酒場の大乱闘
ゼブラスの怪我も治ったこともあり、片桐組一同は本来の目的である情報収集を行うため街へと繰り出した。
しかし、ゼブラスとネイクはもちろん狂助ですらその目的をすっかり忘れていた。
唯一その目的を覚えていたエレナはこの3人だけだったらどうなっていたか不安になった。
狂助がいつものように煙草を吸いながらエレナに尋ねた。
「で、情報収集ってのはどこで行うんだ?」
「そりゃ酒場ですよ」
「・・・・・・本当、この世界は期待を裏切らないよな。いや、でもお前ら未成年だろ?」
「はい。それが?」
「いや、それがじゃないだろ。酒は御法度じゃねえか」
「ああ、大丈夫ですよ。中界はその辺ユルユルですから」
「ユルユルなのかよ!?」
「はい。私も少し飲みますし、ネイクさんなんか1日瓶2本は飲みますよ」
「完全に酒豪じゃねえか・・・・・・ゼブラスは?」
「俺は下戸だ」
「勿体ねえ」
狂助はカラカラと笑い、ゼブラスの背中を強く叩いた。
ーーーセントラル・レイ酒場ーーー
店内には明らかにガラの悪い屈強な男たちが何人もいた。
まともなのは精々店主の男くらいのものだろうか。
狂助たちは自分たちへと注がれる視線を出来る限り避けるため、客の少ないカウンター席へと座った。
「いらっしゃい、ご注文は?」
「カルヴァドス」
「バーボン、ストレートで」
「じゃあ、モスコミュールを」
「牛乳・・・・・・」
店主は多種多様な質問に目を回した。
そもそもバーボンをこんな年端もいかない少女が、いや人間がストレートで飲めるのだろうか?
そして、その隣に座る少年は何故酒場で牛乳を頼む?
店主は様々な考えを巡らせながらも
「かしこまりました」
と、接客スマイルを見せる。
「で、こっからどうすんだ?」
狂助は何も知らずにここに来たようだ。
「私も知らん。それより私のバーボンはまだか?」
ネイクは苛立ちを見せ始める。
「注文してからまだ1分も経ってないぞ」
ため息交じりにゼブラスがそう言い放つ。
「とりあえず、店長さんに聞いてみましょうよ」
エレナの提案に狂助は賛成した。
狂助は自分たちに背を向けている店主に声をかける。
「すいません」
「はい?」
「えーっと・・・・・・完全逆喚について何か知りませんか?」
狂助が敬語を使うという事によって酒場の店主は一般人だと認定されたらしい。
「完全逆喚ってあの完全逆喚ですか?残念ながら私は・・・・・・他のお客様に聞いてみては?」
「分かりました。ありがとうございます」
狂助は話を終わらせると、背後を振り返る。
男たちは様々な話をしている。
女、賭博、ガード・・・・・・知らない単語もあったが大体このどれかである。
狂助は一番近くのテーブル席に座っていた2人組の男に声をかける。
「すいません、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「あ?」
狂助はよくよく考えればここにいる奴らに一般人などいるはずが無かったのでいつもの口調でも良かったな、と悔やんだ。
だが、今更口調を変えるのも妙だ。
「この中で完全逆喚について知ってる人は居ませんか?」
「完全逆喚か・・・・・・」
男はしばらく押し黙った後、店内全体に響くような大きな声で狂助の質問を復唱した。
だが、返ってきたのは静寂のみだった。
「と、言うわけだ」
「そうですか。いえ、ありがとうございました」
その場を去ろうとした狂助の腕を男が掴んだ。
男は先ほどまでの感情のない顔つきとは打って変わって下卑た笑顔を浮かべている。
「待てよ兄ちゃん。協力してやったんだからお礼が必要だろ」
辺りを見渡してみると他の男たちもニヤニヤと笑いながらこっちを見ている。
店主は既に全て察したのか、裏口から外へ出て行った。
狂助は男たちに笑い返すと口調を変えて言い放った。
「お礼か。病院の食事付きで良いならいくらでもくれてやるよ」
言い終わる前に狂助の拳がテーブル席に座っていた2人組の男の片割れの顔面を抉った。
後ろから聞こえてくる男たちの悲鳴や怒号、果ては椅子の倒れる音や軽快に肉が叩かれる音をBGMにしてネイク、ゼブラス、エレナはそれぞれが先ほど頼んだ飲み物を楽しんでいた。
彼らは店主が出て行ったのを見計らって奥にあった作りかけの酒類と牛乳をグラスに注いで、乱闘から出来る限り離れたカウンター席に避難していた。
「本当にあいつはよく面倒事に巻き込まれるな」
「トラブルメーカーという奴であろう」
「まあ大丈夫ですよ。死なないんですし」
3人は同時にグラスに口をつけ、ほっとため息をつく。
すると、喧嘩集団とは別の1人の少女がこちらへと向かってきた。
少女は見た目から察するに年齢は17、18くらいでこの推測が当たっていればエレナ達より3つ4つ年上である。
頭に黄緑色のバンダナを巻き、白のシャツの上にオレンジのベストのような物を羽織り、バンダナと似通った色合いの黄緑のミニスカートを穿いている。
バンダナの隙間から見える髪の色は茶色だ。
「いいの?あんたらのご主人様死んじゃうよ?」
どうやら少女は狂助を奴隷商人、エレナ達を奴隷と思っているらしい。
エレナ達はその問いには答えず、澄ました態度である。
少女は彼らの素っ気ない態度を気にも留めず、一番内側に座っていたゼブラスの隣に座る。
「ねえ、聞いてる?」
「聞いてるが答える気にはならないな」
「釣れないなあ。折角お姉さんがナンパしてるっていうのに」
そう言って少女は狂助のカルヴァドスに許可なく口を付ける。
そのまま一息で飲みきってしまった。
「ゼブラス、話に乗るな」
ネイクは焦って話に割り込む。
エレナも少し不安げな表情を見せ始めた。
その時、狂助が喧嘩集団の最後の1人を背負い投げ(やはり我流)で奥の棚へ投げた。
男の悲鳴はけたたましい音にかき消された。
棚の酒類が一斉に床に散乱する。
「ういー、疲れた。あっ、俺のカルヴァドスは?」
狂助は空になったグラスを見つめ、次にこの見た事もない少女に非難の眼差しを向ける。
狂助は少女が反応するよりも早く左手で少女の服の襟もとを掴んだ。
まるで猫を掴んでいるかのような絵である。
「あっ、離せこの変態奴隷商人!!」
「変態でもねーし奴隷商人でもない。こいつ誰だ?」
「知りませんよ」
「何だお前らの知り合いじゃねえのか」
「いいから離せよ、あたしはジル・ネイロン。こいつらとは縁もゆかりもない!」
「で、その縁もゆかりもないジルさんが何の用だ?」
狂助はパッと手を放す。
ジルは慌てて床に着地して、スカートの汚れを払った。
「あたしはそこの兄さんをスカウトしにきた」
ジルは人差し指の先端を狂助に向ける。
店内は静まり返った。




