023話:恋ヶ淵さんの嘘と涙④
その後も、俺たちはボウリングを続けた。
一ゲーム目の結果は一位が俺、二位が逢ヶ埼さん、三位が陽大、そして四位が恋ヶ淵さん。
途中からボールを変えたことで、恋ヶ淵さんも少しずつスコアを伸ばしていたものの、結果は振るわず。
「次こそ負けないからね」
そんな風にやる気を見せていたのだが、続く二ゲーム目でも四位。代わりに一位へ躍り出たのは陽大だった。二位が俺で、三位が逢ヶ埼さん。
そして問題は、その結果を見た逢ヶ埼さんだった。
「……もう一回やろー」
「え、まだやるの?」
驚いたように聞いた恋ヶ淵さんに、逢ヶ崎さんは強く頷いてみせる。
「うん。うちが勝つまでやるー」
「やばい、逢ヶ埼の負けず嫌いスイッチが入った」
そんなやり取りの末、三ゲーム目に突入。どうやら逢ヶ埼さん、普段の気怠そうな雰囲気からは想像できないほどの負けず嫌いらしい。
そして三ゲーム目でも、逢ヶ埼さんは一位になれなかった。
そして四ゲーム目へと突入していく。
「もう無理……腕が限界……」
ここで恋ヶ淵さんが脱落。しかし、男どもはまだ付き合えー、という逢ヶ埼さんからのお達しがあり、そのまま五ゲーム目。六ゲーム目。そして――七ゲーム目。
「やったー! 一位だー!」
最終投球を終えた逢ヶ埼さんが、両手を高々と掲げた。
「やっと終わった……」
「長かった……」
俺と陽大は、疲れて椅子へと沈み込んでいた。まさか休日にボウリングを七ゲームもやらされるとは思わなかった。明日は間違いなく筋肉痛だろう。
長きにわたる戦いを終え、会計を済ませた俺たちはボウリング場を後にした。
時刻はちょうど昼時。昼飯を食べようという話になり、併設されているショッピングモールのフードコートへと向かう。
「オムライス食べたいー!」
フードコートへ到着するなり逢ヶ埼さんがそう宣言し、特に反対意見もなかったため、今日の昼食は全員オムライスに決定した。
休日ということもあって、フードコートはかなり混雑している。四人で動くより、席を確保する組と注文する組に分かれた方がいいだろうということになり、陽大と恋ヶ淵さんが席取り。俺と逢ヶ埼さんが注文と配膳を担当することになった。
「いおりん、行こー」
「ああ」
逢ヶ埼さんと二人でオムライス専門店の場所へ向かい、四人分の注文を済ませる。店員から呼び出しベルを受け取り、そのまま店の前で待つことになった。
「いやー、ボウリング楽しかったねー」
「七ゲームもやって腕がパンパンなんだが……」
「えー、うちはあと三ゲームはいけるけどー」
「いやいや、体力オバケすぎるだろ」
「あははー」
楽しそうに笑っていた逢ヶ埼さんだったが、ふとその声の調子が落ち着いた。
「話変わるけどさ」
「ん?」
「今日はありがとねー。付き合ってくれて」
「別にいいよ。俺も普通に楽しんでるし」
「そっかー」
そう言ってから、逢ヶ埼さんは少し離れた場所へ視線を向ける。
その先には、席を確保してくれている陽大と恋ヶ淵さんの姿があった。
「想川のことなんだけどさー」
「うん」
「気持ちは普通に嬉しかったんだよねー」
いつもの間延びした口調は変わらない。ただ、その表情は少しだけ真面目だった。
「でも、今はそういうの考えられないかなーって。バスケも頑張りたいし、付き合うとか、そういうのはまだいいかなーって思ってる」
「ああ、そうらしいな」
「だからさ、気持ち知っちゃったあと、どうなるのかなーって、ちょっと心配だったんだよね」
それは陽大も同じだろう。あいつも今日、普通に楽しんで、変な空気にならないようにしたいと言っていた。
「でも今日、こうやって四人で遊べて、二人でも普通に喋れたし。想川もいつも通りだったからさー、ちょっと安心したー」
「そっか」
それなら、今日ここに来た意味はあったのかもしれない。
「まあ、あいつは見ての通りバカな奴だけど、根はすごくいい奴だから。付き合うとか付き合わないとか、そういうのは別として……これからも普通に仲良くしてやってくれよ」
逢ヶ埼さんが、少し驚いたように俺を見る。
「なに?」
「いやー」
それから、ニヤリと笑った。
「いおりんと想川って、ほんとに親友なんだねー」
なんとなく照れ臭くなり、俺は何も答えなかった。
別に、そんな大層なものじゃない。ただ、中学から一緒にバカをやってきた奴が、好きな相手と気まずくなって落ち込むところを、できれば見たくないだけだ。
「真奈もすっごくいい子だから、仲良くしてあげてねー」
「……なんで急に恋ヶ淵さんが出てくるんだよ」
「別にー。なんとなくー」
逢ヶ埼さんはそれ以上答えるつもりはないらしい。意味深に笑いながら、じっとこちらを見ている。
その時、手に持っていた呼び出しベルが震えた。
「あ、できたみたいだな」
「おー、飯だ飯ー」
俺たちは店のカウンターへ向かう。店員にベルを返すと、商品はこちらですと、二つのトレーを指し示された。それぞれのトレーには、出来たてのオムライスが二皿ずつ載っている。
「いおりん、そっちお願いねー」
「了解」
二人で一つずつトレーを持ち、陽大たちの待つ席へ向かう。
さて、ようやく昼飯だ。七ゲームもボウリングをやったせいで、腹は完全に空っぽだった。そんなことを考えながら席へ戻っている途中で――ふと、足が止まった。
「……ん?」
遠目に見える席の様子が、どこかおかしい。
恋ヶ淵さんは椅子に座ったまま、俯いている。長い髪が顔にかかっていて、その表情はよく見えない。
そして、その向かいに座る陽大。こいつもこいつで、やけに気まずそうな顔をしながら頭を掻いていた。
「……なに、あの空気ー?」
逢ヶ埼さんも異変を感じたらしい。俺たちは顔を見合わせ、そのまま席へ向かう。
逢ヶ埼さんがトレーをテーブルへ置き、恋ヶ淵さんに声を掛けた。
「真奈?」
「……ん」
呼びかけに反応して、恋ヶ淵さんが顔を上げる。
「え……」
思わず声が漏れた。恋ヶ淵さんの目が、真っ赤になっていた。
どう見ても――泣いたあとだった。
「恋ヶ淵さん?」
「真奈ー、どうしたのー?」
俺と逢ヶ埼さんの声が重なる。
「え? あ、違うの」
恋ヶ淵さんは慌てたように両手を振った。
「別に、何かあったとかじゃなくて……」
「え……じゃあ、なんで泣いてんのー?」
「それは……えっと」
恋ヶ淵さんが、ちらりと陽大を見る。視線を向けられた陽大は、見るからに気まずそうな顔をしていた。
「想川くんと映画の話で盛り上がっててね。それで、その映画の内容を思い出したら……なんか泣けてきちゃって」
「映画ー?」
「う、うん」
逢ヶ埼さんの問いに、恋ヶ淵さんが頷く。すると陽大も、なぜか大袈裟なくらい何度も頷き始めた。
「あ、ああ! そうなんだよ! 俺と恋ヶ淵さん、好きな映画が一緒だったみたいでさ! その映画、めっちゃ泣けるんだよなー! いやー、思い出しただけで泣ける! 俺も泣きそう!」
「……ふーん」
逢ヶ埼さんが目を細める。明らかに怪しんでいる。
俺は何も言わず、陽大の顔をじっと見た。
「な、なんだよ伊織」
「いや、別に」
中学からこいつと付き合ってきた俺にはすぐに分かった。陽大は昔から、嘘をつく時だけ妙に饒舌になる。
俺たちが注文を取りに行っていた、ほんの僅かな時間。二人の間で何かがあった。そして今、二人してそれを隠そうとしている。
真っ赤に腫れた恋ヶ淵さんの目を見つめながら、胸の奥にざわつくようなものを感じた。
――何があったんだ?
その疑問だけが、頭から離れなかった。




