強者の余裕……?
「今からブラルトルインに行くと夕方になっちまうな……」
リグラスからの情報で、ティナを襲った敵のアジトがブラルトルインにあると知ったアレス。
王国軍がいるということで国の規則を守るために、ティナの従妹であるセレナと、偶然現場に現れた冒険者ギルドの最強戦力であるカララと共にブラルトルインを目指していた。
「王都に戻ってくるのは夜になると思いますが、セレナ様はそれでも大丈夫ですか?」
「はい!それよりもアレス様、私のことはセレナと呼んでいただいても構いませんのに」
スフィアから借りた金を使い、近場にあった小さな個人経営の馬車屋で馬一頭立ての小型馬車を一台借りたアレス。
御者台に腰を下ろし、セレナとカララを後ろに乗せ中心街に比べ閑散としている小規模農地地帯を進んでいた。
「そうはいきませんでしょう。セレナ様と私じゃ身分が違いますので」
「確かに家の身分ではそうでしょう。ですがアレス様は素晴らしい剣の腕をお持ちで、私はあなた様に命を救われているのです。どうか、私のことはセレナと!」
フォルワイル家の人間であるセレナに対してあくまで身分の差をわきまえ、礼節を崩そうとしないアレス。
しかしそんなアレスに、セレナは語気を強めながら迫っていった。
「えぇ……じゃあ、セレナさん……」
「……」
(あ、これダメなやつだ……)
「……セレナ」
「はい!」
(なんなのこの子。今日が初対面だよね?この押しが強い感じティナにそっくりだな……)
譲る意思を一切見せないセレナに対し、アレスはついに根負けしてしまう。
それはいつかのティナを彷彿とさせるような頑固さ。
内心ため息をついていたアレスをよそにセレナは話を続ける。
「恥ずかしい話ですが、今日まで私は自分のことを特別な人間だと考えていたのです。才能があり、十分に努力を重ね人の上に立つ資格を得ていたと。ですが先程の戦いで思い知りました!アレス様こそが真に特別な人間であると!」
「……あんまりそういうことは言うもんじゃありませんよ。謙虚さは大切ですけど、自信がないのもよくない。自分を信じて強くなれると思わなきゃ伸びるものも伸びませんから」
「なるほど!勉強になります!」
(やりづれぇ……)
「……そ、そういえばカララ様。この前持っていた棍棒は今日はないんですか?」
アレスの言葉を至言と捉え、目を輝かせるセレナ。
そんなセレナに若干の苦手意識を感じ始めていたアレスは、逃げるように酒を飲みながらくつろいでいるカララに話を振った。
それは昨日アレスがカララを見かけた際に彼女が担いでいた巨大な棍棒の行方について。
「うん?黒棘砕棍のことかい?それならちゃんと持ってるよぉ」
「持っている?私には手ぶらに見えますけれど」
「ここにしまってるからねぇ。いざとなったら、あたいも戦うから安心していいよぉ~……ひっく」
(もうこんなに酔って……本当に大丈夫なのかしら……)
棍棒のありかを聞かれたカララは右手で瓢箪に入った酒を豪快に飲みながら、左手で腰からぶら下げられていた1つの瓢箪をぽんぽんと叩いたのだ。
乾いた音のするその瓢箪は、反対の腰に括りつけられた2つの瓢箪と同じもののように見える。
(いや、こんな感じでも冒険者ギルドの最高ランクの方なんですもの。きっと隙だらけに見えて周囲への警戒を怠っていないに決まっていますわ)
「うぃ~……」
(きっと今私が斬りかかったとしても余裕で受け止めてしまうでしょう)
あまりにだらしないカララの姿を見て不信感を強めていったセレナだが、ふと考えを改め強者特有の余裕の表れだと解釈したのだ。
それを確かめるためと、彼女は鞘に収めたままの剣に手を掛ける。
(そうだわ!これからダンジョンに向かうって時に、ただ酒を飲んで酔っ払ってるだけだなんてありえませんわ!……いい機会ですわ。私の不意打ちにどうやって対抗するのか、試させていただきます!)
「やぁあああああ!!」
そしてセレナはなんと、カララの実力を測るために勢いよく剣を振り上げたのだ。
鞘に収められたままではあるものの、その剣速は彼女が出しうる全力と遜色ない渾身の一刀。
「ふぇ?」
(きっといとも簡単に止められるに決まって……)
「びぎゃぁああああ!!」
「えッ!?」
「セレナぁ!?なにやってんだ!!」
冒険者ギルドの最高ランクの冒険者なら余裕でこの不意打ちにも対処できるだろう……
そう考えていたセレナだったのだが、なんとカララは一切動くこともなくその一刀をまともに頭に食らってしまったのだ。
鈍い音と共に悲痛なカララの叫び声が辺りに響き渡る。
「あ”ぁ”!!痛い……痛いよぉ!!」
「え!?え……当たった!?」
「おいセレナ!!急に血迷ったか!?」
「ち、違うんですアレス様!だって、フルスターの称号を持つ冒険者ならこのくらいの不意打ち、簡単に対処できると思って……」
「びぇ~!酷いよぉ!あたいが何をしたっていうのさぁ!」
頭を押さえ、涙を流すカララ。
そんなカララにセレナは一心不乱に頭を下げる。
「ほっ、本当に申し訳ありませんでした!私が馬鹿なことを考えてしまったばっかりに!」
「お酒を飲んでるときは全力でお酒に集中するに決まってるじゃないか!それなのに急に殴りかかってくるなんてぇ!」
「大丈夫ですかカララ様!?ああ……ひどい。こんなに大きなたんこぶが……」
「本当に、本当に申し訳ありませんでした!お詫びとして後で珠玉の酒類をお送りさせていただきますので何卒!」
「高いお酒なんて要らないよぉ!!とにかく浴びるほど持ってきてくれなきゃ許さないんだから!」
「わ、わかりました!後で山のようなお酒をお持ちしますので、どうかお許しください!」
「むぅ~……なら、許してやらんこともない」
突然のトラブルにアレスも一度馬車を止め、のたうち回っていたカララに駆け寄った。
それは悪ふざけというにはあまりに大きすぎるたんこぶをカララの頭部に作り出していた。
あまりに軽率で愚かな行いをしたと、誠心誠意謝罪したセレナは後に詫びとして大量の酒を彼女に送るとして、何とかカララの許しを得ることが出来たのだった。
一方その頃。
暗殺者集団を討伐するために少数精鋭の部隊を率いていたゼギンは、ブラルトルインを目指して王都を出発していた。
「急ぐぞ。奴らが次の行動を起こす前に全員捕らえるんだ」
「……ゼギン様、ティナ様の容体はどうなんですか?かなりひどい傷だと聞きましたが……」
「知らんな。それよりも任務に集中しろべリア」
「承知しました……」
(ずいぶん冷たいですけど……気のせいかな。ゼギン様、昔の感じに近くなったような……)
昨晩にティナが瀕死だという知らせを受けたゼギンだったが、1度もティナの元を訪れることなく暗殺者集団の捕縛にのみ力を注いでいる。
普段と一切様子の変わらないゼギンだったが、長年彼に仕えてきたべリアはそんなゼギンのわずかな変化を微かに感じ取っていた。
それはゼギンが妻のメイラと出会う前の”悪魔”と呼ばれ恐れられていた頃と似た雰囲気。
「ゼギン様、やっぱり作戦を見直しませんか?」
「なんだと?俺が敵を囲い、お前たちが取りこぼしを捕らえる。これが1番早く確実だろう」
「いえ、そうなんですけど……」
「なら黙って従え。暗殺者組織は短期間で拠点を変えることも多い。逃げられる前に一気に叩くぞ」
今回の作戦も普段と変わりないもの。
制圧力のあるゼギンを中心に据え、周りの兵士たちがそれをカバーするというもの。
ゼギンの強さは誰もが知るものであり、怠け癖のあるべリアも楽が出来るとこの作戦にはいつも乗り気なはずだった。
(なんだろう……いつも通りのはずなんだけど、これでいいのかな?)
しかし彼は根拠のない胸のざわめきを感じ、不安げな表情で先行するゼギンの背中を見つめるのだった。




