007話:恋ヶ淵さんと作戦会議
「愛葉くん、さっきのメモ用紙、私にも見せてもらって良い?」
放課後になると同時に、隣の席に座る恋ヶ淵さんが声をかけてきた。
「ああ、うん。どうぞ」
俺は逢ヶ埼さんから受け継いだメモ用紙をズボンのポケットから取り出し、彼女に手渡す。
用紙へと素早く目を走らせた恋ヶ淵さんは、少し考えるような素振りを見せたあと、俺にそのリストを返してきた。
「なるほど……愛葉くんがなんで急に乗り気になったのか、理由が分かっちゃった」
少し呆れたように溜息を付く恋ヶ淵さん。彼女はリストにある相談者二人目の名前を見て、俺が恋ヶ淵さんの活動に興味を持った理由を察したのだろう。
一年B組、想川陽大。
メモ用紙にその名前があったら、関わらずにはいられない。だって、面白そうだもの。
「駄目だよ、愛葉くん。相談者はみんな真剣なんだから、こっちも真剣に話を聞いてあげるの。からかったりするのはバツだからね?」
そう言って、恋ヶ淵さんは両手の人差し指を交差させ、小さなバツ印を作った。
「分かってるよ。さすがに相談してる最中にからかったりはしないって」
まだ少し疑うような目を向けられる。まあ、昼休みに陽大の名前を見た瞬間、笑ってしまった俺が悪いのだろう。
「陽大とは中学からの付き合いだからさ。あいつがバカなことしてたら、ついつい弄りたくなるだけで」
「ちゃんと真面目に聞いてあげてね?」
「ああ。もしあいつに本気で好きな人がいて、本気で悩んでるなら……そこは普通に応援するよ」
「……そっか」
恋ヶ淵さんの表情が、柔らかくなった。どうやら、それなら問題ないと判断してくれたらしい。
もっとも、陽大が相談の最中にまた何かバカなことを言い出したら、その時はツッコミを入れたりからかったりせずにはいられないと思うけど。
「手伝ってもらうことになったから、先に私がどういう感じで相談に乗ってるのか説明しておこうかなって思うんだけど」
「そうだな。俺も何すればいいのか、まだ全然分かってないし」
「といっても、そんなに難しいことはしてないんだけどね。基本的には、相談してくれた人の話を聞くだけ」
「聞くだけ?」
「うん。こっちからこうした方がいいよとか、絶対こうするべき、みたいに決めつけることはしないようにしてるの。もちろん、意見を聞かれたら答えることもあるよ。でも、その時も私だったらこうするかなっていうくらい」
恋ヶ淵さんは少し考えるように視線を上へ向ける。
「だって、その人の恋でしょ? 私が代わりに恋をするわけじゃないし、私の言う通りに動いて失敗したとしても、その責任を取れるわけじゃないから」
なるほど。その考え方は、恋ヶ淵さんらしいなと思った。他人の恋に幸せを見出す彼女は、他人の恋についてもしっかり考えているらしい。
「まず話を聞くの。それで、その人が何を不安に思ってるのかとか、本当はどうしたいのかとか、一緒に考える」
「最終的にどうするかは、本人に任せるってことか」
「うん。そういうこと。私の意見を押し付けたりはしないよ」
「じゃあ、恋ヶ淵さんの活動って、相談に乗って終わり?」
「基本的にはね。でも、その後どうなったか聞かせてもらうことも多いかな」
「結果まで?」
「うん、結果を見届けるまでが活動範囲……だって、気になるし」
恋ヶ淵さんの瞳が、ほんの少しだけ輝いた。これは……相談者を心配しているというのもあるだろうけど、普通に恋の結末を知りたいという気持ちも混じっている気がする。
「そこまで含めて私の活動かな」
「なるほどね」
話を聞いてみれば、かなり納得できるやり方だった。悩んでいる時に、他人からああしろこうしろと言われるより、自分の話をきちんと聞いてもらえる方が安心できる人も多いだろう。少なくとも俺なら、そっちの方がありがたい。と言っても俺が恋をして誰かに相談することなんて、この先ないだろうけど。
「じゃあ、次は相談者の確認しよっか」
「ああ」
再び逢ヶ埼さんに託されたメモ用紙を開き、一番上に書かれている名前へ目を向ける。
「この人から?」
「うん。最初はその子」
「同じ学校じゃないんだな」
書かれいてる人の名前の横には、俺が通う高校とは別の学校名が記載されている。
「そうなの。今は別の高校に通ってるんだけど、中学の時は私と未萌と一緒だった子だよ」
「へえ。じゃあ昔からの知り合いなんだ」
「うん。何度か話したことはあるかな」
そこで、ふと疑問が浮かぶ。
「でも、別の高校に行ったのに、わざわざ恋ヶ淵さんに相談しに来るんだな」
「それは多分……ジンクスのことを知ってるからだと思う。私に恋愛相談すると恋が叶うっていう噂、中学の頃からあったんだよね」
「そんな前から?」
「私も最初は全然知らなかったんだけどね。いつの間にかそういう話になってて」
「それで高校でも広がったのか」
「未萌の知り合いとか、中学が一緒だった子とか、そこから少しずつ広まっていったんじゃないかな」
想川がどこからそのジンクスを聞いたのかはまだ分からないが、思っていた以上に歴史のある噂らしい。
「それで、この人とはいつ会うんだ?」
「中間考査が終わる翌週の日曜日。吉川美南駅近くにあるカフェで会う約束をしてるよ」
「日曜か」
「愛葉くん、大丈夫?」
「うん。特に予定ないし」
恋ヶ淵さんが安心したように笑うのを見ながら俺は手にしていたメモ用紙を折り畳み、ポケットへ戻した。
正直なところ、自分が他人の恋愛相談に関わることになるなんて、少し前まで想像すらしていなかった。それも、恋ヶ淵さんと一緒に。
「じゃあ、今日はこんなところかな。これからよろしくね、愛葉くん」
「……こちらこそ」
こうして俺は、恋バナが大好きな恋ヶ淵さんの活動を手伝うことになったのだった。




