006話:恋ヶ淵さんにまつわるジンクス
落ち着かない気持ちのまま午前の授業をすべて終え、ようやく昼休みとなった。
陽大でも誘って学食に行こうか。そう思って席を立ったところで、教室に入ってきた逢ヶ埼さんの姿が目に入った。
友人である恋ヶ淵さんと一緒に昼食でも食べるのだろう。そんなことを考えながら、恋ヶ淵さんの席へ向かう逢ヶ埼さんとすれ違おうとした、その時だった。突然、腕を掴まれた。
「……へ?」
まさか逢ヶ埼さんに腕を掴まれるとは微塵も思っていなかったので、驚いて変な声が出る。そんな俺のことを、逢ヶ埼さんは腕を掴んだままジロジロと眺めてきた。
普段はいかにも気怠そうな雰囲気を漂わせている彼女だが、今はその瞳から明らかに俺への興味が感じられる。
なぜそんな目で見られているのか分からず、困惑するしかない。
「どもー。B組の逢ヶ埼未萌でーす」
「あ、はい。どうも。A組の愛葉伊織です」
「自己紹介も済んだしー、ご飯行かない?」
「……すごく急なお誘いだな」
「えー、嫌なんー?」
「嫌じゃないけど、初めて会話して二秒で飯に誘われて驚いてる」
「細かいことはいいじゃんかー……君がどんな人か、ちょっと気になってるんだよねー」
「え? なんて?」
最後の方がよく聞き取れず聞き返すと、逢ヶ埼さんはニヤリと笑みを浮かべるだけだった。
「未萌……愛葉くんと何話してるの?」
腕を掴まれたまま話していると、恋ヶ淵さんがこちらへやってきて、不思議そうに俺たちを見比べた。
「真奈ー、愛葉くん捕まえたからご飯行こー」
「えーっと……愛葉くんも一緒にご飯行くの?」
「なんか、そうなったらしい」
「二人って、知り合いだったの?」
「いや、全く。さっき初めて話した」
「友情に時間は関係ないんだぜー。ほら、お腹減ったから早く行こー」
そのまま俺は、逢ヶ埼さんに引っ張られるようにして教室を後にすることとなった。そんな俺たちの様子を、恋ヶ淵さんは驚きと困惑の混じった顔で眺めながら付いてくるのだった。
◇ ◇ ◇
学食へ辿り着いた俺たちは、それぞれ注文を済ませ、空いている席へと腰を下ろした。昼休みの学食は多くの生徒達で賑わい、活気に満ちた雰囲気に満たされている。
俺の向かいに恋ヶ淵さんが座り、その隣に逢ヶ埼さん。三人ともカレーの香りに誘惑され、揃ってバターチキンカレーを頼んだ。
「この学校のバターチキンカレー、めっちゃ美味いよねー」
「うん、美味しいよね。私も好き」
「うち、カレーだったらローテでいけるー。カレーライス、カレーパン、カレーうどん、カレーピラフ、カレードリア、カレーリゾット、カレーコロッケ。これで一週間ローテして、一生いける気がするー」
「ええ……絶対無理だって。多分、五日目くらいにはカレーの匂いを嗅ぐのも嫌になってるよ」
そんな二人の話を聞きながら、俺は黙ってカレーを口に運ぶ。なんで俺、この二人と一緒に飯食ってるんだろう。今さらながら、不思議で仕方がない。
「愛葉くんは、カレー好き?」
無言でいる俺に気を遣ったのか、恋ヶ淵さんが話を振ってくる。
「ああ、うん。普通に好きだよ」
「そっか」
会話終了。俺は再びカレーを口へ運ぶ。恋ヶ淵さんも同じようにスプーンを手に取り、カレーを口へ運んでいく。
食事をする所作一つ取っても綺麗だな……なんて思いながら、その隣へ視線を向けると、逢ヶ埼さんが力のない目で俺を見ていた。
「いおりんってさー」
「「……いおりん」」
俺と恋ヶ淵さんの声が綺麗に重なった。そんな俺たちの反応など気にも留めず、逢ヶ埼さんは突然つけたあだ名で俺を呼び話を続ける。
「いおりんって、部活とかやってるのー?」
「いや、特には何も。帰宅部だよ」
「じゃあ、暇だねー」
「なんで帰宅部イコール暇になるんだよ」
俺の反論を意に介した様子もなく、逢ヶ埼さんは「そっかそっかー」と何度も頷く。
「じゃあさー、いおりん。真奈のこと手伝ってあげなよー」
「……はい?」
あまりにも唐突な提案に、スプーンを持つ手が止まった。恋ヶ淵さんを見ると、彼女まで驚いた顔で逢ヶ埼さんを見ている。
「ちょっと未萌。急に何言ってるの?」
「いやー、だってさー。中間考査終わったら、県予選で部活忙しくなるしー、今までみたいに真奈のこと手伝ってあげられないんだよねー」
二人の会話を聞きながら、俺は首を傾げる。さっきから何の話をしているのか、さっぱり分からない。
「そもそも、何を手伝うんだ?」
「あれ? いおりん知らないの?」
「知らないから聞いてるんだけど」
逢ヶ埼さんは「あー、そっかー」と納得したように頷くと、なぜか楽しそうに恋ヶ淵さんへ視線を向けた。
「じゃあ、真奈から説明してあげたら?」
「え、私?」
「真奈の活動なんだから、真奈から説明した方がいいでしょー」
「活動って……そんな大げさなものじゃないんだけどな」
恋ヶ淵さんは少し困ったように笑ってから、俺へと向き直った。
「私ね、たまに恋愛相談に乗ってるの」
「……恋愛相談?」
「うん。クラスの人とか、友達とか、そのまた友達とか。好きな人がいるんだけど、どうしたらいいとか、告白したいけど勇気が出ないとか、そういう相談」
恋バナが好きなのは知っていたが、まさか聞くだけでは飽き足らず、相談にまで乗っているとは思わなかった。
「真奈に恋愛相談すると、恋が叶うって噂があるんだよー」
今度は逢ヶ埼さんが横から口を挟んだ。
「恋が叶う?」
「そー。いつからかは知らないけど、そういうジンクスが広まってるんだよねー」
その言葉に、引っかかるものがあった。つい最近、どこかのバカから同じような話を聞いた覚えがある。
「私はジンクスとか、そういうのはあんまり気にしてないんだけど。相談してくれた人が幸せになってくれたら、それは嬉しいことだよね」
いかにも恋ヶ淵さんらしい。他人の恋を見ているだけで、自分まで幸せな気持ちになれると言っていた彼女だ。恋愛相談なんて、これ以上ないくらい向いているのかもしれない。
「でー、最近そのジンクスが広まっちゃって、相談してくる人が増えてるんだよねー」
「それで、逢ヶ埼さんが手伝ってたのか?」
「そゆことー。相談したい人の話を聞いて、真奈との予定合わせたり、相談に付き添ったりー」
「付き添う必要あるか?」
俺の疑問には、恋ヶ淵さんが割って入る。
「未萌がいると助かるんだよ。私だけじゃ思いつかないことを言ってくれることもあるし」
「まあ、真奈は恋バナになると暴走するから、落ち着かせる役も担ってたりー」
「ぼ、暴走なんてしてないよ!」
「目キラッキラにして、前のめりになってるじゃん」
「あれは……真剣に話を聞いてるだけだから!」
恋愛相談を受けて目を輝かせる恋ヶ淵さんを、まあ落ち着きなよーと言って肩に手を置く逢ヶ埼さんの姿が容易に想像できた。
「未萌、無理に頼むのはよくないよ。愛葉くんにだって予定はあるだろうし。それに、私が好きでやってることだから。一人でも大丈夫」
「えー、つまんないのー」
逢ヶ埼さんは不満そうに頬を膨らませると、何かを思い出したように「あ、そうだー」と声を上げた。
そして鞄の中を漁り、一枚のメモ用紙を取り出しては机の中央にそれを置いた。
「真奈、とりあえず、これが直近で相談したいって言ってる人の情報を書いたメモね」
「それ、俺にも見えて良いものなのか?」
「大丈夫大丈夫ー。いおりん、口堅そうだしー」
「今日初めて話した相手に、何を根拠に言ってるんだ」
呆れながらも、俺は目の前に置かれたメモ用紙へと視線を走らせた。そこには、二名の人物に関する情報が載っていた。学校名や学年とクラス。名前や、希望している相談日時。
「……ふっ」
思わず、小さな笑いが漏れた。理由は簡単だ。メモに載っていた人物の中に、良く知る名前があったからだ。
正直、急に恋愛相談なる活動を手伝えと言われても、乗り気にはなれなかった。なんで俺が……と思いはしたのだが、この名前があるなら話は変わってくる。
「……恋ヶ淵さん。俺でよければ、手伝うよ」
「え?」
恋ヶ淵さんが目を丸くする。対照的に、逢ヶ埼さんはニヤリと口角を上げた。
「おー? なになにー? 急にやる気になったねー」
「まあ、ちょっと面白そうかなって」
「本当にいいの? 無理しなくても、大丈夫だよ?」
「ああ、いいよ。どうせ帰宅部で暇だしな」
「じゃあ、このメモはいおりんに託したー」
「あ、わたしまだ見てない……」
「あとでいおりんに見せてもらってー。そろそろ時間だし、食べちゃおー」
そんな二人のやり取りのあと、俺は逢ヶ崎さんからメモ用紙を受け取る。
もう一度、メモ用紙へと目を落とす。ここに名前が書かれた二人は、どんな恋をして、どんな悩みを恋ヶ淵さんに打ち明けるのだろうか。
恋愛相談なんて、俺にはまったく興味がなかったはずなのに。ほんの少しだけ、面白そうだと思ってしまった。




