獣は声も上げずに世を去る
ゼブラスが狙撃声で一同に作戦の内容を伝えた。
エレナのお墨付きである事を言っておくのも忘れない。
こう言えばエレナの才能を知っている彼らなら協力してくれる事は分かっている。
一番に動いたのはこの作戦の発案者でもあるゼブラスだった。
「白視」
グリフォンの目の前ピンポイントで白い光が発せられる。
グリフォンの視力は一時的だが、無くなった。
グリフォンが混乱して叫びながら暴れている間もゼブラスの魔法は続く。
雷の矢が、氷の刃が、炎の球体グリフォンの背中を襲う。
何も見えず、敵からの攻撃を受けているのを知ったグリフォンは憤慨し、所構わず周囲に青い炎を吐き散らす。
ある炎は衛兵や怪物の死体を焼き、ある炎は観客席に焦げ目を付け、そしてある炎はゼブラスの目の前まで迫っていた。
だが、ゼブラスはさして焦る様子も見せずに土壁で炎を防ぐ。
そして、ゼブラスは土壁の壁から少し長めの呪文の詠唱を始める。
その間にエレナはもう一度ヤタガラスの召喚するだけの大きさの魔方陣を描き始め、ネイクはこっそりとグリフォンの顔のすぐ下まで移動していた。
「やああっ!!」
ネイクのサーベルがグリフォンの喉に深々と突き刺さる。
喉にサーベルが刺さった事によりグリフォンの火炎放射は止んだ。
グリフォンはただ仰天した顔で炎の出ない口をパクパク開閉していた。
ネイクはサーベルを喉に刺したまま傷口を右に広げる。
グリフォンの真っ赤な血が辺りに飛び散る。
目にも止まらぬ速さでサーベルを今度は左に。
更に血の海は広がった。
グリフォンはネイクの大体の位置に見当をつけ、そこに前足を突き出す。
ネイクは前足をかわし、サーベルを抜き、エレナの元へ戻った。
エレナが魔方陣を描き終えるのとゼブラスの呪文の詠唱が終わるのはほぼ同時だった。
エレナの召喚したヤタガラスが吠える。
ゼブラスが呪文の詠唱の終了の意味を示す行動、魔法の名を告げた。
「水方体」
何の前触れもなく、グリフォンの周囲の空間に水が出来た。
それはグリフォンの全身をすっぽりと包みこんでしまう程の体積を持った水だった。
水で出来た虫籠に入れられているグリフォンはもはや人々から畏怖される怪物ではなく、檻の中にいる人々の娯楽、見世物と化していた。
グリフォンは飛び立とうとその羽を広げる。
だが、グリフォンの体はもう二度と大空を飛ばない。
グリフォンの前後の両足にこびり付いた血はまるで鉄か何かにでも変わったかのように固く地面に溶接されていた。
グリフォンの目が見えていれば地面に出来た血の海を自らの前後の両足ごと溶接する直久の姿が容易に確認できただろう。
それだけでなく、馬鹿にした様な笑みをこちらに浮かべる直久の顔も。
水で出来た直方体に閉じ込められ、身動きできないグリフォンに出来る事はもあや力の限り暴れて血の溶接を剥がす事だけだった。
しかし、その最後の手段ですらゼブラスは既に見透かしていた。
先程エレナ達を乗せて飛行していたヤタガラスよりも一回り大きいヤタガラスが両足でグリフォンの体を空中から抑え付けている。
グリフォンの出来る事はもう死を待つ事だけだった。
「いやはやお見事。
僕の召喚獣の中で2番目に強いグリフォンを仕留めるなんて」
ライアックが拍手をしながらこちらに歩み寄ってきた。
すぐにネイクと直久は前に出、ゼブラスとエレナは後ろに下がった。
しばらくお互い硬直状態を保っていたが、ライアックが再び口を開いた。
「鉄血の能力は他の生物の血でにも適用されるとは知らなかったな」
ライアックはそれだけ言ってまた黙り込んだ。
エレナが静かに尋ねる。
「狂助さんは?
・・・・・・あの人は死なないはずですよ」
「うん。死んではいない」
ライアックはエレナ達にさりげなく示唆を与えた。
エレナ達はそれを見た。
それはさながら十字架に磔にされたかのキリストの様であった。
もっともエレナ達はキリストの存在など知らなかったが、それは何か神格化されたような光景であることは理解できた。
キリストと違う点を強いて挙げるならば十字架でなく地面に磔にされている事、四肢だけに終わらず喉まで留められている事、そして磔にされているのは聖人なんかじゃなく唯の悪人という事であった。
狂助はこちらを一瞥し、何か言ったがその言葉は空気を伝って人々の耳に届くことはなかった。
ただ口が動いただけだった。
「面白いだろ?
切っても切っても死なないなら地面に磔にするのが一番かな、と思って」
ライアックは誇らしげに言い放った。
ジルは死体の山に時折、視線を送りながら走っていた。
エレナの書いた地図はかなり正確で、ジルはここまで一度も迷わずに来れた。
彼女の地図通りならもう一度曲がり角を曲がったところに鉄製の扉があるらしい。
果たしてそこには憮然とした姿で扉はあった。
ジルはそおっと左腕を見る。
まだ違和感はあるものの、寄生虫が蠢いている様子はない。
ジルは胸をなでおろし、鍵穴に鍵を差し込み、回す。
ジルは職業柄鍵が開くかちっという音が好きだった。
思わず彼女は胸が高鳴るのを感じた。
「ケケケケ・・・・・・そこに賞金があるのか」
ジルは振り返り、両手にナイフを持ち、臨戦態勢を整える。
そこには全身黒のタイツで覆われている男がいた。
男はゴーグルの様な物をかけている。
そのゴーグルにはガードのエンブレムが印されている。
しかし、彼の口からだらしなく出ている長い舌や彼の細すぎるくらいの体型を見るとどうしても悪と戦うガードには見えない。
ジルは一つの結論に達し、男に問う。
「もしかして目撃者?」
「大当たりだよ、お嬢ちゃん」
男は再び気色の悪い「ケケケケ」という声で笑った。
目撃者。
ガード内で主に偵察や密偵のような仕事をする者達のことである。
彼らはまるで影のように行動し、対象者を執拗に監視し、追跡し、その様子を本部に報告する。
ガード内での地位は低いが、重要な役回りである事は確かである。
「もう目撃者が付いてたなんてね。
あんな酔っ払い軍団をやっつけただけの集団を監視しても意味なんてないよ。
それとも案外、ガードってのは臆病者の集まり?」
「勘違いしているようだな。お嬢ちゃん、俺は君が片桐狂助と合流する前から彼らに引っ付いていたぜ。
奴らが召喚師育成学校で一悶着あったのを偶然見つけたのが始まりだった。
俺はガード本部には内密であいつらを監視し始めた!
まあ、レイヴンさんには聞かれた事は全て答えたがな。他に詮索する奴なんていなかった。
そうやって監視を続けていたら随分と悪名高いお嬢ちゃんまで見つけた!
ジル・ネイロンに片桐狂助・・・・・・この大物2人の情報を売れば俺、イワン・ブラックの株は急上昇だ!!」
「よく回る舌ね。
狂助の情報は好きなだけ漏らして良いけどあたしの情報は駄目。
って言っても聞く訳ないか。
舌引っこ抜いた方が速そう」
ジルはそう言ってじりじりとイワンに詰め寄る。
イワンはため息をつき、自分も臨戦態勢に入った。
「別にお嬢ちゃんと戦ってもあまり意味は無いんだがな」
イワンは言い終えて少し思案した後、嬉しそうに先程の言葉を撤回した。
「いや、お嬢ちゃんを痛めつけて体で遊ぶだけでも十分楽しそうだな!!」
「あんたみたいなおっさんに?誰が?
まあ、あたしを痛めつけられるまでの実力があるなら別だけど。
悪いけど手加減は出来ないよ」




