ジルの勘違い
グリフォン。
大きな鷲のような翼と上半身を持つが、下半身はライオンに似た生物。
グリフォンはエレナを自分の食料と判断し、その鋭い嘴でエレナを啄みに来た。
突然のことでエレナは動けずにいた。
グリフォンの嘴がエレナの肉を捕える寸前。
「氷塊」
が、グリフォンの口内に大きな氷が発生し、グリフォンは途中で動きを止めた。
その隙に直久がエレナを抱きかかえてその場を離れた。
グリフォンはしばし戸惑っていたものの何と氷を噛み砕いた。
辺りに氷の欠片が散らばる。
それはさしずめ小さな子供が食べ散らかしたかの様だった。
グリフォンは氷を食べ終えると獣特有の声で叫んだ。
耳を塞ぎながらゼブラスはエレナに視線を向けた。
「ぼさっとするな」
ゼブラスの目がエレナにそう告げていた。
エレナは心の中でそっと反省し、すぐに状況を把握しに行った。
まずは狂助とライアックの位置の確認。
彼らは思いのほか近くにいた。
だが、狂助の元へと向かうとなるとやはり怒り狂ったグリフォンとの戦闘は避けられない。
グリフォンはエレナの視線に呼応するかのようにまた一声短く鳴いた。
その姿を見て、エレナは身震いした。
だが、かといって直久に抱きかかえられている場合でもない。
「直久さん」
「ああ・・・・・・大丈夫なのか?」
「ええ」
直久は優しくエレナを地面に下ろした。
直久は視線を逸らしながらエレナに恥ずかしそうに言う。
「すまなかったな・・・・・・抱きかかえたりして」
「私は気にしてませんから大丈夫です。
それにあれは私のミスですので貴方が謝る必要はありませんよ」
真顔でそう言い切るエレナを見て直久は苦笑した。
エレナはまず散り散りになっていた一同を一か所に集めた。
グリフォンは怒り狂い混乱しているのでまだ攻撃してくる素振りを見せてこない。
エレナは自分から指揮を執るのが好きではなかった。
だが、その才能はあった。
自覚するほどに。
ただしグリフォンが思っていたよりも早くこちらに走ってきたので俄然口調は早口になった。
「ネイクさんと直久さんはグリフォンを迎撃してください。ただし深追いは避ける事。
ゼブラスさんは後方からの魔法による援護射撃。ただしネイクさんと直久さんを巻き込まないようにあまり広範囲を攻撃する魔法は避ける事」
すぐにゼブラス達は各々の仕事へと動き出した。
そして、ジルとエレナだけが残った。
ジルが困惑したような顔つきで口を開く。
「えっと・・・・・・あたしは?」
「あ、ジルさんはここで待機です」
ジルは不満を露骨にアピールしてエレナに掴みかかった。
「何であたしが待機なの?」
エレナは振りほどこうともがくが、ジルの魔の手からは逃れられない。
2人の体格はさほど変わらない。
それだと言うのに、ジルの手を振りほどけないのは場数の違いだろう。
ジル自身もそう思っていた。
エレナはついこの前まで召喚術を学ぶ学生だった。
それに対してジルはエレナが召喚術を学ぶ4年も前から盗賊の下っ端として生きてきた。
ジルの方が遥かに苦労してきたのだ。
経験の差は当然歴然である。
ジルは見下すようにエレナに微笑みかけた。
エレナは必死に懇願する。
「離してください!」
ジルはその言葉でスイッチが入ったかのように一気にまくし立てた。
「嫌。大体何であんたが仕切ってんの?むかつく。
言っておくけどあたしはもうあんたらと手を切ってもいいのよ?というよりもう切るわ。
あーあ。
金も手に入らないし、本当に骨折り損のくたびれもうけね」
ジルはエレナを突き放した。
エレナは地面に倒れこんだが、ジルは彼女に手を差し伸べようともせずに背を向けた。
しかし、エレナは微塵も慌てずいけしゃあしゃあとジルに話しかけた。
「もしかして貴方、自分が私たちに信じられている・・・・・・仲間みたいなものだとでも思ってたんですか?」
ジルの拳がエレナの頬を抉った。
エレナは血を吐き、その場に再び倒れこんだ。
しかし、いとも簡単に彼女は起き上がってきた。
「女の子がグーで人を殴るなんて感心しませんよ」
そんな軽口まで叩いた。
「うるさい・・・・・・あたしは・・・・・・」
ジルは核心を突かれたからか狼狽と怒りに満ち溢れていた。
ここで下手な事を言えばジルは自分を殺すだろうという事はエレナにも分かっていた。
つまり、ジルは賞金なんて本当は二の次で一人になりたくなかったのだろう。
彼女みたいなひにくれた考えを持つ者は核心を突かれるのをひどく嫌う。
彼女は恐らく自分たちの力になりたいと思っているのだろう。
しかし、その為だけに働くという事を知られるのが嫌なのだ。
そこでエレナは言い訳を作ってやることにした。
「まあ、ここで帰るならお金は私たちで山分けですね。仕方ないから」
ジルは目を丸くした。
彼女の表情を読みながらエレナは言葉を続ける。
「今のこの状況を見てください。観客、運営委員の殆どが逃げたか死んだかです。
今なら誰にも目撃されずにどこかに隠されている賞金を探し出すことも不可能ではありません。
しかも金が無くなってもあの悪魔の所為にする事が出来るというオプション付きです」
ジルは考え込んでいるような表情を見せた。
その瞳には疑惑の色が浮かんでいたが、エレナには既に分かっていた。
ジルが協力してくれることが確定しているのが。
しかし、まだ分からない。
エレナの計画に彼女が乗るかどうかが。
そればかりはエレナにも予測できなかった。
ジルは慎重にエレナに質問した。
「隠し場所は・・・・・・分かってるの?」
「地図は既に私が持ってます。
あと、あそこで死んでいるお爺さんの服の内ポケット、或いは下着を探ってみてください。
鍵が出てくるはずです」
「いつそんな情報を?」
「何も考えずにお金が手に入るかどうかも分からないような博打を打つ訳ないじゃないですか。
まあ、最初は誰も傷つけずに賞金を奪い取る計画を考えていたのですが、それも無駄になっちゃいましたね。
あと、情報収集の労力も」
「あたしに泥棒をして来いって言うの?」
その質問にエレナはくすくすと笑った。
「今更何言ってるんですか?貴方の生計を立ててきた仕事は何でしたっけ?」
「それは別に良いの。
ただ・・・・・・もしあたしがその金を持ち逃げしようと」
そこまで言いかけてジルは口を閉じた。
エレナはすっとジルの左腕を指差していたからだ。
「左腕・・・・・・違和感ありませんか?」
ジルは慌てて自分の左腕を見やった。
目に見える異常はない。
でも、何かがおかしい。
「自動書記ってのは便利でして、魔方陣の形さえ覚えていれば他人の骨に書き込むことも出来るんですよ。
約120匹の寄生虫。
1時間以内に戻ってこなければそれを一斉に召喚します」
考えるだけでも恐ろしい事だった。
ジルは自分とさほど歳の変わらない少女がどうしてこんな事を平然とやってのけるか疑問に思った。
自分はこの平和ボケした少女よりも修羅場をくぐってきているという考えは勘違いだったのだ。
彼女は地獄どころかこの世の全ての嫌なものを見てきているのでは、と錯覚するほどだった。
エレナの声によってジルの思考はようやく途切れた。
「実行犯はジルさん、計画犯は私。
少々不本意ですが5:5で山分けしましょうか」
ジルに拒否権などあるわけなかった。
最初から自分の命をエレナに握られていたのだから。
走り去っていくジルを見送ると、エレナは柄にもなく独り言を呟きだした。
「本当は普通に私たちに協力したいのにそれを良しとはしない。
挙句の果てにこっちが脅迫までしないといけないなんて。
面倒くさそうな人がまた増えた・・・・・・」
エレナは自嘲気味に笑った。




