を進み、目的の部屋へとたどり着く。

そこで待っていたのはリグラス・ドドルネ。

そう、ゼギンが運ばれた病院はティナが入院している病院であったのだ。


「リグラスさん、どうも」

「アレス様。断片的ではございますが事情は伺っております。ゼギン様を救ってくださり、ありがとうございました」


ティナの病室の前でアレスを出迎えたリグラスは深々と頭を下げ、感謝の言葉を口にした。

リグラスは頭を下げたまま、しばらくの間動かなかった。

形式的な礼ではなく、心からのものだと伝わるようなものであった。


「いいんすよ。当たり前のことをしただけですし。それより、ティナの様子はどうですか?」

「残念ではございますが……ティナ様は、まだお目覚めになっておりません」

「そうですか……」


頭では分かっていたつもりだった。

だがどうしてもティナが目を覚ましていないか聞きたくなったアレスだったが、想定通り過ぎるリグラスの返答に静かに肩を落としたのだった。

アレスはそのまま静かに病室の扉を開け、眠っているティナの元に歩み寄る。


「……リグラスさん。ティナを襲った殺し屋組織は潰しました」

「さすがでございます、アレス様。これ以上の感謝の言葉も見つかりません」

「でも……それ以上にヤバい奴を1人。取り逃してしまいました」

「っ!それは、ゼギン様に深手を負わせた者でしょうか」


リグラスの問いにアレスは無言のまま頷いた。

己の強さに絶対の自信を持っていたアレスのその様子に、敵の恐ろしさを感じ取ったリグラスは静かに息を呑む。


「……ゼギン様が敗れたのであれば、アレス様以外にその人物に対抗できる者はこの国には存在しないでしょう。非常に心苦しくはございますが――アレス様に、この国の命運をお委ねするほかないでしょう」


静かな口調ではあったが、従者としての表情を崩さないリグラスの仮面の下にはかつてないほどの重さが感じられた。

だがそれを聞いたアレスは軽い様子で口を開いた。


「俺はそんな大層な理由のために戦うんじゃないですよ。ティナと、リグラスさんのためにこの力を使うだけです」

「ティナ様だけでなく、私もでございますか?」

「ふっ、リグラスさんがティナの従者だってことを除いても、俺はあなたのことを結構気に入ってますから」


そんな真っ直ぐすぎるアレスの言葉に、リグラスは思わず言葉を詰まらせていた。

そして張り詰めていた緊張の糸をわずかに緩めるように、リグラスの表情がほんの少しだけ緩んだのだった。


「っ!……光栄に存じます、アレス様。そのように仰っていただけるとは――身に余るお言葉です」

「んで、問題は敵がどこに行ったかなんですけど。たぶんゼギン様は敵の顔を見てると思うんですよね」

「さようでございますか?」

「確実とは言えないですがね。俺がゼギン様を見つけた時、ちょうど敵は仮面を地面に落としていたんです。それが戦闘の際に落とした物なら、ゼギン様が目を覚ませば敵の正体がわかるかもしれないんです」

「そうでしたか……ですがそうなると、敵は口封じのためにゼギン様を始末しに現れるかもしれませんね」

「そうなるとゼギン様の傍に居るほうがいいと思うんですけど……医者やほかに入院してる人がいるこの病院で迎え撃つのはさすがに怖いですね……」


敵の強さをはかりかねていたアレスは、ゼギンだけでなくこの病院にいる無関係な人たちを守りながら戦闘をするのは困難であると考えたのだ。

かといって重症であるゼギンを他の場所に移すのは現実的ではない。


コンコン……

「アレス様、お時間よろしいでしょうか?」

「ロイさん?……ああ、入ってきていいですよ」


するとその時、病室の扉がノックされ、ロイの声が聞こえてきたのだ。

学園に居たはずのロイが自分の元にやってきたことに疑問を持ちながら、アレスはロイに中に入るよう声をかける。


「アレス様。このような遅い時間に失礼いたします。リグラス様も、このような折に突然お伺いし、申し訳ございません」

「ロイ様、お気遣いには及びません。それでは、私は少し席を外します」

「すみませんリグラスさん……それで、何かあったのか」

「はっ。トラブルが発生したわけではございませんが、ソシア様より、アレス様にお伝えしてほしいことがあるとのことで、参上いたしました」

「ソシアが?話してくれ」


気を利かせたリグラスが部屋の外に出ていった後、ロイはソシアからの伝言をアレスへと伝えたのだ。

それは2日前に、コクーン・オブ・ブレインで発生した悪魔の壺紛失事件についてのこと。


「……とのことで。ティナ様の一件とは直接の関わりはございませんが、ソシア様がアレス様に知っておいてほしいと申しておりましたので、お伝えさせて頂きました」

「……いや、ロイさん。関係ないどころか……奴についての重大な情報じゃねえか」

「奴、と申しますと?」


ソシアはこの事件には無関係ではあるが、重大な事件ということでアレスに知ってもらいたいとロイに話した内容。

しかしそれはアレスがいま最も欲しいと思っていた情報に関係するものだったのだ。

アレスはブラルトルインでの出来事を手短にロイに説明した。


「なるほど。つまりゼギン様に深手を負わせたその人物は、コクーン・オブ・ブレインで悪魔の封印された壺を盗み出し犯行に及んだと」

「ああ。悪魔の気配なんざそう簡単に手に入る代物じゃねえ。恐らく素の実力でゼギン様に勝てねえから悪魔の力を利用しようと考えたんだろ」

「つまりその男の正体は……」

「ああ。証拠はねえが、話を聞く必要がありそうだな」


アレスは話を聞き終わると剣を手に取り、覚悟を決めたような様子で立ち上がった。


『フリーダ所長、お待たせしました。王国軍軍団長、ヘイブン・ラスカートです』


目的の人物は黒祟の壺が盗まれた直後にコクーン・オブ・ブレインに現れた王国軍軍団長のヘイブン・ラスカート。

火災が発生したと聞いて駆けつけたと話していたヘイブンだが、ボヤ騒ぎ程度で軍団長がわざわざ出動してくるのはいささか不自然に感じられた。

もちろんまだ疑惑の段階ではあったが、悪魔の力を内に宿していれば直接会うことで見抜くことができると、アレスは彼に会いに行くことにしたのだった。


しかしアレスがロイから話を聞いていたほんの十数分前に、ハズヴァルド学園では新たな事件が発生してしまっていたのだ。


「うぅ~……酷いですよオズワルド先輩。ヴィオラ様が家の用事で学園を離れてるから仕事がたんまりなのに、全部私に押し付けて~……」


夜の闇に沈んだハズヴァルド学園。

完全に人気のない旧校舎にある生徒会室から寮に向かっていたのは、生徒会の一員であるルシーナ・フォルワイル。


「もうこんな時間に……ヴィオラ様早く戻ってきてください~」


山のように与えられた仕事に嘆きながら、1人暗い旧校舎脇を進んでいたルシーナ。


「学園だからって油断しちゃってるね、貴族様?」


そんなルシーナの様子を、殺気を隠し切れない様子のスージンが陰から覗き見ていたのだった。

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