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次なるターゲット

ティナ・フォルワイル襲撃事件から一夜明けた、ハズヴァルド学園の朝。

まだ事件は正式には報道されておらず、寮のエントランスホールでは歌姫リューランのコンサート襲撃事件の話題で持ちきりだった。


(はぁ……ティナさん、大丈夫かな……)


そんな騒がしい空間に現れたのは、目の下にうっすらとクマを作ったソシアだった。

昨晩ティナが入院している病院から寮へ戻ってきて以降、心配で一睡もできないまま朝を迎えてしまったのだ。


「ソシアさん!大変です!」


その時、すでに下へ降りてきていたジョージが新聞を強く握りしめたまま、慌てた様子で駆け寄ってきた。

ただならぬ様子に、ソシアの胸がざわつく。


「ジョージ君……まさか、ティナさんが……」

「あっ、いえ。ティナさんのことではありません。ですが……無関係とも言えない話です」


青ざめ震えるソシアに、ジョージは新聞の一面を差し出した。


「こ、これは……!?」

『王国に激震――金将マクシム・フォルワイル死亡』


そこに大きく踊っていたのは、王国軍の金将マクシム・フォルワイルが、何者かによって殺害されたという記事だった。

ティナに続き、フォルワイル家の人間が狙われた。

その事実を理解した瞬間、ソシアの頭は真っ白になる。


「ジョージ君……」

「はい。恐らく、ティナさんを襲った連中の仕業でしょう。この記事には、ティナさんの件にも触れられています」


ソシアは新聞から目を離せず、そこに書かれていた文章を呟いた。


「……フォルワイル家を狙った犯行……エメルキア王国の転覆を目論む組織の仕業……?」

「どうやらこの事件、僕たちが思っていた以上に、大きな事態に発展しそうです」

(アレス君……大丈夫かな……)


衝撃的な報せを前に、ソシアの脳裏に真っ先に浮かんだのはこの一連の事件に深く関わってしまっているアレスの姿だった。



「もう1人殺されてる?」


時を同じくして貴族専用病院にて。

破壊された窓ガラスに簡易的な補修が施されたティナの病室の中で、アレスは簡素な朝食を食べながらリグラスから話を聞いていた。


「はい。マクシム様が殺害されたのは日付が変わった直後で、すでに報道として世に出ております。ですがもう1件。未明の頃、王国軍銀将ルートヴィッヒ・フォルワイル様もまた、何者かによって殺害されたとの報告が入っております」

「……そうか。奴らもう本格的に動き出してやがったのか」


元ゼギンの側近の役割を担っていたリグラスはティナの専属メイドになってからも王国軍やフォルワイル家に関する情報を素早く入手しており、今回も一般に出回る前の新たな事件の存在を把握していたのだ。

その話を聞かされたアレスは苦虫を嚙み潰したような表情をする。


「敵はティナに拘ってるわけじゃねえのか。狙いはフォルワイル家……」

(だがそうなると俺もターゲットに含まれてる理由がわからねえ)

「いかがなさいますか、アレス様。私としましてはティナ様が心配ですので、私かアレス様のどちらかが傍に控える形が望ましいのですが」

「それならリグラスさんがここに残ってください」


残りの朝食を一気にかき込んだアレスはそう言うとおもむろに立ち上がった。

その動きは夜の見張りの間に凝り固まった筋肉を丁寧に解きほぐすような動作。


「アレス様はどちらに行かれるのですか?」

「敵がこれだけ動き出してるなら待ってるだけじゃいられねえ。奴らがフォルワイル家の人間を狙って動いてるってんなら、逆に俺がそこを狩ってやるよ」


アレスはストレッチをしながらパキパキと全身の関節を鳴らすと大きく息を吐き、内に眠らせた闘気を静かに呼び起こしたのだ。

リグラスの目にはアレスの背中が大きく膨れ上がったように感じられた。


「それに、俺もターゲットらしいんで動き回って敵を釣ってみますよ。リグラスさん、可能なら今この街にいるフォルワイル家の人の情報ってもらえます?」

「かしこまりました。屋敷に居るメイドに情報をまとめるよう伝えておきます」

「助かります。とにかく、これ以上フォルワイル家の人間をやらせるわけにはいかねえ」

「アレス様、ありがとうございます。どうかお気をつけていってらっしゃいませ」

「ええ」


アレスは短くそう言い残すと、燃えた制服の上着の代わりにリグラスが用意させた黒のジャケットを手に取った。

そうして深く頭を下げるリグラスに背を向け、アレスは一度フォルワイル家の屋敷を目指したのだった。



その日の午後。

リューランのコンサート襲撃事件に続いて、フォルワイル家連続暗殺事件という前代未聞の凶悪事件が発生したことで緊張感が漂っていた王都の外れに、厳重な警備を引き連れた1人の少女の姿があった。


「護衛なんて必要ないって言ってるでしょう!?いいからついてこないで!」

「ですが、セレナ様。マクシム様に続き、ルートヴィッヒ様まで殺害されてしまった今、警護を付けずに行動されることは、著しく危険でございます。どうかお許しください」


彼女の名前はセレナ・フォルワイル。

ティナの従妹にあたる人物で、ティナの1歳年下の彼女はまだハズヴァルド学園には通っていないがその実力の高さから将来王国軍の軍団長になることを期待されている人物だった。


「はぁ……もういいわ。勝手にしなさい」

「ありがとうございます。ですが……どうか本当にお気をつけくださいませ。あのティナ様でさえ襲撃に遭い、瀕死の重傷を負われたほどでございます。相手は、決して侮れる存在ではございません」

「ちッ……なによ。皆して急に手のひらを返して……」


付き人のその言葉に、セレナは分かりやすく不機嫌になり不満の声を上げたのだ。


半年ほど前まではティナはフォルワイル家の中でも一切期待されておらず、逆にセレナはその才能を評価されフォルワイル家の将来を担うとまで言われていた。

だがティナがスキルを制御できるようになり、実績を残し始めるとフォルワイル家の人間は手のひらを返したようにティナを持ち上げ始めたのだ。

その結果今度はセレナに向けられる期待の眼差しは少なくなり、自分から注目を奪ったティナを彼女は快く思っていなかったのだ。


(あの女が当主の娘だから?私の方が次期当主に相応しいに決まってるわ。ちょうどいい機会ね。あの女を瀕死に追いやった敵を私が捕まえればまた評価は逆転するわ……)

「何者だ貴様!!止まれぇ!!」

「っ!?」


そんなセレナが中心街を外れた王都の外れを歩いていたその時、不意に彼女の護衛が緊迫した大声を出したのだ。

その声に周囲の護衛も一気に臨戦態勢に入る。


「セレナ・フォルワイルだな?恨みはないが、死んでもらおう」


そんな護衛たちの視線の先に現れたのは、濃厚な死の香りを纏った青髪の剣士……ルークだったのだ。

ルークは刀を正眼に構えると針のように刺す殺気をセレナに向ける。

そんなルークの放つ殺気に、護衛たちの背筋が一斉に粟立った。


「貴様……!」

「マクシム様やルートヴィッヒ様を殺したのは、貴様か!」


7人の護衛が一歩前に出て、剣を抜く。

半円を描くようにルークを囲み、逃げ道を塞いだ。

しかし――


「……貴様らに用はない」

「な――」


ルークは彼らに一瞥すらくれなかった。

言葉が終わる前に護衛の一人が弾き飛ばされる。


「貴様……ぐはッ!?」

「くそ……がぁああ!!」


そうして護衛の陣形を崩したルークは、そこから一気に剣を振るう。

あまりにも早く、あまりにも正確だった。

7人居た護衛は瞬く間にルークの足元に転がることになってしまったのだ。


「ああ……なんてことだ……」

「騒ぐなジジイ。標的以外は殺さない。それが俺の流儀だ。こいつらは死んではいない」


一瞬にしてやれらてしまった護衛だったが、その誰一人として命を落としてはいなかったのだ。

ルークの主義はターゲット以外の人間は殺さない。

地に伏した護衛たちを踏み越え、ルークの視線はゆっくりと、セレナへ向けられた。


「だが、それはつまり……標的である貴様は生きては帰れんというわけだ」


そう言い放ったルークの殺気が一段階跳ね上がった。

刀を構えるルークの瞳は一切の感情を宿しておらず、その切先がセレナの首に向けられる。


「セ、セレナ様!どうかお逃げください!」


付き人の悲鳴にも似た声が辺りに響く。


(……逃げる?冗談じゃないわ)


だがそれを聞いたセレナの唇がわずかに歪んだのだ。

目の前の殺し屋……

それはティナ・フォルワイルを瀕死に追い込み、マクシムとルートヴィッヒを殺した人物。


(こいつを私が倒せば……評価は一気に逆転する。――次期当主に相応しいのは、私だと証明できる)


ティナとの評価の差に不満を持っていたセレナは、そんなティナが倒し損ねた敵を自分が仕留めれば再び評価が逆転するのではないかと考えたのだ。


「フォルワイル家の人間として、敵に背を向けることはあり得ないわ。お兄様方を殺した怨敵を、このセレナ・フォルワイルが捕えてみせますわ」

「ほう、死ぬと分かっていても逃げないか。その勇気、褒めてやろう」


付き人に逃げるよう言われたセレナだったが、なんと剣を抜きルークの前に歩み出ていったのだ。

その構えは非常に落ち着いており、練り上げられた剣士の構えそのもの。


「いいぞ、フォルワイル家の人間は皆楽しませてくれる!」


それを見たルークの口角が吊り上がる。

住宅街を離れた川のほとりで、2人の剣士の闘志がぶつかり合ったのだ。

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