022話:恋ヶ淵さんの嘘と涙③
恋ヶ淵さんと並んで歩き、ボールが並ぶラックの前までやってくる。
「さっき使ってたの、これだよね?」
「うん。それ」
恋ヶ淵さんが指差したボールを持ち上げ、改めて重さを確かめる。男の俺でもそれなりに重く感じるくらいだ。やっぱり、彼女には少し重かったんだろう。
「じゃあ、二ポンドくらい落としてみるか」
並んでいるボールの中から、さっきより二ポンド軽いものを探す。いくつか見比べ、指穴の大きさも問題なさそうなものを選んでラックから持ち上げた。
「これ、持ってみて」
恋ヶ淵さんへボールを手渡す。両手で受け取った彼女は、その場で何度か持ち上げたり下ろしたりして重さを確かめてから、実際に投げる時のように軽く腕を振った。
「あ、確かに。こっちの方が投げやすそう」
「さっきより腕も曲がってないし、それくらいでいいと思う。次はそれで投げてみよう」
「うん……ちなみに、なにかコツとかってあるの?」
「コツ?」
「愛葉くん、さっき簡単そうにストライク取ってたから」
「いや、あれはたまたまだと思うけど……」
ボウリングに関して、人に偉そうに教えられるほど上手いわけじゃない。ただ、自分が投げる時に意識していることくらいなら伝えられる。
「とにかく、真っ直ぐ投げることかな」
「真っ直ぐ?」
「腕を振る時もそうだし、レーンに向かって歩く時も。最初は余計なこと考えないで、狙った方向に真っ直ぐ投げることだけ意識すればいい」
「なるほど……真っ直ぐ」
忘れないようにするためか、恋ヶ淵さんが小さな声で繰り返す。
「ただ、真っ直ぐすぎると、陽大みたいにスプリットになることもあるけど」
「じゃあ、ちょっとだけ狙いをずらすの?」
「いや、そこまで考えなくていい。そもそも、狙ったところに完璧に真っ直ぐ投げる方が難しいから。最初は真っ直ぐを意識して、あとはボールがどこに行くか運に任せる」
「真っ直ぐ投げて、あとは運に任せる……うん。分かった気がする」
「本当か?」
「……多分!」
「急に不安になったな」
「あはは」
そんな会話をしながらレーンへ戻ろうとした、その途中だった。
「……そういえば」
恋ヶ淵さんが不意に足を止める。
「想川くんと未萌を二人にしちゃったけど、ちゃんと話せてるかな?」
そういえば、俺たちがボールを選んでいる間、二人きりにしていた。
陽大は今日、逢ヶ崎さんとの間に変な空気を作りたくないと言っていた。ここへ来てからは、俺が散々弄り倒したせいか、いつものバカに戻っていたけど、二人きりになった途端、また緊張している可能性はある。
「……こっそり様子を見てみる?」
恋ヶ淵さんが声を潜めて言った。口元には、ちょっとだけ悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「……やる気満々だな」
「だって、気になるし」
「まあ、俺も気になるけどさ」
恋ヶ淵さんに促されるまま、レーンから少し離れた場所に身を隠す。そのまま二人でそっと壁の脇から顔を出した。
視線の先では、陽大と逢ヶ埼さんが二人で話している。
何を話しているのかまでは聞こえない。ただ、陽大が何かを言ったあと、逢ヶ埼さんが楽しそうに笑った。陽大もつられたように笑っている。気まずい雰囲気には見えなかった。
「大丈夫そうだね」
恋ヶ淵さんが安心したように呟く。
「ああ。思ったより普通に話せてるな」
「よかったあー」
恋ヶ淵さんが、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
俺も少しだけ安心した。あいつなりに今日のことを気にしていたみたいだから、ああやって二人で笑って話せているなら何よりだ。
それにしても――こうやって二人で物陰に隠れて、誰かの様子を窺うの、なんだか最近もやったような。
「なんか私たち、こういうことしてるの多いね」
「……え?」
考えていたことをそのまま口にされ、思わず恋ヶ淵さんを見る。
思い出したのは、片瀬さんの告白を見守るために本殿の柱の陰に二人で隠れていた時のこと。
想いを伝えた片瀬さん。抱き合った二人。そして、キスをした二人。あの光景を目の当たりにして、顔を真っ赤にした恋ヶ淵さんと至近距離で目が合った。
まずい。思い出した途端、急に恥ずかしくなってきた。
しかも、いま恋ヶ淵さんは俺のすぐ前にいる。ここで彼女が振り返ったら、あの時の再現みたいになってしまう。
妙な沈黙が流れた。俺より少し前にいるせいで、恋ヶ淵さんの表情は見えない。ただ――髪の隙間から覗いた耳が、ほんの少しだけ赤くなっているように見えたのは、気のせいだろうか。
「……行こっか」
恋ヶ淵さんが小さな声で言った。
「あ、ああ」
俺たちは何事もなかったかのように物陰から出ると、陽大たちのところへ戻った。
「あ、おかえりー」
「遅かったな」
逢ヶ埼さんと陽大がこちらを見る。
「ボールあったー?」
「うん。愛葉くんに選んでもらった」
「へえー」
逢ヶ埼さんがニヤリと笑って俺を見た……なんだ、その顔。
「じゃあ、投げてみるね」
恋ヶ淵さんは選んだボールを手に取り、レーンの前へ向かう。
「真っ直ぐ……真っ直ぐ……」
俺が言ったことを確認するように呟きながら、彼女は投球姿勢に入った。さっきとは違い、振りかぶっても腕がボールの重さに負けていない。
そのまま、真っ直ぐ腕を振り抜く。ボールがレーンを転がっていき、今度はガターへ逸れることなく、ほぼ中央へ。残っていたピンが、派手な音を立てて弾け飛んだ。
「やった!」
画面にスペアの表示が出る。恋ヶ淵さんが嬉しそうにこちらを振り返った。
「おー、真奈すごーい!」
逢ヶ埼さんがぱちぱちと手を叩く。
「ボール変えていきなりスペアかよ!」
陽大も驚いた声を上げる。
恋ヶ淵さんは満面の笑みで戻ってくると、そのまま真っ直ぐ俺の前までやってきた。
「愛葉くん! スペア取れた!」
「ああ、おめでと」
差し出された手に、すかさず自分の手を合わせる。ぱちん、と乾いた音が鳴った。
「愛葉くんのおかげだね。ありがとう!」
心の底から嬉しそうに笑う。さっきまで普通に話せていたはずなのに、その笑顔を真正面から向けられると、なぜか目を合わせていられなかった。
俺は誤魔化すようにスコア画面へ視線を向ける。
そんな俺の耳には、すぐ隣から聞こえてくる恋ヶ淵さんの楽しそうな笑い声だけが、やけに鮮明に残っていた。




