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第十三話<終焉>

 管理棟はほとんど僕たちの制圧下にあった。

 あちこちからあがる阿鼻叫喚の声。

 同志を解放して、第二フェーズに移った僕たちを止められる者はもういない。

 いるとすれば――。


「こりゃまた凄いことになってるな」


 僕たちの間に割り込むようにして、一人の少年が現れた。

 いるとすれば、彼くらいだろう。

 半袖パーカーのフードを深く被っており顔は見えない。


「君が噂の」


 同志たちはその異様な登場方法に恐怖し少年から遠ざかった。

 僕は彼をまじまじと見つめる。

 要注意人物。彼で間違いない。

 だが、こんな少年だったのか。写真では身長が分からなかったので、僕はつい「ほう」と呟いていた。

 彼も僕を認識したのかにやりと笑った。


「やあ。初めまして、かな」


 少年は僕から三メートルほど離れたところから声を発する。

 そして。

 彼の像がぶれた。その体が二つに分かれ、二つが四つへ、四つが八つへと、倍々にして小さな要素へと分解していく。

 見えなくなるほど分解され、僕は彼を見失ってしまう。

 どこだ。

 直後、僕の目の前で、彼の体がレゴブロックのようにして組み上げられていく。

 少年は僕に握手を求めるように手を差し出していた。

 僕はその腕を払いのけ、後ろに飛び退く。


「何のつもりだ」

「そんな。僕たちは同じアブノーマル。いわば仲間だろ? 握手ぐらいしてもいいじゃないか」

「君は警察側だ。僕たちレジスタンスとは違う」

「目標は同じだと思っていたんだけどね」


 少年は僕の方を見る。しかし、その焦点は僕でなくもっと遠くの方で結ばれているように見えた。


「薫――君の願いは何だ? ここを占拠して、その後どうする?」

「松葉さんや皆を助け出して、それで――」


 助け出して、どうなる。

 よくよく考えてみれば、今回の騒動に僕の意思はほとんど関わっていない。

 次々と起きていく出来事にただひたすら翻弄されつづけ、いつの間にかこんなところまで来てしまった。

 この三日間の出来事はあまりに鮮烈すぎて。

 鮮烈だったはずなのに、記憶は曖昧だ。つい先日のことが数年前のことのように感じられる。

 だが果たして、僕の意思など必要なのだろうか。

 戦争において、兵士個々人の意思など些細なことだ。重要なのは大局の流れであり、個よりも全。

 これはアブノーマルを救うための改革。


「思っていたよりひどいなあ」


 少年は首を振る。


「薫、僕の名前を一人殺しただろ。大石先生も」

「ああ」

「大石先生は僕たちの中でも、かなりアブノーマルに寄り添ってくれてたんだけどね。あの人がいなくなったら、警察内のバランスも崩れるかもしれないなあ」

「バランス?」

「警察組織だって一枚岩じゃないことぐらい分かるでしょ? アブノーマルを徹底的に弾圧しようとする勢力だってあれば、僕たちを保護しようとしてくれる勢力だってある。まあそんなこと、君たちレジスタンスにとっちゃ知ったことじゃないかもしれないけど」

「そうだ。警察は悪だ。現に僕たちを捕まえて拘束するための施設まで作ってるじゃないか」

「悪――か。君の理論だと、僕からすれば君たちが悪になるね」


 議論は平行線だ。二つの線の角度は一度もずれていなかった。

 僕たちが交わることは永遠にない。


「らちが明かないな」


 僕は戦闘態勢にはいる。


「うーん。薫とはゆっくり話したいと思ってるんだけど、こんな状況だと落ち着いて聞いてもらえないか」

「おい! 薫くん、大丈夫か!」


 少年の肩越しに海堂が走ってくるのが見えた。あっちの方は片が付いたようであった。


「こいつが、例のやつか!」


 海堂は少年を睨みつける。睨まれた少年はふらりとバランスを崩して倒れそうになったが、何とか片足を立てて踏ん張った。


「こりゃ、思っていた以上にきっついな」


 再び少年の体がばらばらになってゆく。

 海堂と僕は彼の姿を認識できなくなる。

 止めようと腕を伸ばしたが、手には空を切る感触が残るのみだった。


「これからも何度か会うことになるだろうけど、僕は諦めないからね、お兄さん」


 建物の中だというのに風が吹いた。

 少年の要素は風に乗ってどこかへ行ってしまう。彼の声だけがその場にとどまり、屋内の壁にあたって反響した。


「くそ。逃がしたか」

「すみません、レオさん」

「いいんだ。薫くんが無事だったなら。あいつを仕留めるチャンスはこれからもある」

「あと少しだったのに」

「とりあえずこの拠点は俺たちのものになったんだ。上出来だよ。薫くんがいなかったら、あいつに全員やられてたかもしれない。注意を引いてくれたから皆が動けた」


 どっと疲れが押し寄せてきた。

 力が抜けてしまった僕の体を海堂の手が支える。


「もしもし、ナツメさん? ええ、作戦終了です。はい、分かり――」


 海堂の声が遠くなっていく。次第に、何も聞こえなくなった。

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