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第八話<新天地>

 夏目はじゃらじゃらと鍵束を鳴らし、穴に合う鍵を探す。

 外のフェンス越しに見ていたときは寂れた廃工場だと思っていたが、近くで見ると意外と小綺麗だった。彼が管理しているのだろうか。


「どれだったかな――ああ、これか。どうぞ」


 古びた金属が軋む音。そのきいきいという音が尾を引きながらドアが開いた。夏目は一足先に中へ入り、電気をつける。

 だだっ広く何もない空間だった。小学校の体育館を思い出す。体育館は木の優しい茶色で囲まれているが、ここは違う。ねずみ色のビニル製の床と、ところどころに赤錆が浮いたトタンの壁。年季が入っている。ビニル床には機械の設置跡と思われる線が残っており、それが複雑に重なりあってぐちゃぐちゃな模様を描いていた。

 天井ははるか上方にある。こんなに高い建物だったか。外から見た姿というのは案外あてにならない。


「昔は金属の加工をしている工場だったらしいが」


 夏目は腕を後ろに組んで靴をわざと鳴らしながら歩く。

 僕たちは彼についていく。やけに広いので気分が落ち着かない。物に囲まれていればそれらとの相対関係で自分の位置を確認することができるのに、今はそれができないからだ。奈都美も同じ様子で、せわしなく頭を動かして周りをきょろきょろと眺めている。


「今じゃ見る影もない。機械も全部売っぱらってしまったからな。使い道を考えているんだが、思いつかない」


 反対側の壁までやってきた。夏目はドアノブに手をかける。

 先ほどまでとはうってかわって小さな部屋の中には古い事務机が並べられていた。事務所として使われていた場所だろう。机の上には埃がのっていなかった。


「さて、本題に入ろうか」


 夏目は一番奥にある独立したデスクに迷いなく向かい、そこの椅子にどっしり構えた。彼の特等席なのかもしれない。

 僕たちも近くの椅子を彼の机まで運んで座る。

 夏目は両肘をついて指を交差させ、そのブリッジに顎を乗せてこちらを見た。


「ケーイチ――松葉が捕まったという話はこちらにも届いている。だが状況がよく分からない。説明してくれ。そこの彼が、君といる理由も合わせて」


 夏目は奈都美を目で指名する。


「はい。マスターが捕まったのはお昼過ぎです。今日は午前中からバイトに入っていました。突然お昼頃に出かけてくると言って、お店を私に任せたんです。それで、ちょっとしたら彼を連れて戻ってきて」

「松葉は彼が近くに来ることを知っていたということか」

「誰かに予知を頼んだのかもしれません。それから店を閉めていたら、警察の人が周りをうろうろしてて。マスターも気付いていたようです。だから彼を眠らせて」

「ずいぶんと強引なやり方だな」

「マスターなりに思うところがあったのかもしれません」

「あいつの能力か。それでどうなった?」

「お店の裏口から大通りのビルに出て逃げようとしました。そしたらマスターが操られてて」

「操る? どんなふうに?」

「見た目と言動は普通だったんですけど、手の合図で逃げろって教えてくれて」

「精神干渉か。そいつは間違いなく警察お抱えのアブノーマルだな」

「警察がアブノーマルを? どういうことなんですか」


 僕は割って入る。話の腰を折ってしまうのは分かっていたが、何も知らない僕にとってはかなり重要な内容だ。


「アブノーマルに対抗するには、あちら側もアブノーマルを使うしかないというわけさ。国もアブノーマルを撲滅しようとしているわけではない。もし便利な能力があれば研究を進めて産業に応用しようとしている。もしそれが成功すれば人類史は大きく変わることだろう」

「悪いことのようには聞こえませんが」

「将来的にはな。だが、今のやつらは俺たちのことを実験用モルモットだとしか思っていない。用済みになったらすぐ捨てられてしまう。だから俺たちは自分の身を守るために戦っている。話を戻そう。これがそいつの情報だ」


 夏目は机の引き出しをがさごそと探る。紙束になっている資料をめくり、中から一枚引き抜いて僕たちに向けた。


「紙で保存しているんですか」

「データで持っていると足がつく。こんなご時世に皮肉な話だが、アナログな方法の方がセキュリティは高い」


 顔写真付きだった。平凡な顔で、切れ長の目をしている。


「精神干渉の能力を持っているのはこいつだけだ」

「危険な能力ですね」

「そうでもない。めんどうな正規の手順を踏まなければ、こいつは能力を発揮できないからな。松葉がやられたのは自分の能力のせいだ。相手の心を読める分干渉を受けやすい。相手側もしっかりとこっちをリサーチしてやってきたということだ」

「じゃあやっぱり、マスターはマーク済みだったってことですか?」

「三川さん、君のこともバレているだろう」

「そうですか……それと、もう一人いました。二メートルくらいある大男です」


 夏目はその特徴を聞いて頭を抱えた。


「西郷鋼だな。厄介なやつだ」彼は資料を取り出す前に名前を挙げた。「純粋な肉体強化能力。シンプルだが、それゆえに強い。一対一でやりあえば間違いなく勝てない」

「夏目さんも身体強化でしたよね?」

「俺のは生命維持のもっと根幹部分に関わる能力だ。デザイナーに頼んだときは肉体強化をお願いしたんだが、いざ蓋を開けてみればこんな能力になってしまった。死ななかっただけマシだな」


 死という単語を聞いて、病室でアブノーマルについて調べたときのことを思い出す。

 成功率は低く、失敗したものは死に至る。

 そう書いてあったはず。つまりここにいる僕たちはその確率をくぐり抜けたということだ。


「とりあえず、ケーイチを救い出す方法を考えないとな」


 ケーイチ? 松葉のことか。松葉慶一郎。たしかそんな名前だった。

 下の名前で呼んでいるところから、夏目と松葉が親しい仲であることが伺える。


「マスターは一体どこに」

「京都の特殊収容所だろう。俺の仲間も何人か捕まっているはず――」


 夏目の声を遮るようにして、後方でドアが開く音がした。


「おお、来たか」

「こんな時間に呼び出すなんて、ひどいですよナツメさん。そこの二人は?」

「江洲くんと三川さんだ」

「へえ。君が江洲くんかあ」


 僕と同い年くらいの青年だった。じろじろと舐め回すように僕を見てくる。ぎょろっとした目が怖い。

 この界隈で僕のことはどう伝えられているのだろうかと少し心配になる。


「大石医師がいじったって子でしたっけ」

「ああ。そう聞いている」

「大石先生?」


 大石先生の名前が上がったので僕はびっくりしてしまった。有名人だったのか。

 いじったということは、やはりそういうことなのだろう。


「やっぱり大石先生がこの能力を」

「おや、知らなかったのか。ごめんごめん。ショック受けた?」

「ううん。そんな気はしてました」

「ならよかった。自己紹介が遅れたな。俺は海堂玲央。レオって呼んでくれ」


 青年はにっこりと笑って握手を求めてくる。僕は立ち上がってそれに応じた。


「レオ、君を呼んだのは他でもない。彼らのサポートをしてもらうためだ」

「だと思ってましたよ。住むところはどうしますか」

「お前の部屋の両隣が空いてる。いざというときのために部屋を借りておいたから、そこに住ませればいい」

「それと、この子たち、見た感じ大学生でしょ? 俺みたいなプータローと違うんだし、大学はどうするんですか」

「今は夏休みだろ。始まったら考えればいい。もっとも、普通の生活に戻れるかどうか分からんがな」


 夏目はくすりとも笑わない。手のブリッジの上に顎を乗せたまま、僕たちをまっすぐに見つめている。

 僕はというと、今日一日のどたばたですっかり自分が学生であることを忘れていた。


「聞きたいことはもうないか? 今後の作戦についてはこれで連絡する。もし気になることがあれば、後で聞いてくれても構わない」


 夏目は僕と奈都美にスマートフォンを手渡した。奈都美は喜んでいたが、僕はなんとも思っていなかった。


「じゃあ、帰りますか。俺の車があるからそれ乗って行って」

「僕、ここまで車で来たんですけど」

「ケーイチの車は置いていけ。後でしまっておく」


 夏目は椅子でくつろいだ姿勢のまま、僕たちにひらひらと手を振った。

 廃工場を出てすぐのところにあった海堂の車に僕たちは乗る。助手席には僕、後部座席には奈都美、運転席はもちろん海堂だ。運転席とは言っても、基本的には自動走行に任せっきりである。

 車のドアを開くと煙草の臭いがした。かなり強い。座席の革にもすっかり臭いが染み付いている。相当なヘビースモーカーなのだろう。

 案の定、海堂は車に入るやいなや煙草に火をつけた。バックミラーに反射して見える奈都美が顔をしかめている。


「あれ、煙草嫌い?」

「嫌いです」


 間髪入れずに奈都美が答えた。海堂はこらえられずに吹き出した。煙草が彼の口から落ちてシートに焼き跡を残しそうになったが、すんでのところで彼の手がそれをキャッチした。

 彼は灰を落として再び口に運ぶ。吸うのをやめるつもりはないようだ。


「江洲くんと三川さん、か。二人とも下の名前は?」

「薫です」

「……奈都美です」

「じゃあ今度からは薫くんと奈都美ちゃんって呼ぶね。さっきも言ったけど、俺のことはレオでいいから。ところで二人とも年齢は?」


 奈都美が少し反抗的な目をしていたが、海堂はそれを気にするような男ではなさそうだ。


「二十歳です」と僕。

「私も二十歳です」と奈都美。

「二人とも二十歳か。若いねえ。僕は二十五歳。そんなに変わらないか。僕が二十歳の頃は……」


 海堂はお喋り好きな男であった。

 それほど会話に内容があるわけではない。だから、新しい居住先に到着する頃には出発時の会話など忘れてしまっていた。

 僕たちが住むことになったのは十階建ての大きなマンションだった。広々とした地下駐車場に車をとめ、エレベーターで階を移動する。

 八階。エレベーターを出るときに鍵を手渡される。


「部屋番号は805から807だな。真ん中の806は俺の部屋だから、残った二つから好きな方を選んでくれ。今日は疲れただろ。そのまま休んでもいいよ。諸々の話はまた明日」


 807が角部屋だったので奈都美にゆずった。

 僕たちは別れの挨拶をして、それぞれの部屋に入っていく。

 玄関の電気のスイッチをつける。部屋の全貌が明らかとなった。

 玄関はシューズクローゼットつき。1LDKの間取りは一人暮らしにはもったいない。

 前の部屋よりも住み心地は良さそうだ。家具も最低限のものはそろっていた。すぐにでも生活を始めることができる。

 ふと親の顔が思い浮かぶ。

 今頃どうしているだろうか。元々それほどこまめに連絡を取る方ではなかった。普段なら二ヶ月音信不通でも珍しくはなかったが、退院直後となると話は別だ。明日か明後日には、僕が行方不明になったと警察に連絡が行くだろう。いや、逆に警察から連絡が来ているかもしれない。

 親に連絡したいという衝動に駆られそうになったが、ぐっと抑える。僕個人の勝手な行動で迷惑をかけるわけにはいかない。

 これからどうすればいいのか。

 仮に松葉を連れ戻すことができたとして、それで何が変わるというのか。

 いつになればこの逃走生活に終止符をうてるのか。

 頭の中は終わりなくぐるぐると回っていたが、ハムスターの回し車のようにその場で回転しているだけで何の生産性もない無駄な行為のように感じられた。

 寝よう。寝て、頭を整理しよう。

 僕は無駄に柔らかなベッドにそのまま倒れこんで目を閉じた。

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