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第九話 隠し事

 ジェンシーは魔法釜の様子を確認したり、周囲を見ていって必要なものを用意していく。

 その目は真剣そのものだった。


「マジックストックに魔法はチャージできるのか?」


 まだ、先ほどの魔法が残っているだろう。そんな俺の疑問は否定される。


「私のは三つまで確保できるからその心配はない」


 マジックストックは、機種ごとに効果が違うという話を聞かされたことがある。

 たくさんストックができたり、魔法の威力をあげたり俺はよう知らないが。


「それでは……魔法を作ってみるぞ」

「おっけい。俺は何をしてればいいんだ?」

「たぶん、失敗するから、問題点がないかどうか見ていてくれないか?」

「あんま悲観的になるなよな?」


 俺はそれだけを伝えて、一歩距離をあけてジェンシーを観察する。

 五時間目と同じような工程で魔法を作っていくジェンシー。


「どうだ?」

「……ダメだ」


 マジックストックを取り出したジェンシーだが、そこに魔法は追加されていない。

 俺は釜を観察して、顎に手を当てる。

 この現場に問題があるとすれば、釜くらいだろうか。後は、先ほどよりも魔力土を多く投入していることもあるかもしれない。

 だが、威力のある魔法となれば魔力土はなるべく多く入れなければならない。


「携帯魔法釜のほうが相性みたいなのが良いんじゃないか?」

「だが、携帯魔法釜では今入れた量の魔力土がギリギリなんだ」

「ちなみに、さっきの魔法はどのくらいの威力になる予定なんだ?」

「拳ほどの火の玉が三つほど放たれる魔法だ」

「なるほどね……」


 その魔法も俺にとっては十分脅威だ。が、ジェンシーはそれ以上の威力の魔法を作ろうとしている。つまり、ジーニはより強い魔法を放てる、のかもしれない。

 となれば、携帯魔法釜では無理だろう。


「まあ、焦らずに一つずつ作っていこうぜ」

「……おまえは、ジーニのパートナーになりたいのか?」

「あぁ? なんで?」

「いや……随分楽しそうだからな」

「そりゃあ、誰かに必要とされりゃあ嬉しいんじゃねぇか?」

「ふん、ならばジーニのパートナーにで――」

「いっても、俺はジェンシーのパートナーだろ? ジェンシーが落ち込んでたら、多少明るくしてジェンシーを元気付ける。そういうのが、パートナーの役目なんじゃねぇか?」


 しらねぇけど。

 俺は戦闘面で助けになれないとおもっているので、こういった場面で活躍しなければならないと思う。

 俺の言葉に、ジェンシーははっと目を開き、それから口元を緩める。


「そうだったな……少し投げやりになってしまった。その、ごめん」

「べつにいいって。ほら、次の魔法作ってみようぜ。とりあえず、魔力土の量を変えてみたらどうだ?」

「そう、だな。無理をしてはいけないな……」


 ジェンシーと数回魔法を検証していきながら、俺は周囲から情報を集めていく。

 耳をすませば、この教室程度のサイズならば俺に聞こえないものはない。

 ゆっくりと知識を蓄えていくが、あまりアテにならない。少なくとも、ジェンシーには彼らの常識があてはまらない。

 魔法の失敗は、本来魔力土に十分魔力を込められないことが原因だ。またはその逆で魔力を与えすぎる場合だ。

 だが、失敗しても、弱い魔法になるだけでマジックストックには登録されるようだ。

 ……となれば、ジェンシーの魔法はそもそも作られていないことになる。

 マジックストックに魔法が登録されていないのが何よりの証明だ。

 つまり……ジェンシーが失敗したときは、別の何かが作られているのだと思う。

 魔法釜から煙が出ているのだから、魔法釜に問題があるわけではないし、魔法が精製できていないわけでもないだろう。


「で、できたっ!」


 だいぶ威力は抑えられてしまったが、十回目の精製でようやく作ることができた。

 対戦用に作った魔法は、ジェンシーが考えていたファイアボール・トリプルだ。


「どうやら、ようやく出来たようね」


 机に体を預けてのん気に休んでいたジーニが体を起こす。

 ジーニが外へと出ていき、俺たちもその後に続く。

 ジェンシーが作った魔法は、恐らく彼女の過去最高の威力であろう。しかし、俺には不安でしかなかった。

 ジーニは実技の成績がいい。これはジェンシーが言っていたのもあるが、周りの話を盗み聞きしていればすぐにわかった。

 対するジェンシーは実技は最低らしい。これも同様の情報網で理解した。

 校庭の隅に出て、二人は三十メートルほど距離をあけて向き合う。多少のギャラリーこそいるが、対面する二人には関係ない。


「勝負は簡単よ。単純に魔法をぶつけ合って、敵の魔法を粉砕すれば勝ちよ」


 ジーニが声を張る。わかりやすい対決だ。

 ジェンシーはすでに魔法を放つために集中しているため、首を軽く動かす程度だ。

 俺はジェンシーのすぐそばで、戦いを見守る。

 ジーニはまだ眠気が残っているのか、あくびを手で隠しながらおざなりに片手を振る。


「おさきにどうぞ?」


 ジーニの挑発に乗るように、ジェンシーは口を開いた。


「ファイアボール・トリプル!」


 放たれたのは三つの火球。それぞれの大きさは拳ほどで、周囲からは笑いがもれる。

 ……その程度の、威力であるのだろう。俺は冷静に状況を判断していく。

 あまり、上手ではないがジェンシーはその魔法を操り、ジーニへと突撃する。

 ジーニは笑みを浮かべ、右腕を向けた。


「フレイムドラゴン」


 力ない短い一言からは想像もつかないほどに巨大な火が巻き起こる。

 膨れ上がった火はやがて、竜の姿となり、ジェンシーへと襲いかかる。

 竜の通行途中には火球があった。にもかかわらず、火の竜の動きを阻害できなかった。ジェンシーと火竜の間はじわじわとなくなっていく。

 避難しようとジェンシーへ顔を向けるが、彼女から届いたのは詠唱の言葉だった。


「ファイアボール・トリプル!」


 ジェンシーは無理やりに魔法をもう一度放った。

 それは川へと降る雨のように、すぐに火竜に飲み込まれる。だが俺は、それを見届けるよりもジェンシーの声が耳に残った。

 涙が混ざっているように感じたのだ。……無理もねぇよな。

 ジェンシーと一緒に魔法を作った俺には痛いほどその気持ちがわかった。

 虚しいだろう。

 ジーニは一度で魔法を作り、後はただ休んでいただけだ。

 ジェンシーは九回の失敗を重ね、ようやく初級の魔法を少し改良したものを作り上げただけだ。

 どれだけの努力をもってしても、ジェンシーの一回はジーニに届かない。

 だから、無謀にももう一度魔法を唱えたい気持ちはわかる。だが、そんな無謀では怪我をするだけだ。


「あぶねっ!」


 俺はジェンシーを押し倒すようにして、火竜から助ける。

 背中に僅かに熱を感じる。だが、不思議と痛みは感じない。

 俺はジェンシーに傷がつかないように、着地し、服についた汚れを払いながら立ち上がる。


「だ、大丈夫!? なんで、よけないの?」


 ジーニが慌てて駆けつけてくる。まさか、ギリギリまでジェンシーが避けないとは思っていなかったようだ。

 俺の背中を掠めただけという事実から予想するに、ジーニは咄嗟に魔法の向きを変えたようだ。

 回避することを加味しても危ないものであったが、子どものいたずらみたいなものだ。本人も本気で心配しているようなので、俺はぐっと親指を立てる。


「大丈夫だっての」


 子どもの喧嘩はちょっとやんちゃなくらいでいいんだから、あんまり気にするなよ、と目で訴える。

 ジーニの震えた指を見て、俺は軽く彼女の肩を叩いた。

 それにしても、制服が少し燃えただけで俺の体は無傷だった。ヒヤッとしたが、案外うまく体を動かしていたようだ。

 ジェンシーもようやく現実に戻ってきたようで、慌てて俺の背中をみた。目尻に涙が浮かんでいる。


「お、おまえ……結構完璧に燃えているように見えたが……本当に大丈夫なのか!?」

「いやいや、直撃してたら消し炭だっての」


 制服を掠めただけで、俺の体は無傷だ。つまり、避けられたのだろう。

 現場は静まりかえっていたが、すぐに心配する声が上がる。


「コールくん! すぐに保健室に向かってください!」


 クラスメートの誰かに叫ばれ、俺はぽりぽりと頬をかく。ぶっちゃけると、怪我をしたのは制服だけなので、あまり行きたくはないのだが……。

 心配する人たちもいるので、とりあえず行ってきたほうがいいかもしれない。

 専門の人に治療を受けたとなれば、彼らの動揺もなくなるだろう。


「私もついて行くわ」


 ジーニが申し出て、俺はジェンシーを見る。

 ジェンシーはすまなそうに目を伏せて、立ち上がる。


「……私は先生に事情を説明する」


 確かに、ジーニに任せるよりかはジェンシーのほうが正確に伝えられそうだ。

 駆けつけた先生へ歩いていくジェンシーの背中を見たあと、俺は保健室へと向かった。

 保険の先生は現在別の場所にいるそうだ。

 ジーニが簡単に手当てをすると、言ったので俺は二人きりでここにいた。


「ええと……やけどなんだから、冷やせばいいのよね? とりあえず、プールとか用意したいのだけれど……」


 そんな雑な手当てがあるのだろうか。

 俺は頬を引きつらせながら、無傷ということをアピールする。


「いや、俺は制服が焦げただけだからさ……あんまり気にするなって。手当ても必要ねぇよ」

「なら、わたしの制服を貸すわ」

「あの俺男なんすけど……」

「化粧とかすれば誤魔化せるものよ」

「誤魔化して何をするんだよ……。じゃなくて、とにかく、治療は必要ないから」


 俺がいうと、ジーニは恐る恐る俺の背中に手を伸ばす。

 触ってもいい? と目で訊ねられたので、俺はこくりと頷いた。


「本当に外傷がないのね」


 ジーニの冷えた指が俺のむき出しの肌に触れる。

 ゆっくりと撫でるような動きに、俺はくすぐったさを感じる。どうにもそこだけが敏感になっているようなそんな錯覚を味わう。


「もう、いいだろ?」


 さすがに変な気分になりそうなので、ジーニから体を離す。

 ジーニは顎に手を当てなにやら思案顔だ。


「どうした? 腹でも減ったか?」

「……魔法の、手応えを感じたのよ」

「感じちゃだめだろ」

「ええ、本当にごめんなさい。けど、確実にヒットしたのに、怪我がないの。おかしな話だと思わない?」

「いや、だから、当たってないんじゃないか?」

「私の気のせいだったのかしら……?」


 ジーニが考え込んでしまい俺も同様に悩む。

 ジーニがここまで言うなら本当にぶつかっているのだろう。しかし、俺に痛みがなかった。


「もしかして、俺に何か能力があるのかもしれないな!」


 実は俺が無意識のうちに魔法を使っているのかもしれない。

 ……魔力がないのに、そんなわけがあるか、と思ったが意外にもジーニは肯定的に頷いた。


「そうね。けど、力がわかるまでは無茶はしないようにね」

「……ていうか、おまえ俺を心配しすぎじゃないか? ジェンシーのパートナーってことで、お前にとっては敵みたいなもんじゃないのか?」

「心配するのは当然よ」

「え、なんで?」

「だって、一応パートナーよ?」


 ジーニはそういって、俺の頬にキスをしてきた。

 予想外の行動に俺は一瞬ほうけてしまう。


「はぁっ!? なに!? 今のなに!?」


 俺はジーニから距離を開けて頬を撫でる。まだ温かな感触が残っているような気がした。

 くるりと、ジーニはそれから俺に背を向けた。


「契約だけれど、体はどうかしら?」

「……え、えと……大丈夫なのか?」

「勇者との契約は、肉体が耐えられるなら何人と行っても問題ない、はずよ」

「おまえの知識だとアテにならないんだが! ていうか、まだジェンシーと契約してないんだぞっ?」


 もしも、これでジェンシーと契約が出来なかったら、そのときはあの家を追い出されるときだ。

 俺が慌てていると、ジーニもようやく事態のまずさに気づいたのか、間抜けな声を上げた。


「……そういえば、そうだったわね。まあ、もしものときは解除するわ。それでどう?」


 と、俺の左手に何かの魔法陣のようなものが浮き上がった。

 ……これは契約成功、ということでいいよだろうか。いや、契約できたらだめだろ。


「それじゃあ、これからよろしく頼むわよ」


 俺はジーニがさっさと保健室を出て行こうとしたので、顎に手を当てながら質問した。


「おまえって……もしかして結構男遊びとか好きなタイプか?」

「……なんでそんな話になったのかしら?」


 ジーニはこちらを向かないままで、話を続ける。


「いや、まあいいんだけどさ……」


 普通、いきなり男に頬とはいえキスはしないだろう。

 ジェンシーには……落ち着くまで黙っていよう。

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