未だ見えぬ敵の目的
ガシャァンッ!!
「アレス様!」
鉄臭い血の匂いと、白く濁った煙が微かに残る病室内。
戦闘を終えたばかりのアレスが倒れた鬼火を見下ろす中、リグラスが窓ガラスを割り勢いよく室内に入ってきた。
「あ~あ~。リグラスさん、そんなところから入ってこないでくださいよ」
「そんなことを言っている場合ですか?アレス様、お怪我は……」
この病室は3階。
外にはベランダも階段もなかったが、リグラスは庭の木や外壁の凹凸などを利用して外から直接この病室に駆け付けたのだ。
リグラスは血まみれとなったアレスの怪我を心配する。
「腹と胸の傷は大したことないです。ただ案外腕の傷が深ぇ。ここが病院じゃなきゃまずかったかも……と言うかリグラスさん、真っ先にティナの心配をしなくていいんですか?」
「よろしいのです。ティナ様に万が一のことが起こるとすれば、アレス様が死んでしまわれたあとですので。アレス様がご無事であるなら心配無用だと。さらに言えば、ティナ様に危害が及んでいればアレス様がこのように落ち着いておられるはずもありませんから」
「信頼してもらえて嬉しいですが、それにしちゃやられ過ぎちまったな。それとこいつはすぐに手当てしたほうがいいですよ。早くしないと失血で死ぬ」
「っ!この男は鬼火……アレス様、この男を殺さなかったのですね」
アレスが指をさした鬼火は、気を失ってはいたもののまだ息はあるようだった。
先程のアレスの怒りようを見ていたリグラスは、実行犯と思われる殺し屋をアレスが生かしたことに驚いた顔を見せる。
「まあ、ギリギリ恩人の言葉を忘れずにいられたんでね」
「さっきの音は一体……ッ!?これは!?」
その時、先程の音響兵器の音を聞いてこの病院の医者たちが部屋に駆け付けてきたのだ。
彼らは部屋に入ってすぐに、破壊された窓と血まみれのアレスと鬼火を見て言葉を失う。
「殺し屋がティナ様を狙って襲撃してきました。この男は窓ガラスを破壊して侵入してきましたが、アレス様が無力化しました」
(うおっ、窓ガラスの破壊もしれっとこいつのせいにしたよこの人)
「そ、そうでしたか……この男は……」
「こいつは生かして情報を吐かせたいです」
「わ、わかりました。おい!早くこの男を手術室に!出血がひどい!」
「君も相当な怪我だ!回復魔法を施す、そこに座って!」
医師たちは傷が深かった鬼火を担架で運び出し、手術をするためにすぐに部屋を後にした。
そして意識のはっきりしているアレスにはこの場で回復魔法を施し始める。
「しかしこれではっきりしましたね。敵はティナ様を確実に殺そうと刺客を送ってくると」
「そのことですが、もう1つ分かったことがあります。こいつらの狙いですが、ティナだけじゃなくどうやら俺も含まれてるみたいなんです」
「アレス様もですか?」
椅子に座らされ回復魔法をかけてもらっているアレスだが、その状態で先ほどの戦いで得た情報をリグラスに共有し始めた。
それは、先ほどの鬼火との会話で得られた情報。
「この男、『厄介な貴様をこの状況で殺せるのは俺にとって幸運だった』って言ったんです。だから多分俺も初めからこいつらのターゲットだったのかと」
「それはつまり――ティナ様、あるいはアレス様のいずれかに怨恨を抱き、そのご交友関係にある方々を狙っている可能性がある、ということでしょうか。もしくは、お二方の双方に怨みを持っている者、という線も考えられますが……」
「いや、加えてこいつ、『ジョージというのが誰か知らないが』とも言ったんです。もちろんブラフである可能性もありますが、交友関係で狙ってるならジョージを調べてないはずがないんですよね」
アレスは鬼火の発言から自分もターゲットの1人であると考えており、加えてジョージは無関係である可能性が高いとも考えていたのだ。
だがそうなると敵が自分とティナを狙ってジョージを狙わない理由がわからないとリグラスに語った。
「俺とティナの両方が恨みを買っててジョージは関係ないって言うと、そんな奴心当たりがないんですよね……あっ!ヘルステラの街に出たヴァンパイアは!」
「アレス様がティナ様と共に討伐されたというヴァンパイアですね。それでしたら監獄から脱獄したという情報は聞いておりません。ティナ様から聞いた話ではジョルウェール家の現当主、ウラ様はお二人に恨みを抱くようなことはないと思われますが」
「俺も直接会ってるからその可能性は低いと思うな。カブラバの手先になったモネラは死んでるし……。俺に恨みがあるならティナを狙ってジョージを狙わない理由が分からないからな。その逆もしかり」
「……やはりまだ情報が不足していますね。鬼火の発言が嘘だった場合も考慮する必要もありますが、引き続き調査が必要ですね」
結論に辿り着けないもどかしさから、2人の間に沈黙が訪れた。
守りに徹しているだけでは敵の根絶には至らない。
「あの……回復は完了しました。ですが相当の傷でしたのでしばらくは安静にしてください」
「ありがとうございます。そういえばリグラスさん、あの殺し屋も沼気の里の出身ですよね?何か知ってることはありませんか?」
「申し訳ありません。沼気の里は暗殺を生業にしている里ですので住民同士の個人的な交流は少なく、鬼火は私の2つ上の世代の男という情報しかわかりません」
「そうですか。じゃあとりあえず、できることはティナの安全確保だけですかね」
「はい。アレス様、ご協力感謝申し上げます」
「お礼なんて言わないでくださいよ。別に頼まれなくてもやりますから」
現状新たに打てる手はないと、アレスとリグラスは再度ティナの守りを固める方針にしたのだった。
もちろんいつまでも守りに徹しているつもりはなく、情報が得られれば攻勢に出る腹積もりである。
しかしアレスたちがそうしているうちにも敵の悪意は次のターゲットへと向けられていたのだ。
「あ~、クソ。俺を戦場に行かせてくれりゃぁ手柄を上げて一気に軍団長に出世してやるのによ」
「お兄さん、貴族製のドーナツを作らせてよ」
「あ?誰だてめ……ぐぁああ!!」
王都内の人気のない路地。
酒場帰りの男性の背後に現れたスージンは、酔ったその男に突如槍を突き立てたのだ。
「あっはは!お腹にぽっかり穴が開いちゃった。人間ドーナツの出来上がりだぁ」
一撃で地面に伏した男を前に、スージンは下卑た笑みを浮かべる。
アレスたちの知らぬところで敵の刃はすでに次のターゲットへと伸びていたのだった。




