024話:恋ヶ淵さんの嘘と涙⑤
「変に心配かけてごめんね。本当になんでもないから」
そう言って、恋ヶ淵さんはいつも通りの笑顔を見せた。
心配させまいとしているのが分かったから、俺たちもそれ以上は追及しなかった。
冷めないうちにと四人でオムライスを食べながら、また他愛のない話を始める。
七ゲームにも及んだボウリングの結果を振り返っては、逢ヶ埼さんが最後に勝った自分こそ真の勝者だと主張し、恋ヶ淵さんは次こそ絶対に最下位から脱出すると意気込んでいた。
昼食を終えてからも、すぐに解散とはならなかった。せっかくショッピングモールまで来たのだからと、特に目的もなく店を見て回ったり、ゲームセンターに立ち寄ったりした。
ゲームセンターでは、陽大がクレーンゲームに挑戦。
「これ絶対取れるから!」
なんて豪語していたくせに、目当てのぬいぐるみに二千円以上を溶かした挙げ句、最終的には逢ヶ埼さんが一発で取った。その瞬間の陽大の絶望に満ちた顔は、しばらく忘れられそうにない。
歩き疲れた頃には、通路の露店で売られていたソフトクリームを四人で買った。
陽大だけ欲張って大きなサイズを選び、途中から溶け始めたソフトクリームと必死に格闘する羽目になっていた。その姿がおかしくて、三人で笑った。
そんなふうに過ごしていると、時間なんてあっという間だった。気付けば差し込む陽射しは橙色に染まり、そろそろ帰ろうかという話になる。
俺たちは朝に待ち合わせた駅前のロータリーまで戻った。
恋ヶ淵さんと逢ヶ埼さんは家が近く、帰る方向も同じらしい。俺と陽大はここから電車で二駅乗る必要があるので、女子二人とは別れることになった。
「じゃあねー、いおりん、想川ー」
「また明日ね、二人とも」
「ああ、また明日」
「おう! またな!」
軽く手を振り合い、それぞれ別れの挨拶を口にして、女子二人と別れる。
俺と陽大は武蔵野線の改札を抜け、自宅方面へ向かう電車に乗り込んだ。
休日の夕方ということもあって、車内はそれなりに混んでいた。空いている座席はなく、俺と陽大は並んで吊り革を掴む。
「マジでさ、腕がパンパンなんだけど。明日の部活に響くわ、これ」
「ちなみに逢ヶ埼さんは、あと三ゲームはいけるって言ってたぞ」
「やべー。強すぎる」
ガタン、ゴトンと、一定のリズムで電車が揺れる。窓の外には、夕暮れに染まった街並みが流れていた。
「でもさ、腕はパンパンだけど……」
陽大が吊り革にぶら下がるようにしながら笑う。
「今日、めちゃくちゃ楽しかったな」
「……そうだな。楽しかった」
「またさ、今日みたいに四人で遊びたいよな」
「ああ」
その言葉には、俺も素直に頷けた。確かに楽しかった。七ゲームもボウリングをやらされて、明日の筋肉痛はほぼ確定しているけど。
陽大がいて、逢ヶ埼さんがいて、恋ヶ淵さんがいて。四人でくだらないことを話して、笑って。
楽しかった……だからこそ、なのだろう。ふと昼食前の光景が頭をよぎった。
俯いていた恋ヶ淵さん。顔を上げた時の、赤くなった目。映画の内容を思い出して泣いてしまったと、そう説明していたけれど……。
俺は隣に立つ陽大へ視線を向けた。
「なあ、陽大」
「んー?」
「結局、あれなんだったんだ?」
「あれ?」
「恋ヶ淵さん」
陽大の表情が、一瞬だけ固まる。ほんの僅かな変化だったけど、見逃さなかった。
「……なんで泣いてたんだよ」
「だから言っただろ。映画の話してたら内容思い出して――」
「嘘だろ、それ」
陽大の言葉を遮る。
「お前が嘘ついてることくらい分かるよ」
中学から散々こいつのバカに付き合ってきたんだ。嘘をついた時の反応くらい、嫌でも分かる。
「何があったんだよ」
陽大は俺を見たまま、何も答えなかった。電車が線路の継ぎ目を越えるたび、規則的な振動が足元から伝わってくる。
俺と陽大の視線がぶつかったまま、しばらく時間だけが過ぎた。
やがて、陽大が先に顔を逸らした。窓の外へ視線を向ける。差し込む夕陽が、彼の横顔を赤く染めていた。
「……教えない」
「は? なんでだよ?」
陽大は少しだけ考えるように黙ってから、ぽつりと言った。
「これは多分、俺から話していいことじゃない気がするから」
いつものこいつらしくない、妙に真面目な声だった。それを聞いてしまうと、それ以上強く問い詰めることもできなかった。
「なんだよ、それ……」
「知りたいならさ、自分で恋ヶ淵さんに聞けよ」
そう言われて、言葉に詰まる。俺が黙っていると、陽大は少しだけいつもの調子に戻り、俺の肩へ手を置いた。
「まあ、俺から言えるのは……そうだな」
「なんだよ」
「恋ヶ淵さんが、めちゃくちゃいい子だってことくらいかな」
「……なんだそれ」
「それ以上は言わねー」
「意味分かんねえよ」
そう返しながら、俺も車窓へ視線を向けた。
恋ヶ淵さんが、めちゃくちゃいい子。そんなこと、とっくに分かっている。
人の恋の話を聞くだけで、自分のことみたいに目を輝かせる姿。
誰かの幸せを見て、自分まで幸せな気持ちになれると笑っていた横顔。
相談者の悩みに、真剣に耳を傾けていた姿。
俺の言葉に、嬉しそうに笑ってくれた顔。
そして――今日見た、泣いたあとの顔。
いくつもの恋ヶ淵さんの表情が、次々と頭に浮かんでくる。
どうして泣いていたのか。陽大と、何を話していたのか。考えれば考えるほど、気になって仕方がなかった。
電車は夕暮れの街を走り続ける。
その揺れに身を任せながら、俺はいつの間にか恋ヶ淵さんのことばかり考えていた。




