第33.5話 青年、その大人の名は
「あ?」
気づけば、俺はここにいた。
日の差す林の中、俺は自分が何者なのかもわからず立っていた。訳もわからず歩き回って、頭の中に変な声が聞こえたことでウィンドウの存在を知った。ただ闇雲に歩いて、湖でよくやく自分の顔を拝んだ。
正直、この野面を見た時は驚いた。うわっ、恐ッてよ。それから湖でずっと魚ばっかに食ってると、アリの姉御とミチル嬢に出会った。2人とも俺と同じ境遇みてぇで、あれやこれと議論し合った。でも、わかることなんて何もねぇ。
そんなことを丸1日続けて、無駄だって結論になった。そこで探るために移動してきたのが、《天空塔》だ。目立ったし、目標にもなったからな。そこで、初めてモンスターと出会ったわけだ。
そん時、俺は恐かった。自分のことが思い出せない恐怖、なんて複雑なもんじゃない。もっと単純で目の前のこと、モンスターと戦うことに恐怖してたのさ。アリの姉御やミチル嬢は、特に強い恐怖心があったようには見えなかった。でも、この中で1番の大人が、ビビってたのさ。笑える話だろ?
それでも、頭に巻いてるタオルを握ると、なんでか恐怖心が和らいだ。そこにプリントされていた『伊賀刃物工場』っていうのが、記憶を失くす前の俺と関わりがあったのか?まあ、それすら憶えてねぇんだけど。
そんな感じで、タオルに勇気づけられながら戦ったわけだ。数日は《天空塔》でレベル上げをしてたわけなんだが、そこに居る間に人が増えに増えまくった。《天空塔》の周りじゃ人が集まって生活するには向いてねぇって話になって、湖の近くに集落を作ることにしたんだ。
そっからだ。俺には鍛治士として活動するようになった。戦いの場から離れて、みんなのために武器や生活品なんかを作る係になったんだ。集落は魔術のおかげで順調に発展していった。だけど、そこにリザードマンが現れたわけだ。今まで骨しか1体としか相手したことがないせいで、たくさんの奴らを相手することに慣れちゃいなかったんだ。
いや、慣れなんて話じゃねぇな。だって、俺は…………真っ先に逃げ出したんだからよ。後ろで悲鳴が聞こえた。戦う音が聞こえた。でも、俺は耳に蓋をして無視した。最低な大人だ。俺は、この時を深く後悔した……。
俺はそんな後悔から逃げるように湖を離れた。それでたどり着いたのが、火山だった。熱いのには慣れていた。火山を散策して、珍しい素材を見つけては武器を作った。剣、短剣、戦斧、槍……この時、俺は自分の武器である戦鎚を作ろうとしなかった。もちろん……俺は戦いたくなかったからだ。
どんなに深い後悔をしても、結局俺は恐怖心に勝てなかった。時たま火山を出ては、水や食料を採りに行ったりしたが、それ以外はずっと火山の中にいた。俺は、それが贖罪になると勝手に思い込んでいたのかもしれねぇ。そんなもんで、償える罪なんかじゃねぇのにな。
そんな生活を始めて1ヶ月が経った頃だ。火山にミノタウロスが現れた。平穏だった生活に、突然やってきた危険だ。救いだったのが、ミノタウロスらがほとんど上に来ないことだった。素材を探しには行けなかったが、そのおかげで無事でいることができた。
だから、1体のミノタウロスが火山を出たときはビックリしたぜ。しかも、数日経っても帰って来なかったから、帰ってきたときに好奇心が生まれてしまった。恐怖心には負ける癖に、好奇心には勝っちまうんだから、本当に情けない話だ。
その更に情けない話で、尾行がミノタウロスにバレて殺されそうになったわけだ。
「おっさん!早く後ろにいる女の子まで下がれ!!」
で、そんな大人の窮地を救ってくれたのが、坊主と嬢ちゃんだった。そん時、俺は目を奪われちまった。何せ、坊主の動きは素人目でもわかるぐらい戦い慣れた動きをしてたんだからよ。嬢ちゃんの魔術もとんでもねぇし、使い慣れているように見えた。
それから、坊主と嬢ちゃんから今までの話を聞いた。坊主たちがモンスターを倒したからリザードマンやミノタウロスが現れたって聞いた時は驚いたけど、俺にそれを責める資格はねぇ。それよか、坊主と嬢ちゃんが今まで死に物狂いで戦ってきたことに、正直眩しいと思った。俺には歩めなかった英光が。でも、それと同時に、こんな子供には重過ぎる目的だとも思った。
そん時、思い出したのは逃げ出した自分だった。立ち向かうことをせず、守ることすら放棄した、最悪で卑怯な大人。でも、坊主の強い意志が籠った顔を見てると、もしかしたら自分でも出来るんじゃねぇかって思えてくるんだ。弱虫な俺でも戦える、心の底から闘志が湧き上がってきて、気づいた時には声を出していた。
「ならっ、俺も行くぞ!!」
勢いで言ってしまった感は否めねぇが、俺は戦う覚悟ができた。それから《鬼王の牙鎚》を作って、ミノタウロスに遭遇した。アイツの攻撃を防ぐ簡単なことしかできなかったけどよ、俺は役に立ってるって実感できた。
それから火山を下って、何度かミノタウロスを倒して最深地へ。そこでミノタウロスチャンピオンと戦った。正直、ソイツと対峙した時は無理だと思った。足が竦んだし、体が小刻みに震え続けて、まともに息をすることだってできなかった。
それでも、坊主と嬢ちゃんは挑んだ。それで勝っちまった。そこで、俺は何も出来なかった。いや、本当に何も出来なかったわけじゃねぇ。自惚れかもしれねぇが、坊主の背中を追って戦った。でも、だ。結局、俺は坊主から貰った勇気でしか動けなかった。
最後まで、俺は子供に守られる大人だった……。
次こそは、坊主と一緒に戦うっ。そう意気込んで、俺は坊主と嬢ちゃんに付いて行ってた。でも、そこでもダメだったわ。いや、こればっかりはダメだ。打撃には頗る相性が悪かった。それでも、坊主の指示通りに嬢ちゃんを守り抜いた。ま、ほとんど坊主が斬り伏せてたけどな。
で、結局俺は目立った活躍も出来ずに終わったわけだ。雪山を降りてからは、坊主たちと何気ない会話を交わした。坊主も坊主で、結構子供っぽいところがあってよ。嬢ちゃんは予想通りの反応してくれっから、揶揄い甲斐があったぜ。ま、それで、俺は集落に帰ってきた。
正直、内心じゃバクバクだった。俺が一目散に逃げ出したことを知ってる奴がいるんじゃないか?俺のことを軽蔑する奴がいるんじゃないか?結果から言えば、その心配は杞憂だった。でも、それで俺のしたことが消えるわけじゃない。そんなことはわかってる。
だから、俺は坊主たちと一緒に《天空塔》に挑むことにした。少しでも、誇れる大人になるために。
そんな《天空塔》に挑む前夜。俺は、恐くて眠れなかった。テントから出て、焚き火の傍で心を落ち着かせようとずっと武器のメンテをしてた。ちょうど坊主も木を彫ってて、俺は黙々と戦鎚をメンテしていた。
「どうしたんだ?おっさん。落ち着かないみたいだけど」
ーーッ。ヤベェな、雰囲気出てたか?
「ん?あー、いや。大丈夫だ、なんでもねぇ」
「なんでもないって。何かあるなら今のうちに言っておいてくれよ?《天空塔》に行く直前で言われても引き返さないぞ?」
……はぁ。ここは、素直に白状しておくか。
「なに。ただ、情けねぇ話なだけだ。大の大人が、ビビっちまってるんだからよ」
「?ビビってるって、何に?《天空塔》のことか?」
「ああ。と言っても、《天空塔》の時だけじゃねぇ」
ヤッベ、つい口が滑っちまった。ただ肯定するだけでよかったろうに……。まぁ、ここまで言っちまったし、もう全部ゲロるか。
「火山の時も、雪山の時だって、俺は内心じゃビビってた。ははっ、情けねぇ話だ。坊主や嬢ちゃんも恐いはずなのに、自分のやりたいことを貫いてるってのによ」
「そりゃ恐いけど……おっさんだって、大事な時に頑張ってくれてる。本当に頼りになってるぞ?」
「子供に慰められてる時点でどうかって話だ」
まったく惨めな話だぜ……。ホンット自分が嫌になりやがる。
「それにな、坊主。俺は坊主が思ってるような頼れる大人じゃねぇんだ」
「は?何言ってんだよ。さっきも言っただろ、頼りになるって」
ーーッ。たくっ。
「……坊主は優しい。いや、素直な奴だ。会った時から、坊主の言葉に嘘はねぇし、何より勇気をくれる」
だからこそ、自分が情けなくて、無力に思えてくる……。
「それが悪いのか?」
「悪いことじゃねぇ。途轍もなく良いことだ。嬢ちゃんが惚れーー」
あ、ヤベっ。これゲロったら嬢ちゃんに殺される。
「いや、とにかく、卑下して言ったことじゃねぇんだ。坊主は悪くない。ただ、俺が情けねぇだけだ」
変に間ができちまったけど、ちゃんと誤魔化せたか?ちょっと不思議そうな顔はしてるけど……それほど怪しくは思ってねぇみてぇだな。表情を一変させて、優しく笑ってきた。
「例えそうだとしても安心しろ。必ず俺が守る。おっさんもユキも、絶対に死なせたりしないって」
「ーーーー」
ーーーー…………
「ーーそうだな。そういうことにしとくぜ」
結局、そうだったのか。
「じゃ、俺もう寝るわ。お休み〜」
結局、俺は、守られる側だったんだ。
その次の日、《天空塔》の挑戦で俺は証明しようとした。俺は、守られる大人じゃねぇ!って。だけど、《狂獣の間》、《狩鳥の間》と進んで強く意識した。坊主にとって、やっぱり俺は守る対象だったんだってな。
頼りにしてくれてるのはわかる。だが、坊主の指示は坊主が前に出る、坊主が盾になることが前提とされたもので、俺と肩を並べて戦うものじゃなかった。いや、理屈はわかってる。嬢ちゃんの守りは大事だし、魔術を使える俺が後ろに回るのも道理だろう。だけど、その行動すべてに、俺を守ることが含まれているのを、坊主の動きで伝わってきた。
いつもぶっ倒れるまで戦う坊主に対して、俺は目立った傷を1つも負っちゃいない。当たり前だ、子供に守られているんだからよ。
こん時、そんな坊主が気に食わなかったのかもしれねぇ。俺は胸の中に湧き上がってくる黒い感情を抑えて、坊主に言ったんだ。
「あんまり心配させてやるなよ?坊主を心配してる嬢ちゃんを見るのは、こっちも辛いもんがある」
すべてが嘘だった、わけじゃない。坊主を心配する嬢ちゃんを見るのが悲痛に思えたのは事実だ。だが、俺は無茶する前に頼ってくれと、そんな嫌な気持ちもあった。それで、俺は少しでも守られる側から抜けられる、と。だけど、坊主はーー
「ああ。気をつけるよ」
何もわかっちゃいなかった。いや、言葉通りのものを受け取っても、坊主は辞めない。あれは、そういう顔だった。
「ま、それなら良いけどよ」
結局、俺はそうとしか言えなかった。
それから、俺たちは《騎士の間》に移動した。そこに居た甲冑野郎、ソイツのプレッシャーは今までの奴らの比じゃなかった。心臓が鷲掴みにされた気分で、ゲロ吐きそうなぐらいだ。
そんな奴が相手でも、やっぱり坊主は立ち向かう。
「逃がさねぇぜ!!」
俺も、ハルトと一緒に前に出て戦う!甲冑野郎が槍から盾に持ち替えた途端、奴の動きが妙に洗礼された流れの動きになった。近接戦闘最強な坊主が、こと剣で後れを取られるなんて初めてだっ。あんなのっ、俺が割って入る余地がねぇ!
短剣を受け止められた坊主が斬られた!そこに嬢ちゃんの魔術がアイツに命中する。でも、アイツは無傷っ。だが、割って入んならここだぜ!
「ぉらッッ!!」
レベル3回転二連撃《鎚技》ーー《ゴドネラ》ッッ!!
アイツの背中に鎚を叩きつける!躱されたが知ったこっちゃねぇッ。回転してもう一回殴りつける!!今度は受け止められちった。アイツが剣を振り上げるっ。
『ぐッ、なんだ!?』
けど、振り下ろされる前に止まった。坊主が何かしたんだろうよ。短剣から細剣に持ち替えた坊主が後ろから迫ってきて剣を振り下ろしてくる!それすら、コイツは受け止めやがった。
「おっさんッ」
「おうよっ!!」
レベル1打ち付け《盾技》ーー《ガルバーン》ッ!!
左手に持ってる《円銀鱗盾》で、ガラ空きになってる胸元に打ち付ける!コイツの甲冑が凹んだっ。
『ぐおッ』
「ハァァアアアアッ!!」
後ずさるアイツに坊主が《剣技》と《細剣技》を繰り出す。けどっ、アイツがよくわかんねぇ動作で剣を投げて弾きやがった!坊主を盾で薙ぎ払って吹き飛ばす。ヤベェ、こっちに来た!!
コイツが盾を打ち付けてくんのを《円銀鱗盾》で防ぐッ。そっから払い退けて《鬼王の牙鎚》を振ろうとしたがっ、コイツがもう次の動きに入ってるせいでまともに振れやしねぇ!とんでもねぇ勢いで攻めてくんのを凌ぐので精一杯だッ。
「おじさん下がって!!」
「ッーー」
嬢ちゃんの声が届いたっ。すぐに後ろに下がる。そしたら、アイツにとんでもねぇ氷結の刃が命中した。うわっ、すげぇ。やっぱ嬢ちゃん、恐ぇわ。ーーッ、アイツ無傷かよ!
そこに、坊主が超高速に迫って攻める。いつの間にか、左手に持ってるのが《月光剣》になってやがる。盾しか持ってねぇアイツに2本の剣で畳み掛ける!両腕を振り上げ、そこから一気に振り下ろす。アイツが弾き飛ばされた。ここだろぉ!
「なに止まったんだぁ!!」
アイツに走り寄って、ちょうど背中に向かって《鎚技》を振り抜いた!《インパクト》ォッッ……!!簡単に当たっちまって、アイツは簡単に吹き飛ばせた。地面をバウンドして立ち上がったアイツに坊主が《月光剣》の特殊能力で追撃。ギリギリ防がれちまったところに、更に嬢ちゃんの魔術が追撃する。
「行くぞ、おっさん!!」
「おおっ」
坊主の背中を追って走るっ。嬢ちゃんの魔術が晴れたところで、坊主が2本の剣を振りかぶって勢いよく振り下ろした。それを盾を掲げて防ぐ。脇が隙だらけだぜ!坊主の脇を通り抜けて、アイツの懐に入り込むっ。そっから《威力強化》!もう一丁《インパクト》ッッ!!
コイツの右脇腹を殴り抜いた!良い手応えだぜっ。甲冑の破片を撒き散らしながらアイツが吹き飛ぶ!元の位置に戻って行きやがった。
「《凍獄》ッッ!!」
アイツが止まったところで嬢ちゃんが杖の特殊能力を発動させた。アイツが氷に呑み込まれて、晴れた時には氷の塊になっていやがる。
「一気に決めるぞッ!」
「おお!」
坊主の掛け声で駆け出す!《威力強化》。《鬼王の牙鎚》を振り上げるッ。
その直後に、アイツからとんでもねぇ光が放たれ始めた!何だ……!?
「おっさん、離れろ!!」
なっーー坊主に言われるがまま技をキャンセルして、背後に下がる!《耐久力上昇》、《属性耐性上昇》っ。あと《円銀鱗盾》を構えた!!
『ーーアーム・リベレーション』
ーーーーがっ。い、今、何が起こったんだ……?わかんねぇ。とんでもねぇ衝撃を受けたような気がすっけど……
『ここまで追い込まれることになるとは思わなかった。君たちは素晴らしい。私の予想を上回る成長と連携を見せてくれた。これほど惜しいと思うことは、私の生涯でもそうは無い』
ーーッ!?アイツっ。坊主に近づいて行ってやがる!
「ーーーーッ」
こ、声が出ねぇ!?なんでだ!?クソっ、坊主早く逃げろ!
『さらばだ、若き剣士よ。本当に残念だった』
坊主の前に立ったアイツが剣を振り上げる。ダメだ、坊主が死んじまうっ。誰かっ、誰でもいい!誰か坊主を助けてくれ!頼むよ、神様っ。こんなもん、受け入れられるわけねぇだろ!目の前で子供が殺されるなんてっ、許される訳がねぇだろ!!
ーーそうだ、許されることじゃない。
……ッ!?今のは……。ああ、そうだ。許されちゃいけねぇ。いや、いけなかったんだよ、最初っから。
ーー子供に守られる大人、それがお前だ。
そうだ。子供に助けられて、守られる。それが大人?笑わせるっ。そうだ、俺は大人ですらなかった。ただ怯えて守られる人間だ。
『せめて、苦しまずに』
坊主、悪かったな。そう呼ぶ俺の方が、よっぽど子供だった。お前は、きっと胸を張って生きていける、立派な大人になるだろう。
嬢ちゃん、揶揄ってすまなかったな。嬢ちゃんも、きっと旦那を尻に敷いた立派な奥さんになるだろ。
その光景を見ることができねぇのは残念だけど……達者で頑張れよ。
「ぇーー」
『なーー』
この日この時、俺はようやく胸を張って名乗れる。
良いか?
一回しか言わねぇから、耳の中かっぽじって良ぉく聞けよ?
……準備は出来たか?行くぞ?
俺の名は、オルガ。
今時、世界で一番カッケぇ、
男だ!!
明日の18時に、第34話を投稿します。 作者より




