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第八話 挑戦

 五時間目が終わり、俺は机にぐだっと倒れる。

 ジェンシーが魔法を作るところまでは楽しかったが、そこからは理論的なものになったため、まったくついていけなかった。

 専門的な言葉が飛び交い、別の国につれてこられ、無理やり授業を聞かされているような気分だ。変な単語が頭の中をぐるぐると駆けていき、目を回したときのような気持ち悪さだ。

 おまけに生徒の全員はふむふむ、そうか! とばかりに手元のノートにまとめやがるのだ。俺は眠らないようにするのが精一杯だった。


「次は魔法工房での実践授業だぞ、ほら立て」

「あー、わかってる」

「眠いなら、これをやろう」

「ガムか……? お菓子なんていいのか?」

「禁止はされていない。ほら」


 ジェンシーが指差した方向には、袋の菓子を先生の前で広げている生徒がいた。注意をされていないようなので、俺もありがたく受け取った。


「ありがとな」


 ジェンシーの香りがするガムは、かいでいるだけで幸せな気分になりそうだ。

 こんなことをしているのがばれたら、ジェンシーになんと思われるか。

 俺は急いで、ガムを口に運ぶ。

 辛い。舌がぴりぴりと焼けそうだ。俺の目尻に涙が浮かんでくる。


「目が覚めたな? ならば、行くぞ」

「つーか、俺も行っていいのか?」


 六時間目の授業は、魔法精製だ。今度こそ俺にはまったく関係のない分野だ。 

 五時間目のおかげで、一応魔法については知ることが出来た。

 他人から話を振られて、ようやく思い出せるぐらいだけど。魔法精製となれば、いよいよ俺のやることはなくなる。


「当たり前だ。私が使う魔法を知っておけば戦闘もしやすいだろう?」

「確かにな」

 

 それが今日でなければ駄目なのかと問われれば、首を捻るけど。

 ダンジョンに向かう前の日とかのほうが良いのではないだろうか。


「それにだ」

「うん?」


 ジェンシーの続きの言葉に、俺は顔をあげる。

 指をもじもじと、編み物でもするように動かし、ジェンシーは頬を赤らめながら伏し目がちに言う。


「先ほど、そのうまくいっただろ? また……一緒にいてくれれば精製できる気がしたのだ」


 げんかつぎみたいなものか。

 いるだけで、役目を果たせるならそんな楽な仕事はない。


「だ、駄目か?」

「いや、全然」


 ジェンシーはぱあっと目を輝かせる。可愛いなぁ。前世の妹とは似ても似つかない。

 ジェンシーの後についていくと、校舎と併設されている建物にたどりつく。剣術道場も近くにあるのか、木剣を持ったパートナー学科の生徒たちが水のみ場に集中している。

 あまり顔を合わせないようにしよう……。

 明日からはあそこに参加するのかと思うと、多少気が滅入る。ジョギングとかはしていたが、果たして学園の授業についていけるのだろうか。

 魔法工房には先ほど見た携帯魔法釜を一回り大きくしたものが、かなりの数あった。

 古いつくりの建物だが、その点を除けば家庭科室に見えなくもない。いやだな、こんな釜だらけの場所。

 クラスメートの多くはすでに席を陣取っている。

 特にクラスで分けられているわけではないようだ。


「あまり人がいないところに行くぞ」


 周りに色々言われながらでは、集中できないだろう。

 ジェンシーについていき、俺たちは右端の席を確保する。前にグループがいたため、一つあけたのだが、ジーニが座った。……またお前か。

 ふふんと、髪をかきあげ、つややかな唇は挑発するように緩められている。これ絶対関わってくるぞ。

 ジェンシーがあからさまに不機嫌になり、隣に座る俺は八つ当たりされないように小さくなっておく。

 やがて先生が来て、魔法精製が始まる。

 注意事項として、魔法を試す場合は外で行うことと、無理に魔法を作らないことなどが黒板に書かれる。先生の開始の合図とともに、生徒たちは談笑を楽しみながら魔力土を取りに行く。


「んじゃ、どうせこの後暇だし、俺が魔力土持ってくるよ」


 男子が多く。女子のジェンシーが割ってはいるのは大変だろう。

 魔力土は教室の隅に置かれているので、俺でも間違えることはない。


「あ、ありがとう」


 ということで、魔力土を回収する。ビーカーに移し変えて席に戻ろうとすると、男子生徒が顎をしゃくりあげるように笑う。


「君の勇者はそんなにいらないんじゃないか?」


 男子生徒の馬鹿にした物言いに合わせ、近くの男も笑う。

 つるむなっての。集団に囲まれてしまい、もう少し容姿が怖ければ財布を差し出してしまいたくなりそうだ。

 見たところそこそこいい家の貴族らしい。

 無視して変な噂を流されたら叶わないので適当に答えておこう。


「まーそうかもしれねぇな」


 男たちは意外そうに目を見開いた。

 そんなわかりやすい挑発に乗るかっての。

 俺が無視して歩いていこうとすると、男の一人が苛立った声をあげる。


「どうやってジェンシーさんに近づいた?」


 ……こいつの狙いは、ジェンシーじゃなくて俺か。

 胸のバッジを見てみる限り誰かのパートナーのようだ。

 やはりジェンシーは人気者だ。そりゃあ、マスコット的な可愛さ、おまけに有名な貴族なのだから、引く手数多だろうな。

 ジェンシーのパートナーである俺は完全に邪魔者。

 パートナー……特に男子に人気があるようだな、ジェンシーは。こういったところで、女性勇者たちにも嫌われてしまうのかもしれない。

 俺が女子として生まれていたとしよう。もしも、自分の好きな男子がジェンシーに夢中であったら、怒り心頭だ。なんであの女のよっ、きーっ! ってな。

 本当に、大変な奴のパートナーになっちまったな、俺。どこか他人事のように俺は流している。

 こういう時は、他人事のような気持ちで受け止めるのが一番だ。振る舞いまで他人事にすると、相手がいらつくからそこは注意が必要だけども。


「どうやってって……たまたま困ってるところを助けただけだっての」

「……はっ。どうせ、わざと狙っていたんだろう?」


 狙っていたのは、ジェンシーではなく彼女の鞄だ。

 返答に困るな……。彼らに同調して、ここはそうだ、と答えるべきだろうか。

 偶然だ、といえば彼らの反感を買うだろう。

 努力する人間にとって、運や偶然というものは一番嫌われる言葉だと思う。

 俺が黙っていると男はいらついたように笑う。


「何が目的だ、平民。金か? 女か?」

「……しいていうなら、金、かな?」

「なら、俺が用意してやる。一生養ってやるから、俺をジェンシーさんに推薦しろっ」

 

 胸倉をつかまれ、内心ビクビクしていたが俺はやる気のない目で見返す。

 彼が純粋にジェンシーのことを思っているのなら、俺はもちろん譲っている。

 俺だってそんなたいそうな人間ではないが、彼の目を見ていれば、あまり良くない劣情を持っているのは明白だ。


「んなのっ、譲るつもりはねぇっての」


 生活がかかっているのだ。第一、こいつらの目は勇者を見るそれじゃあない。あわよくば、ワンタッチしてやるとばかりの野獣の目だ。


「あんな可愛い子をおまえたちに渡したらどうなるかわからねぇっての。一体、何回ジェンシーで妄想したんだよ」

 

 俺の言葉に、数人が狼狽えた。その中の一人が、こっそりと左手で数えている。あ、指が足りなくなって諦めやがった、エロエロが。

 俺はロリコンではない。ジェンシーに対して持つ感情は、愛玩動物を見るそれに近い。

 または命の恩人だ。恋愛感情なんてものは微塵もない。本当に拾ってくれてありがとうございます。

 こういうと、俺がペットだな。ペットといえば、自宅にいるドラゴンは元気だろうか。俺にはまったく懐かずに、よく噛まれたっけな……。あまがみと家族は言っていたが、出血するほどでは全然甘くないだろう。

 

「なっ、なななっ」


 槍玉にあげられていたジェンシーが壊れたラジオのように、同じ言葉を続ける。いつの間にこっちに近づいていたんだよ。

 ……ジェンシーにまた迷惑かけたな。多少強引でも、ここは自然にやりとおそう。


「じゃあな、ジョンっ! また色々教えてくれよ!」

「誰がジョンだ!」


 俺は男に軽く手をあげて、軽く笑ってジェンシーのほうへといく。

 俺がいじめられているなんてことを知ったら、優しいジェンシーにいらぬ心労を与えてしまうだろう。

 さすがにジェンシーの前では悪口を飲み込んだようだ。ジェンシーに嫌われれば、もうパートナーとして選ばれる可能性はゼロになるからな。

 今の状況でも、俺を暗殺でもすればまだまだ可能性がある。やれるものならやってみろっての。俺はジェンシーから離れないからな。


「さ、さっきのかわ、かわ……可愛い子、というのはなんだ?」

「え、おまえのことだぞ」

「ぬぅっ!?」


 ジェンシーは顔を真っ赤にして、両手を振り乱している。

 褒められるのに慣れていないのだろうか? 見ていて心が温まるなぁ。

 俺は魔力土をビーカーに入れて、ジェンシーの隣に座り直す。

 

「ほら、今度はどんな魔法をつくるんだ?」

「あらららー、あなたまた魔法を作るのかしら? 一体何を作るのかしらね? そもそもあなたが作り上げるものは魔法と呼べるのかしらね?」


 俺が戻ってくるのにあわせ、後ろに振り返ったジーニがジェンシーを罵倒する。

 ジェンシーは頬を引きつらせたが、ぷいと顔をそらした。


「あらあら、とうとう無視をしたわね。さて、そこのコール。あなたにこの荷物を持つことを許可するわ」

「……ええと、俺はパシリとかじゃないんで」

「いいじゃない別に。ほら、そっち持ちなさい」


 ジーニが俺に釜の蓋を渡そうとするが、ジェンシーがそれを遮る。


「どんな魔法か……ふーふーっ!」


 ジェンシーは奇妙に笑って、釜の蓋をテーブルに置く。

 ちょっぴり強い威力に、釜の蓋を心配するがヒビは入っていないようだ。


「目の前の馬鹿を焼き尽くす奴だ!」


 ジェンシーが今にも飛びつこうとしたので、俺は慌てて止める。止めなければこのまま、殴り合いの喧嘩に発展しているだろう。

 ジェンシーの腕を紙一重で回避しながら、ジーニは余裕げに微笑んだ。


「随分と怒っているのね。私はあなたの情けない様を指摘しただけよ、落ちこぼれさん」

「黙れ! だいたい、貴様の筆記試験は最低値だろう!」

「あなたの実技もね」

「つまり、ジーニとジェンシーが合体すれば最強ってことか?」

「気持ちの悪いことを言うなぁ!」

「ぞくぞくしたわね……っ」


 ジェンシーとジーニは仲良く身を抱きしめるように体を震え上がらせている。

 ……仲良しだな、こいつら。

 それに、俺は自身の考えに大きな欠陥を見つけてしまった。

 もしも二人の悪いところしか出なかったら、最悪だな、と。

 二人はしばらく震えていたがやがて顔を見合わせて組み合う。

 体格差でややジェンシーが不利な様子だ。


「さっき作った魔法もあんなのならマッチでも持って来たほうがいいじゃない。わざわざつくるものではないわ」


 ごもっともな意見だ。


「お前だって魔法を何も理解していない行き当たりばったりの魔法精製ではいつか大きなミスをするぞ!」


 そういえば、ジーニは先ほど夢の世界に旅立っていたな。

 さすがに優雅な顔を少し引きつらせるジーニ。よく見ると、口の周りがひかっている。寝ながら涎をたらしたようだ。


「理論なんてどうでもいいわ。目の前に現象として起こせるならそれが一番の力よ。理論ばかりで実際に何も出来なければそれって意味ないでしょう?」


 なるほど。

 野球で例えるなら、投手が投げる変化球を完全に読むが、バットに当てる能力がないジェンシー。

 ジーニはそんなものを考えなくてもホームランを打ててしまうのだ。

 どちらも一長一短だろう。前者はベンチにいれば最強だ。いわゆる後方支援。

 後者は人目につく場所で活躍できる。多くのものが評価するのは、後者だ。目立つからな。

 二人は正反対の力を所持している。

 だからこそ、喧嘩が起こるのだろう。こりゃ、俺が止めねぇとだ。


「だったら、実技でも私が優れていることを、今ここで証明してやる!」


 何をおっぱじめる気だ。ジェンシーを落ち着かせようとした俺だが、ジーニが闇雲に伸ばした腕に殴られる。

 俺なんて眼中にない。楽しそうだ。


「何をするのかしら?」

「魔法を作って見せあい、誰かに評価してもらう!」


 誰が評価するんだよ。周囲見てみろよ。

 生徒たちがひそひそと何かを言い合っている。耳をすませば聞こえそうだ。


「また、あの二人がやってるぞ」

「本当に飽きないな。まあ、こっちに迷惑かけないならいいけどよ」


 いつもこんなことしているのか。仲良しめ。それにこれから迷惑かけそうだぞ。


「私、ジーニさんの魔法みてみたい」

「あ、私も!」


 好評なのな、意外だ。

 教室全体に聞き耳を立てていると、誰もジェンシーのことを言っていない。これでは、評価を受けるジェンシーの負けがほぼ確定していないだろうか。

 ……もはや小声が重なり、普通に聞こえる。ジェンシーは苛立ったように腕を組んだ。


「ふんっ! ジーニ! 今から三十分で一つの魔法を作って勝負だ!」

「分かりやすく、威力の勝負にするのはどうかしら?」

「そうだな、それでいいかもしれないな!」


 ジーニは勝気に口元を緩める。それから、ちらと俺のほうを見る。


「コール、あなたは参加してはならないわよ」

「いや、俺はもともと魔法は使えないんだが……」

「そうだっ! コールは私のパートナーなのだから、私の力の一部だ!」


 ジーニがいまだ俺を見続けるので、俺は代わりにジェンシーを見る。

 俺と目がしばらく合うと、やがてもじもじと身を揺らして前髪の先をいじりながらそっぽを向いた。

 ……なんだこのやり取り。


「なら、いいことを思いついたわ。どうせ勝負するのだから、何か賭けるというのはどうかしら?」

「賭ける? 何をだ」


 今のジェンシーは興奮状態だ。変なものを賭けないように、俺がしっかり話を聞いておかなければ。


「あなたのパートナーよ」

「なぬぅっ!? 人身売買は嫌いだ!」

「バイバイ? さようならなんてしないわよ」

「馬鹿か! 売り買いの話だ!」

「だったら初めからそういいなさいよ」

「まさか、貴様がここまで馬鹿だとは思っていなかったのだ!」

「いいから、早く賭けなさいよ」


 ジェンシーはむすっと腕を組む。


「賭けるとは、つまりパートナーを譲れと言っておるのか?」

「そこまでは言わないわ。私も申し込みが多くて困っているから、風除けにしたいのよ」


 風除けなんて言葉良く知っていたな。

 俺はジーニを完全に馬鹿にしながら、二人の話が落ち着くのを待つ。

 途中で口を挟んでもまったく受け入れてもらえる気配が見えないのだ。


「へぇ、ジーニもパートナーいないんだな?」

「……あまり突っ込んだ話はよせ」


 どこかジェンシーの顔つきは厳しいものとなる。

 あまりしてはいけない質問だったのかもしれない。理由はさっぱりだが。


「別にあなたに気遣われるつもりはないわ。ええ、そうよ。私はパートナーがいないの。だから、仮にでいいから登録をお願いできないかしら?」

「……いや、そのくらいなら別にいいけどさ、二人のパートナーって出来るのか?」

「ええ、勇者同士で納得すれば問題ないわ」


 つまり、その納得についてが賭けの対象か。

 

「そんなもの賭けたって意味などない」

「あら、あなた負けるから賭けはしたくないってことね。情けないわね」

「なんだと!?」


 ジェンシーはわかりやすく挑発に乗ってしまう。

 まあ、賭けの対象が権利だけならば別にいいんだがな。


「私が貴様に負けると……? ふざけるなっ」

「ふざけてなどいないわ。だって、成績が証明していますものね」

「……いいだろう。勝負だっ!」


 ジェンシーが指をつきつけると、ジーニは嬉しそうに唇を歪めた。


「それでは、今から三十分後よ。精々頑張って見せなさい」


 ジーニはそういって、魔力土をとりにいく。

 ジェンシーはふんと席につき、俺も隣に腰掛ける。


「勝てるのか?」


 ジェンシーはうっと表情を固める。それから、ぽりぽりと情けなく頬をかく。


「……薬をもれれば」


 命がかかった真剣勝負ならば、そのくらいやってもいいと思うが、今回に限ってはいけないだろう。

 さてさて、どうなるのだろうな。

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