017話:恋ヶ淵さんと親友の恋④
恋ヶ淵さんと二人で体育館裏へ移動してから、十分ほどが経った頃だった。
「伊織いいいいいい!」
体育館の角から姿を現した陽大が、俺の名前を叫びながら猛然とこちらへ駆けてきた。すでに制服姿へと着替えているものの、髪は汗で少し湿っている。
肩で息をしているところを見ると、部活が終わるなり急いで着替えて、ここまで走ってきたのだろう。
「なんだよ、うるさいな」
「なんだよ、じゃねえよ!」
俺の目の前までやってくると、陽大は息を切らしながら詰め寄ってきた。そばにいる恋ヶ淵さんは、陽大の様子に驚き目を丸くしている。
「なんでお前が恋ヶ淵さんと一緒にいるの!?」
「ああ、そのこと?」
「そのことだよ! 部活中からずっと気になってたんですけど!」
「言ってなかったっけ? 成り行きで、恋ヶ淵さんのが受けている恋愛相談を手伝ってるんだよ」
「聞いてないんですけど!?」
陽大の絶叫が体育館裏に響き渡る。
「お前らが二人で並んで練習見学してるいるからさ! なんで伊織が恋ヶ淵さんと一緒にいるんだ!? って、ずっと気になって、練習に全然集中できなかったんですけど!」
「ああ、それで今日やたらとシュート外してたのか」
頭を抱える陽大を見ながら、俺は納得する。普段のこいつなら、もう少しまともにシュートを決めていた気がする。今日はやけにミスが多いと思っていたが、どうやら原因の一端は俺たちにあったらしい。
「なんで伊織が恋ヶ淵さんの手伝いなんかしてるんだよ!」
「だから成り行きで」
「成り行きってなんだよ!」
「物事が変化する様子や過程のことだな」
「そういうこと聞いてるんじゃなくて!」
「あのね、想川くん。今まで手伝ってくれていた未萌が部活で忙しくなるからって、その代わりを愛葉くんが引き受ける感じになって……そういう成り行き」
恋ヶ淵さんが横からフォローを入れると、陽大は「逢ヶ崎の代わり?」と呟きながら俺を見る。
なんだ、その信じられないものを見るような目は。
「待てよ、伊織が恋ヶ淵さんの手伝いをしてるってことは……俺が今日、恋ヶ淵さんに恋愛相談することも知ってる?」
「ああ」
「マジ?」
「マジ」
「じゃあ昨日、俺が家族と予定あるって言った時も?」
「知ってた。こいつ、平然と嘘つきやがったなーって思ってた」
「言えよ!」
再び陽大の絶叫が響き渡る。
「お前、昨日のまあ、がんばれよって、そういう意味だったの!?」
「そういう意味」
「うわああああ! 全部知ってたのかよ!」
頭を抱えながら、その場で悶絶する陽大。
面白い。メモ用紙にこいつの名前を見つけたとき、恋ヶ淵さんの活動を手伝うと決めた俺の判断は、やはり間違っていなかったらしい。
「……いや、待て」
しばらくして、陽大が再び動きを止めた。
「今度はなんだよ」
「お前が手伝ってるってことは……まさか、俺の相談内容を聞くつもりなのか?」
「ああ」
陽大の表情が消えた。そして、真顔で俺を見つめては、校門がある方向を指差す。
「帰ってくんない?」
「嫌だよ」
「なんで!?」
「俺、助手だし」
「今日だけ助手休めよ!」
「なんで休まなきゃならないんだよ」
「だってお前がいたら話しづらいだろ! 恋愛相談だぞ! 俺の甘酸っぱい青春の悩みを親友に聞かれるんだぞ!」
「親友と思ってくれてるなら、別に聞いても良いだろ。あと甘酸っぱいかどうかは、話を聞いてから俺が判断するから」
「からかう気まんまんじゃねえか! そういうところが嫌なんだよ!」
「大丈夫だよ、想川くん」
今まで俺たちのやり取りを見守っていた恋ヶ淵さんが、安心させるように微笑んだ。
「愛葉くんも、ちゃんと真剣に相談に乗ってくれるから」
「……本当に?」
「うん。相談してくれる人をからかったりしないって、私と約束してくれたから」
恋ヶ淵さんの視線がこちらへ向けられる。その視線に促されるように、俺はこれでもかと眉間に皺を寄せながら頷いた。
「……まあ、約束したからな」
「今、すごい嫌そうな顔したぞ!」
「気のせいだ」
「絶対嘘だ!」
「大丈夫だって。お前が本気で悩んでるなら、俺もちゃんと話を聞くよ」
そこは嘘じゃない。こいつとは中学からの付き合いだ。普段はバカなことばかりやっているけれど、本気で誰かを好きになって、恋に悩んでいるのなら、友人として応援してやりたいとは思っている。
「……本当だな?」
「ああ」
「絶対からかうなよ?」
「分かったって」
「誰にも言うなよ?」
「言わないよ」
「墓場まで持ってけよ?」
「……」
「墓場までは持って行かないつもりみたいですけど!」
それでも恋ヶ淵さんの言葉が効いたのだろう。陽大はまだ納得しきれていない顔をしていたものの、最後には大きな溜息を吐いて観念した。
「はあ、分かったよ。なら、伊織も聞いてくれ。実はおれクラスに気になってる人が」
「おー、いたいたー」
その時だった。体育館の方から、聞き慣れた間延びした声が聞こえてきた。体育館裏に集まっていた俺たち三人が、揃って声がした方へ視線を向ける。
「真奈ー。いおりんー」
制服姿の逢ヶ埼さんが、こちらへ向かって歩いてきていた。
「未萌? どうしたの?」
恋ヶ淵さんが不思議そうに首を傾げる。
「いやー、真奈たちが体育館裏に向かってくの見えたからさー」
逢ヶ埼さんはいつもの気怠そうな調子で答えながら、俺たちのところまでやってくる。
「想川の恋愛相談、今日だったんでしょー? せっかくだから、うちも聞いてやろうかなーって思って」
「えっ」
陽大の口から、明らかに焦りの混じった声が漏れた。
いや……それはダメだろ。こいつが誰を好きなのか、本人の口からはまだ聞いていない。だが昨日の反応を見れば大体分かる。
「いやいやいや! 逢ヶ埼が来ちゃダメだろ!」
陽大が慌てた様子で声を上げる。
「んー? なんでー?」
逢ヶ埼さんが首を傾げた。陽大、余計なことを言うなよと、頭の中で警鐘が鳴り始める。
「なんでって……そりゃ……」
「うちがジンクスのこと教えてあげたんじゃんかー。言ってみれば、想川が真奈に相談するきっかけを作ったのはうちでしょー?」
「それはそうだけど!」
「だったら、うちにも聞く権利あるじゃんー」
「いやいや、ないだろ!」
恋ヶ淵さんが困ったように二人のやり取りを見守っているなか、逢ヶ埼さんは陽大の顔を覗き込むようにして詰め寄った。
「別にいいじゃんかー。好きな人のこと相談するんでしょー? うちも協力してあげるよー」
「いや……だから、逢ヶ埼本人がいたら相談できない内容なんだって!」
その言葉を最後に、場を静寂が支配した。
ついさっきまで陽大と逢ヶ崎さんとのやり取りで騒がしかった体育館裏が、嘘のように静まり返り、遠くから聞こえる運動部の掛け声だけが、妙にはっきりと耳に届く。
陽大は自分が何を口走ったのか、まだ気付いていないらしい。
隣にいる恋ヶ淵さんへ視線を向けると、彼女は驚いたよう目を丸くしながら、陽大と逢ヶ埼さんを交互に見ていた。
一方の逢ヶ埼さんはというと、普段から半分眠っているような目を、珍しく大きく見開いては、陽大を見つめたまま固まっている。
長い長い沈黙のあと、逢ヶ埼さんの口がゆっくりと開いた。
「……あっ! そうだー! うち、用事あるの思い出したー! めっちゃ大事な用事ー。いやー、忘れてたー」
逢ヶ埼さんは明後日の方向を向きながら、じりじりと後退していく。
「じゃ、うち帰るからー! また明日ー!」
「あ、未萌――」
「じゃーねー!」
恋ヶ淵さんが呼び止める間もなく、逢ヶ埼さんは逃げるようにして体育館裏から姿を消した。
用事なんて嘘だろう。陽大の相談内容が何かを察し、この場から逃げ出したに違いない。
「……なんだったんだ?」
陽大が不思議そうに呟いた。こいつ、まだ気付いてないのか。
俺と恋ヶ淵さんも何も言わず、ただ黙って陽大を見つめた。
「……な、なんだよ? 二人して、なんで意味深な目で俺を見るんだよ?」
俺たち二人から無言で見つめられ、陽大が少しずつ不安そうな顔になる。
「俺、なんか変なこと言った? なあ、なんで二人とも黙ってるんだよ」
やがて陽大は、先ほどの自分の発言を頭の中で反芻し始めたらしい。
「逢ヶ埼本人がいたら、相談できない内容……」
ぶつぶつと呟く。
「逢ヶ埼がいたら……好きな人の相談が……できない……」
そこで、陽大の動きが止まった。
「……あ」
ようやく気付いたらしい。陽大の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「や、やっちまったああああああああっ!」
陽大は頭を抱え、その場に膝を付いて崩れ落ちるのだった。そんな陽大の様子に、俺と恋ヶ淵さんは苦笑いを浮かべる他なかった。




