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第十一話<前夜>

「早速だが、はじめよう」


 僕たちは再び廃工場の事務所跡に集合していた。

 夏目は部屋の端にあったホワイトボードを指定席の近くまで運んで、黒のボードマーカーで市街地の地図を描き込んでいく。


「なんだか、一昔前の刑事ドラマみたい」


 奈都美がぽつりと言葉をもらす。

 ボードには精巧な地図ができあがっていた。夏目はそこに赤色のペンで二つ丸を書き足す。

 一つは現在地の北西部。そして、もう一つの丸は南東部へ。


「ここが収容所だ」


 彼はとんとんとボードを叩いて指し示す。

 奈都美はスマートフォンで衛星画像を開き、ホワイトボードに重ねあわせた。その赤丸は画像の緑部分と合致した。


「山の中じゃない」

「そう。隔離された場所にあるんだ」

「襲撃しづらそうですね」


 奈都美は険しい表情をしていた。


「いくつかのグループに分かれてしかける。市内のアブノーマル対策本部も同時襲撃するつもりだ。応援を呼ばれたらひとたまりもないからな」

「作戦人数は?」

「まだ連絡が行き渡っていないから概算だが、市内グループが五十人程度。収容所グループは十人程度だ」

「収容所の方が少し頼りないような」

「これが限界だ。だから、江洲くん。作戦の成否は君にかかっている」


 夏目は地図に文字を書き足していく。


「収容所には少なくとも三十人程度の同志がいるはずだ。その中で戦力になりそうなのが十人。つまり収容所を制圧するのは、彼らを解放して戦力が二十人になってからだ」

「収容所を占拠するつもりですか? 離脱せずに?」

「あそこは拠点にするにはいい場所だ。地理的にも手を出しにくい」


 戦略的なことは全く分からなかった。夏目が兵法等に明るいかも不明だったが、今は彼に従うしかない。

 それまで腕組みをして黙っていた海堂が口をはさんだ。


「ナツメさん、敵側の戦力も教えてあげた方がいいんじゃないですかね」

「忘れるところだった。ナイスアシストだ、レオ」


 夏目は引き出しから資料を取り出す。


「収容所を監視しているアブノーマルはこいつらだ」


 十枚の紙を磁石でホワイトボードに貼り付けていく。

 その写真の中には見覚えのある顔もあった。精神干渉と肉体強化の能力を持ったあの二人だ。奈都美はその二つが貼られたときに敵意をむき出しにして写真を睨みつけていた。

 僕は冷静にそのリストを眺める。

 リストの半数は肉体強化に関連する能力だった。あとは、視覚、聴覚、嗅覚強化能力を持ったサポート役の三人。そして、精神干渉で一人。

 そして、最後の一人。その能力に視線が釘付けになる。


「瞬間移動?」


 海堂の言葉を思い出す。特殊能力とは言っても漫画のようなことはできないはずだ。

 合理的に考えて、瞬間移動が人間に出来る芸当だとは思えない。


「こいつに関しては詳細が不明だ。そうとしか見えない動きを見せたという報告が上がっているだけでな。違う能力なのかもしれん。一番ありうるのは――」


 夏目は言葉を切って僕をじっと見つめる。


「複合能力者という線だな」


 まさか。これほど近くに、僕以外に複数能力を持つ者がいるとは。


「西郷鋼――あの巨漢のことだが――も厄介だが、こいつはもっと危険だ。俺たちだと手に負えない。だから、最終的には君と彼の一騎打ちということになるかもしれない」

「覚悟しておきます」

「俺たちもできる限りサポートはするつもりだ。ただ、俺は市内班を指揮するが」

「え、ナツメさん本拠地襲撃班じゃないんですか?」


 海堂すら聞いていない話だったらしい。

 彼は慌てふためきながら机に両手をついて夏目に訴えかける。


「だとしたら、収容所グループの指揮は誰が取るんですか」

「レオ、お前に頼んだ」

「俺が出来るわけないでしょ! 頭も悪いし、能力だって戦闘向けじゃない!」

「大丈夫だ。段取りは後で伝える。お前はその通りにやってくれればいい。人質解放までやってくれれば、後はケーイチが引き継いでくれるだろうよ」

「でも、マスターは何も知らないんですよ? それにマスターが戦力にならなかったらどうするんですか!」

「三川さんも落ち着いてくれ。君たちは収容所グループの方が大変だと思っているかもしれないが、それは違うぞ」


 夏目はぴしりと言い放った。


「たしかに、警察側が抱えているアブノーマルは市内の拠点にはほとんどいない。だが、ノーマルとアブノーマルとの間にそれほど大きな違いがあるとでも思っているのか? 警察は銃だって持っているし、いざとなれば軍人が出動してくるかもしれない。俺たちなんか銃弾一発打ち込まれればそれでお終いだ。ちょっと便利な能力があるからって神にでもなったつもりか? くそっ。俺だってもっと時間が欲しいよ。作戦的にかつかつなのはこっちの方――」


 まくし立てる夏目。それに対して、徐々に垂れていく海堂と奈都美の頭。

 夏目は、はっと気付いてため息をつく。そして、首を振って自分の頬に平手を入れる。なぜ彼はそんなことをしたのだろう。


「すまん。ちょっと熱くなりすぎた。疲れているのかもしれん。レオには後から作戦を伝える。長くなるかもしれんが、辛抱してくれ」

「……分かりました」

「江洲くんと三川さんは俺の家に泊まってもらう。ころころと寝床が変わってゆっくり休めないかもしれないが我慢してくれ。家まで案内しよう。すぐ近くだ」


 先陣を切って歩く夏目の背中は小さく見えた。本当に疲れているのだろう。とぼとぼと歩くその姿はまるで老人であった。

 廃工場から時間にして十分。

 夏目の家にたどり着いた僕たちは二階の空き部屋に通され、そこで腰を下ろしていた。夏目と海堂は一階で作戦会議をしている。

 部屋の中は静寂に包まれていた。

 疲れているというのもあったが、何を話せばいいのか分からなかった。それは向こうも同じなのだろう。あまりに沢山のことが立て続けに起きたせいで、僕たちの脳はパンク寸前だったのかもしれない。


「これから、どうなるんだろ」


 奈都美は僕に向けたのかどうかも分からない、か細い声で呟く。


「どうなるんだろうね」


 まるで他人事かのように僕は返す。心ここにあらず、というのはまさに今の状況を言うのだろう。

 心と体が切り離されたような感覚。まるで体がふわふわと浮いているようだ。それでいて意識ははっきりとしている。


「マスターがいなくなっちゃって。私ももう二度とあそこに帰ることなんてできないし」


 奈都美は顔を両手で覆う。

 なぜ彼女は泣いている?

 そんなこと分かりきっている。平和だったあの頃にもう戻ることができないかもしれないから、泣いているんだ。悲しいに決まっている。

 僕は何を当たり前のことを。


「松葉さんがいなくなったわけじゃないよ。戻れる可能性だってある」

「もしマスターが帰ってきて、私たちレジスタンス側があそこを占拠できたとして。私たちが世間から存在を許されるまでに、どれだけ時間がかかると思う?」

「うーん。十年、いや二十年。もしかしたら、ずっと許されないのかも」

「なんでこんなことになっちゃったんだろう」

「アブノーマルになってしまったから、じゃない?」

「あなた――そんなに冷たい人だったっけ?」

「僕たち出会ってまだ二日しか経ってないけど」

「そうね。そうだったわね。ごめんなさい」


 彼女はそれっきり黙ってしまった。

 そういえば作戦はどうなったのだろう。僕が要になるのだとしたら、全体の内容を把握しておく必要があるように思われる。

 僕は部屋を出て暗い階段を降りる。一階の廊下奥のドアの隙間から光が漏れていた。

 声は聞こえてこない。

 一歩。また一歩。僕は忍び足でそこに近づいていく。どうして足音を殺して近寄っていったのかは僕にも分からない。

 そして少しずつ。ボリュームのつまみを誰かが回しているかのように、声のトーンが連続的に大きくなっていく。

 声が聞こえてきた。


「――上手くコントロールできるかどうか」

「少し不安要素はあるが、まだ大丈夫なはずだ」


 ドアは目の前だ。僕はノックをして取っ手を回す。

 夏目は僕を見て少し驚いたように目を開いたが、その表情は微笑みへとすぐに変化した。


「江洲くんか。どうした。落ち着かないか?」

「いえ。僕も作戦聞いておいたほうが良いかなと思って。一応、作戦の要なんでしょう?」


 夏目と海堂は顔を見合わせる。


「いや、その必要はない。要だからこそ休んでくれ。明日に疲労を持ち越してほしくない」

「でも――」

「薫くん。ナツメさんがこう言っているんだ。休んだほうがいい」


 海堂が振り返って僕に言った。

 そうだ。作戦指揮をしている夏目がそう言っているなら、休んだほうがいいだろう。

 僕は回れ右をして部屋を出る。

 今日はゆっくり休んで、明日に備えよう。

 部屋に戻ると、奈都美はすやすやと眠っていた。ふすまから布団を出して敷いてくれたようだ。僕の分まで整えてくれている。

 僕は電気を消して自分の布団に潜り込んだ。眠くなかったはずなのに、目を閉じると睡魔はすぐにやってきた。

 おやすみ。また、明日。

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