m17.飛龍
会議翌日、クランとジキトはリザードマンの説得の為、沼地へと来ていた。
「クラン殿、その昔助けたリザードマンというのは?」
ジキトがクランに向かってリザードマンについて尋ねる。
「昔リザードマンが食料を求めて私達の森へ攻めてきたの。
その時はイーファ達と協力して勝った。イーファがリザードマンの族長に止めをさそうとしたんだけど私が止めてあげたの!その後も何かとお世話してあげてるから私達には頭が上がらないでしょうね。」
「なるほど、それは期待出来そうですな。
すんなり行くといいですが。」
「この恩は必ずー、みたいな事言ってたからきっと友好的に話せると思うわ。」
クランは得意気にそう答えていた。
「かれこれ話してる間に着きましたな。」
二人の眼前に広がる景色、湿地帯にいくつかの小さな沼が点々とある。
その奥に見える洞窟をリザードマンが集落に使っているらしい。
洞窟の前に二人のリザードマンが門番の様に立っている。
そこへクランが全く警戒する素振りもなく近付き声をかけた。
「やっほー、族長さんいる?クランって言ってもらえば分かると思うな!」
門番達は声を掛けるクランを見てその名を聞くと慌てて改まり礼をして敬意を示した。
「クラン様!かつてはお世話になりました!
族長をお呼びしますのでどうぞ中でお待ちください!」
クランはジキトに軽くウインクしてスタスタと中へ入っていく。
「頼りになりますね…。私は必要なかったかもしれません…。」
ジキトは少し卑屈になっていた。
薄暗い洞窟の中、通路にはかがり火が続きやがて奥の部屋へと案内されてしばらくするとリザードマンの族長がやって来た。
「これはこれはクラン様!ご無沙汰しています。あの時はありがとうございました!
こんな所へ遥々どうされましたかな?」
他のリザードマンよりは少し年老いた風貌だが凛とした佇まい、それでいて命の恩人であるクランに対して敬意を持って話す姿は好感を持たせる。
「やあやあ久しぶり、今日はちょっとお願いに来たんだ!」
クランはリザードマンの族長に対しいつもの調子で話しかけた。
「お願いですか。クラン様は命の恩人、なんなりと仰ってください!!」
リザードマンはクランの言葉を快く受け入れる。
「私今人間に仕えてるの!貴方達も仲間になって欲しいんだ!」
だがクランのお願いの内容を聞いて驚きと共に難色を示した。
「な、なんと……人間の……
し、しかし人間の下についてろくな事など……」
そこにクランがとぼけた素振りで畳み掛ける。
「あっれえー?このご恩は必ずとか言ってた気がするのになー…。
リザードマンって嘘つきだったんだ……。」
リザードマンはたじろぎながらもなんとか切り返す。
「い、いえ!もちろん別の形でお返しさせて頂くつもりです!」
だがクランはそれを許さない。内心黒い笑みを浮かべながらも悲しそうな表情を作り口撃を緩めない。
「へえー、私は命を助けたのに君は命をかけて私達を助けてくれないんだねー。
そっかそっかー…。リザードマンの恩義はその程度なんだー…。」
「ぐっ……!し、しかしですね…。」
リザードマンは返す言葉が無くなり徐々に口数が少なくなっていく。そこにクランが再び攻め手を入れる。
「はあぁー……やっぱり攻めてきた人達なんて助けるんじゃなかったかな…。」
「わ、わかりました……!!
元より我等あの時死んでいた身、かつての大恩お返しさせて頂きたい!我等一同、尽力させていただきまする。」
ついにリザードマンは堪忍した。
「やったー!ありがとう!そう言ってくれると思ってたよー!
これからよろしくね!」
クランは満面の笑みを顔面蒼白のリザードマンに向け握手した。
「では皆にこの事を伝えて参ります。」
そう言ってクランとジキトに背を向けるリザードマンには哀愁が漂っていた。
「クラン殿、素晴らしいですな…。こうもあっさりいくとは。」
ジキトは哀れなリザードマンの背を視線で見送りながらクランに話しかける。
「何、簡単な事だよ。リザードマンは義理堅くて不器用なんだ。私達の森にリザードマン達が攻めてきたのは食料を求めてだった。私達は食料が必要無いから撃退した後定期的に少し分けてあげてたの。何かに使えそうだったからね。つまり実質私達無しじゃ生きてらんなかったって訳。ちょっとその恩をチラつかせて見せればちょちょいのちょいってね。」
そう言って笑みを浮かべてウインクしながら答えるクランにジキトは少し寒気を覚えた。
「なるほど。」
(クラン殿…可憐な姿をしているが恐ろしい方だ。)
ジキトはクランを敵に回しては行けないと心に誓ったそうな。
こうしてリザードマンを傘下に収め、一行は湿地帯周辺を制圧しながらイーファの元へと向かうのだった。
その頃、レイラとホルスは火山へ向かっていた。
「まさかアンタとこうして組む日が来るなんてねえ。」
「それはお互い様だ。だが今はアヤ様の為、過去の遺恨は流そうではないか。」
茹だるような暑さを意に介さず、火山を進みながら二人は話す。
「そうだねえ、あの子は味方をしてあげたくなるなにかがある。
かつての人と魔物の平和の再興、あの子なら……」
「ああ、その為に私達は目先のワイバーンだ。
はて、話が通じるといいが……。」
「まあ無理だろうね、魔物でも指折りの人間嫌い。
今回はダメ元ってやつだろう。」
レイラは半ば諦めムードで両手を上げるジェスチャーをしながら言った。
「しかし強い者の言う事を聞くという、もしかしたらということもある。」
ホルスは眼光に力を宿し強く言い放った。
「ああ、そうか、アンタは見た事ないんだね。アタシ達だけであれに勝とうってのかい?」
レイラが指差す先にはワイバーンの群れ。
紅蓮の体は火山の溶岩の色に溶け込み、大きいものだと7~8メートルほどはありそうだ。
「………話すだけ話すとしよう。」
ホルスはその迫力に呆気にとられたまま力無く言った。
「そうさね、戦闘になれば勝ち目は無いだろう。交渉決裂ならばしっぽ巻いてさっさと帰るべきだね。」
そう言いながらレイラは近くのワイバーンの元へと飛んでいき会話を投げかける。
「我等はアヤ様の使いできた!族長殿にお会いしたい!」
「アヤ……噂の人間か……話す事など何も無いが……ここで待て。」
ワイバーンがそう告げてしばらく、族長が羽音を響かせ現れる。
他の個体よりも大きな体に歴戦の傷跡。
威圧的な眼光はくぐった修羅場の数を物語る。
「懐かしい顔だ。レイラ、人間の下についたらしいな。人間なんぞの手下がなんのようだ。まさか傘下に入れ等とは言わぬよな?」
その声は低く、雄大で聴く者に畏怖を与える。
「その通りだよ、平和に向けてアンタ達の力を貸してほしい。」
そこへレイラは怯むことなく目を見て堂々と答えてみせた。
「ふざけるな!!!
その平和の時にかつて人間が何をしたのか忘れた訳ではあるまい!」
ワイバーンの族長はその答えに怒りを持って答え返した。荒ぶる瞳はまるで燃えているかのようだ。
「勿論さ、でもその時代を生きた者はアンタもアタシも含めてもう僅かだ。
口伝で語り継がれてはいるが今の世代は人間を言うほど憎んでいないだろう、アタシ達の勢力がその証さね。」
「魔物の恥さらし共が……!また繰り返すなど愚の骨頂。そんなものに付き合い切れぬ。」
「アンタは!あの子を知らないだろう!
確かに人間は昔裏切った。でもあの子なら!きっとあの子なら真の平和を築いてくれる。」
聞く耳を持たないワイバーンに必死に食い下がるレイラ。
だがワイバーンの意思は揺るがない。
「誰がやろうと変わりはしない。人間の大多数は欲にまみれた愚か者よ。同じ過ちを繰り返すのみ。昔のよしみだ、悪い事は言わん。貴様も手を引け。」
レイラとワイバーンは互いに睨み合い、場を少し静寂が包む。
その空気に耐えられなくなったかホルスが口を開いた。
「一度、我等の王に会ってはいただけぬか?それから決めてくだされ。」
「断る。こっちになんの得がある。平和なんぞとうの昔に絶たれた。
現実を見よ、人間など信用する方が愚かだ。」
ホルスの提案にも全く意に介す様子がない。そんな頑固な昔の友人にレイラは怒りを覚えた。
「いつまでも昔の話をウジウジと。もういいよ。
アンタは失敗を怖がってずっと同じ場所から踏み出せないただの臆病者さね。
アタシ達は世界を変える。アンタはここで怯えてりゃいいよ。だがせめて邪魔はしないでおくれよ。」
昔からの知り合いでも珍しいレイラの怒りのこもった皮肉に少し驚いた様子を見せ、ワイバーンは少し考えて言った。
「……良かろう。貴様にそこまで言わせる人間に少し興味が湧いた。
そこまで言うなら会うだけ会ってやる。だが、少しでも気に入らなければその人間、消し炭にしてくれる。」
「そんなことはアタシ達がさせない。」
固い意思を感じさせるかつて魔物の王と呼ばれた獅子に従っていた頃のレイラを彷彿とさせる瞳にワイバーンの胸に不思議な感覚が押し寄せた。
「人間なんぞに随分と手懐けられたものだな。
まあ良い、その人間はどこにいる。」
「ドラゴノイド、キアナとの交渉に向かってる。」
「キアナ、また懐かしい名だ。その人間、儂が殺すまでもなく今頃殺されておるのではないか?」
古い同胞の名を聞きその姿と性格を思い出したワイバーンは笑って皮肉を言う。
「アンタもボケが始まって忘れちまったかい?ヘルライガーは大事な物を守り抜く。みすみすアヤ様を死なせたりなんかしないさね。いいからついて来な。」
こうしてワイバーンとの交渉は保留に終わった。
しかしまだ望みはある。一同はアヤの元に向かうのだった。




