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殺し屋、鬼火の脅威

時は少し遡り、鬼火が音爆弾を使用する数分前のこと。


「意識もねえ死にぞこないを殺すだけの仕事とは、なんて楽なんだろうなぁ」


病院の裏手。

照明魔道具が一切設置されていない深い闇に包まれた庭園に、三つの影が音もなく姿を現したのだ。

全員が武装し、隠す気もない殺気を剥き出しにしている。


「情報通りだ。あの病棟に標的がいる」

「護衛も大した数じゃねえ。さっさと終わらせようぜ」


彼らは広い庭へと足を踏み入れ、迷いなく病棟の方向へ向かう。

狙いはやはりティナの命。

人の気配の一切しない暗い庭の中を、男たちは自分たちの敷地だと言わんばかりに堂々と歩き始めた。


「……面会が許可される時間はとうに過ぎておりますよ」

「――ッ!?」


しかしその時、誰もいないはずの暗闇の中から静かな女性の声が響いたのだ。

突然声を掛けられた三人は驚きを隠すことが出来ず、一斉に足を止める。


「誰だてめぇは!?」

「病院の人間じゃねえな。その気配の殺し方、裏の人間だろ!」


声を荒げる男たちの前に、闇がゆっくりと形を成す。

そこに立っていたのは、全身を黒で統一したメイド服の女性。

ティナ・フォルワイルの専属メイド長――リグラス・ドドルネがゆっくりと前に歩み出た。


「あなた方も、面会にいらしたわけではありませんよね。一体どなたのご命令で、ティナ様をお狙いなのですか?」


表情を一切変えないリグラスだが、その瞳には冷たい殺意と怒りが宿る。

一瞬の沈黙ののち、男の表情が歪む。


「……チッ。見られちまったなら仕方ねえ」

「目撃者は全員殺す。この護衛の仕事に就いちまった自分の運の悪さを恨むんだな」


誤魔化しは効かないと悟った3人は、同時に武器を構えリグラスに向けた。

その一連の動作は人を殺すことに何の躊躇もない人間のそれ。

だが次の瞬間、男たちが動き出すよりも早くリグラスの姿がふっと闇に溶けたのだ。


「女!!どこ行きやがった!!」


リグラスは男たちの視界から完全に消失した。

闇の中に消えたリグラスの手には、いつの間にか二本のナイフが握られている。

それは光を一切反射しない、漆黒のロングナイフ。


「待て!逃がすわけ……かはッ!?」

「ごぇ……」

「は……?」


男たちが動揺してる間に、リグラスは音もなく彼らの背後に回り込んでいた。

音もなく、僅かな殺意すら闇の中に溶かしたリグラスの斬撃の前に、両側に居た2人の男は抵抗することすらできず命脈を断たれる。


「え?一体何が……」

「動くな」

「うぅ……!」


残された1人は状況を一切理解することができない。

仲間の声が途切れ、振り返ったその男の首筋にリグラスはナイフを押し当てていた。


「もう一度質問します。一体誰の命令でティナ様を狙ったのですか?」


再び姿を現したリグラスの瞳は先程よりも明確な殺意が込められていた。

それは返答を誤れば一瞬で首を斬り落とされるという恐怖を男に与えるには十分すぎるもの。


「ま、待て……依頼主の正体は俺も知らねえんだ。依頼については手紙でしかやり取りしてないから……」

「そうか。ならば貴様にもう用はない」

「ひぃ!やめ……」


リグラスの目が大きく見開かれた……その瞬間。


 ――キィィイイイン!!

「っ!!」


耳を裂くような甲高い音が周囲に響き渡ったのだ。

リグラスは即座に音のした方向に視線を向ける。


(今のは……音爆弾!ティナ様の病室から!)


リグラスはその音の正体と出所を一瞬で理解する。

その音が聞こえたのは自身の主が眠っている病室。


「くッ!死ねぇ!!」

「ふッ!」

「がはっ……」


音爆弾によりリグラスは男の首筋からナイフを離してしまい、その隙を突いた男が決死の覚悟で武器を振り上げた。

だがリグラスは一切振り返ることなく男の鳩尾に肘打ちを放った。

その一撃は強烈に男の鳩尾に突き刺さり、男の意識はそこで途切れる。


(アレス様……)


倒れ行く男に一切の意識も向けなかったリグラスは、ティナの病室を守っているはずのアレスの名を心の中で呟いていた。

直後、リグラスは全速力で走り出す。

自身の主とその大切な友人の身を案じ、リグラスの姿は一瞬で闇の中へと消えていった。



「その状態でよくその程度に抑えたものだ」

「ッ……!」


時は戻り、音響兵器の影響で鬼火に間合いを侵略されてしまっていたアレス。

そのまま流れるように忍者刀が飛び、胸を袈裟に切り裂かれてしまったのだ。


「それが、どうした?」

「ぬッ!?」


しかし、胸を切り裂かれてもアレスの表情は変わらない。

鋭い眼光で鬼火を捉えたまま反撃の一刀を振るったのだ。


「はぁああ!!」


間髪入れずに放たれた斬撃を鬼火はギリギリで後方へ飛んで回避する。


「なるほど。半歩引いて致命傷を回避したか」

「いってぇな……ジョージに冷静になれって忠告してもらったのに、申し訳ねえや」


すぐに反撃してきたアレスを見て、鬼火はアレスが一瞬の判断で致命傷を避けたことを理解する。

そのおかげでアレスの胸の傷は致命傷には遠く、服を血で染めながらも倒れることがなかったのだ。


「ジョージというのが誰かは知らんが、そいつの言う通りだな。もし貴様が冷静ならばそんな手傷は負わなかっただろう」


鬼火の言う通り、普段のアレスであればそもそもこんな窮地に陥ることはあり得なかった。

鬼火は音爆弾を放つと同時、防音魔法を使用して自身は音響兵器の影響を回避している。

冷静であればその気配にも気付いていたはずであり、いかにアレスが我を失っているかが明確であった。


「加えて言えば、背後にティナ・フォルワイルがいなければ音響兵器を食らった後でも問題なく対処できただろう。厄介な貴様をこの状況で殺せるのは俺にとって幸運だった」

「あ?てめぇ、そりゃ一体どういう意味……」

「お喋りは終わりだ。早々に決着を付けさせてもらう!」


鬼火の発言に問いを投げるアレスだったが、鬼火はそれに答えることはなく再び爆発的なスタートを切ったのだ。

それを見てアレスも右腕で剣を構え迎え撃つ。


「もう死ぬがいい!!」

「お前ごときが俺を殺せるかぁ!!」


直後、凄まじい金切り音と共に2人の間に火花が飛び散った。

左腕を手裏剣で負傷したアレスは右腕1本だけで防御にまわる。

さらにまだ音響兵器の影響も残っており先程の斬り合いとは一転互角の接戦に持ち込まれる。


(これだけやって押し切れんか!しかも時間をかければ奴の感覚は元に戻ってしまう!)


だが勝負を決めきれない鬼火も焦りの表情を見せていた。

アレスの平衡感覚が元に戻る前に勝負をつけるべく、斬り合いの中で強引に前に踏み出る。


(奴の服を発火させる!不意に自身の体が燃えて隙を見せない人間などいない!)


次の瞬間、鬼火は斬り合いの隙を突いてフリーとなっていたアレスの左腕の袖を掴んだのだ。

それ自体は何の意味もない行動に思える。


ボッ!?

「ッ!」


だが鬼火がアレスの左袖を掴んだその直後、なんと鬼火が掴んだ付近が突如発火したのだ。


(俺のスキルに予兆はない!火に気を取られた隙に心臓を抉る!!)


右手を伸ばしアレスの制服に火をつけた鬼火は、左手に握っていた忍者刀をアレスの心臓に向け突き出す。

その攻撃は自身の体に火が付いたことにより意識が逸れたアレスに命中……するかに思われたが。


ザシュッ――

「宣言通り、まずは左腕だ」

「ッ!?」


なんとアレスは服が燃えたことを一切意に介さず、攻撃に意識を集中させた鬼火の左腕を斬り落としたのだ。

それにより鬼火の左腕はもっていた忍者刀と一緒にごとりと地面に落ちる。


「ぐぁあああああ!!」

「これがてめぇのスキルか。だが隙を突きたいなら1度俺に見せるべきじゃなかったな」


斬られた左腕を抑えながら叫ぶ鬼火を前に、アレスは発火した制服を冷静に脱ぎ地面に捨てた。

そうしてまだ小さな火種を足で踏み消しながら鬼火を見下ろしたのだ。


「き……さま……」

「一瞬でも、俺を殺せると思ったか?そもそも俺とお前じゃ相手にならねえんだ」

「ぐ……あぁああああ!!」


アレスはそう言って鬼火に剣を向ける。

その視線は絶対零度。

それを見た鬼火は苦悶の表情を浮かべながら懐から煙球を投げつけたのだ。


ボフッ!!


導火線が短く加工された煙玉は、取り出した瞬間に鬼火のスキルによって火がつけられ瞬く間に白煙を放出する。

狭い室内は一瞬にして白一色に染め上げられ、鬼火は決死の思いで逃走を試みる。


(化け物め!ここは一度体勢を立て直して……)

「てめぇらの里じゃ逃げる時に煙玉を投げましょうって教わってるのか?」

「なッ!?」


だが音爆弾の影響が完全に消えたアレスは音と気配で鬼火の位置を特定、視界が全くない状況で鬼火の真横にびたりと張り付いたのだ。

直後、放たれたのは不可避の一刀。


「ティナを狙った報いを受けろ」

「ぐぁあああああ!!」


その一撃は完膚なきまでに鬼火の胸を切り裂いたのだ。


「が……は……」


その一刀を浴びた鬼火は、まるで糸が切れたかのように後ろに倒れる。


「ったく。こんだけ騒がしくしたんだから起きてくれてもいいだろ。ティナ……」


こうしてアレスは沼気の里の殺し屋である鬼火の襲撃を跳ね除けてみせたのだ。

だがアレスはそれを喜ぶ気分にはなれない。

未だに目を覚ます気配のないティナを見つめ、アレスは大きく息を吐いたのだった。

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