↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋バナ大好き、恋ヶ淵さん  作者: 彩珠那由正
第一部:得恋のジンクス
PR
28/29

Interlude Ⅳ - 何も知らなかった -

 ボウリング場を出た私たちは、そのまま併設されているショッピングモール内のフードコートへ向かった。


 休日のお昼時ということもあって、フードコート内はたくさんの人で賑わっている。


 未萌の「オムライス食べたい!」という一言で昼食は決まり、私と想川くんが席を確保して、愛葉くんと未萌が注文へ向かうことになった。


 二人の背中が人混みの中へ消えていくのを見送ってから、私は椅子に腰を下ろす。


「いやー……腹減ったー」


 向かいに座った想川くんが、テーブルの上にぐったりと突っ伏した。


「七ゲームだぞ、七ゲーム。腹も減るって」

「三人ともすごいよね。私、三ゲームでもう限界だったよ」

「いや、普通はそうだから。七ゲームがおかしいんだって」

「ふふっ。未萌、負けず嫌いだから」

「勝つまでやるって言い出した時の目、怖かったもんな……」

「でも、最後には勝ててすごく嬉しそうだったよね」

「まあなー。俺はもう五ゲーム目くらいから、勝ち負けとかどうでもよくなってたけど」


 楽しそうに笑う想川くんにつられて、私も笑った。


 ボウリングの結果は散々だったけれど、楽しかった。愛葉くんにボールを選び直してもらってからは、少しだけ上手く投げられるようにもなったし。次に来ることがあったら、もう少し良い勝負ができるかもしれない。


 そんなことを考えていると、想川くんが「あ、そういやさ」と声を上げた。


「俺、驚いたんだよな。恋ヶ淵さんと伊織、いつの間にあんな仲良くなったんだ?」

「仲良く?」

「ちょっと前まで全然話してなかったんだろ? それが今じゃ普通に一緒にいるし。しかも伊織が恋愛相談の手伝いって、あいつらしくないことしてるから余計に驚いた」


 そこで一度言葉を切ってから、想川くんは何気ない調子で続けた。


「あいつ、中学の時に色々あってから、恋愛とか興味ないってスタンスずっと貫いてるじゃん」

「中学の時に色々?」

「……あれ?」


 想川くんの表情が固まった。それから、しまったとでも言いたげな顔で私を見る。


「もしかして……その話って、まだ聞いてなかった?」

「うん」


 私は小さく頷いてから、そういえばと思い出した。


「でも、そう言われると……確かに愛葉くんって恋愛の話になると……なんていうのかな。ちょっと消極的っていうか、悪い結果の方を考えてることが多いかも」

「あー……まあ、そうだな」


 想川くんの表情が、少しだけ曇った。


 ずっと気になっていた。どうして愛葉くんは、恋に対してあんな考え方をしているのだろう。


 恋は、人を幸せな気持ちにするものなのに。


 誰かを好きになることは、とても素敵なことなのに。


 どうして彼は、そう思えないんだろう。


「中学の時、何かあったの?」


 気付けば、そんな質問を口にしていた。想川くんはすぐには答えなかった。


「んー……」


 困ったように頭を掻いている。その様子を見て、聞くべきじゃなかったとすぐに思った。


「あ、ごめん。無理に話さなくていいからね」

「いや……」

「愛葉くんが知られてほしくないことなら、私が勝手に聞くのもよくないと思うし」


 想川くんが、じっと私を見る。何かを考えているような目だった。やがて、彼は小さく息を吐いた。


「まあ……恋ヶ淵さんならいいか」


 少し迷うような間を置いてから、静かに話し始めた。


「あいつ、中一の頃から好きだった女子がいたんだよ。それが伊織の初恋」

「……初恋」


 その言葉を、思わず繰り返す。なんだろう……言葉にできないような感覚が、胸の奥にたちこめた気がした。


「結構長いこと好きだったみたいでさ、俺もよく相談されてた。話しかけたいけど何話せばいいんだー、とか。今日目が合った気がするー、とか」

「愛葉くんが……?」


 今の愛葉くんからは、まるで想像できない姿だと思った。


「それで中二の冬に、その子から伊織、告白されたんだよ」

「……え?」

「俺もびっくりした。伊織なんてもっとびっくりしただろうな。ずっと好きだった相手から告白されたんだから」

「じゃあ……付き合ったの?」

「ああ。伊織、すげえ照れてたけど嬉しそうだったよ。普段はカッコつけてるくせにさ、ずっとニヤニヤしてんの。俺がからかったら、うるせえって怒ってたけど」


 胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなる。


 ずっと好きだった人から告白されて、すごく嬉しかったんだと思う。それこそ、夢に見ていたような瞬間だったのかもしれない。


 なのに……どうしてだろう。いつものように、恋の話を聞いても感情は高ぶらなかった。


「でも、一週間くらいで終わった」

「……え?」


 想川くんの声色が変わった。さっきまでの笑みも消えている。


「嘘告ってやつだったんだよ」


 その言葉の意味を理解するまでに、少しだけ時間がかかった。


「……うそ、こく?」

「罰ゲーム。仲間内でなんかやってて、負けた奴が伊織に告白するっていう罰ゲームだったらしいぜ」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。


「だから、その子は多分……伊織のこと、好きでもなんでもなかったってわけ」


 先ほどまで温かかった胸の奥が、すっと冷たくなるのを感じた。


「それが分かって……一週間で終わり」


 私が何も声を出せないでいると、想川くんが寂しそうに笑った。


「あいつにとって初恋だったし、ずっと好きだった相手だったからな。しばらく塞ぎ込んでさ。学校でもほとんど喋らなくなった。それからだな、あいつが恋愛とかどうでもいいって言うようになったの」


 今までの愛葉くんの言葉が、次々と頭の中に蘇った。


 恋をすれば、傷付くかもしれない。気持ちを伝えれば、今までの関係が壊れるかもしれないと彼は言っていた。


 依子ちゃんの相談を聞いた時、愛葉くんは、好きだと伝えることより、その先で何かを失ってしまうことを気にしていた。


 でも私は、気持ちは伝えた方がいいって。恋は素敵なものだから。誰かを好きになることは、とても幸せなことだから。そう言った。


 何も知らないくせに。愛葉くんがどうして恋に臆病になったのか。どうして傷付くことを怖がっているのか、何も知らなかったくせに。


 愛葉くんの気持ちを思うと、自然と頬に何かが伝っていた。


「えっ、恋ヶ淵さん!?」


 想川くんが素っ頓狂な声を上げる。頬に触れると、指先が濡れている事に気付く。


「あ……あれ?」


 自分でも気付かないうちに、涙が流れていた。慌てて拭うけれど、止まらない。拭っても、拭っても、次から次へと涙が溢れてくる。


 どうして……どうして、こんなに苦しいんだろう。


『私ね、人の恋の話を聞くのが、すごく好きなんだ』

『他人の幸せを見て自分まで幸せな気持ちになれるっていうのは、素敵なことなんじゃないか』


 初めて話した、あの日。私は愛葉くんに、自分がどれだけ恋というものが好きなのかを話した。


 恋は素敵だと。人の恋を見ているだけで、幸せな気持ちになれると。


 そんな私を、愛葉くんは否定しなかった。自分には理解できないと言いながらも、素敵なことだと言ってくれた。


 自分は、恋で傷付いたことがあるのに。


「私……何も知らなかった……」

「恋ヶ淵さん……」

「何も知らないのに……愛葉くんの前で、恋は素敵だとか……そんなことばっかり……」


 恥ずかしかった。悔しかった。愛葉くんが抱えていたものを何一つ知らずに、私は自分の好きなものを無邪気に語っていた。


 それでも彼は、私のことを変だとは言わなかった。むしろ、素敵なことだと言ってくれた。そのことを思い出すほど、涙が止まらなくなる。


 想川くんは向かいの席で完全に狼狽えていて、何度も私と周囲を交互に見ている。


 そんな彼の姿を見ても、頭の中に浮かぶのは愛葉くんのことばかりだった。


 初恋の相手から告白されて。ずっと好きだった人と付き合えて。きっと嬉しくて、幸せで。


 それが全部、嘘だったと知った時。愛葉くんは、どんな顔をしていたんだろう。どれだけ傷付いたんだろう。


 また一粒、涙が頬を伝った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。