016話:恋ヶ淵さんと親友の恋③
【今日、想川くんの相談に乗る前に、バスケ部の活動見学しない?】
そんなメッセージが届いたのは、昼休みのことだった。
昨日、連絡先を交換したばかりの恋ヶ淵さんからメッセージが届いているという事実に、ほんの少しだけ変な気分になる。
逢ヶ崎さんからもらったメモ用紙に書かれていた陽大からの相談予定時刻は、バスケ部の活動が終わった後。どうせなら、その前に陽大が部活をしているところを見てみようという話らしい。
そんなわけで。
「ここから見るの、初めてかも」
俺と恋ヶ淵さんは並んで、体育館二階のギャラリーからコートを見下ろしていた。
館内にはボールが床を叩く音や、バッシュがキュッと鳴る音が響いている。まだ本格的な練習は始まっていないようで、部員たちはボールを使って身体を温めたり、互いにパスを出したりしながら準備を進めていた。
体育館は中央で区切られ、男子バスケ部と女子バスケ部がそれぞれ半面ずつコートを使用している。
「陽大は……あ、いた」
男子バスケ部の方へ視線を向けると、見慣れた姿をすぐに見つけることができた。体操服姿の陽大が、他の部員と一緒にパスを回している。
普段のあいつは、バカなことを言っている印象しかないけれど、今コートに立っている陽大の表情は真剣そのものだった。
「あ、未萌もいた」
恋ヶ淵さんの声に、今度は女子バスケ部のコートへ視線を向ける。そこには、逢ヶ埼さんの姿があった。肩まで伸びた髪を後ろでまとめ、他の部員たちと一緒に準備をしている。
「バスケやってる時の未萌って、すごくカッコいいんだよ。普段の未萌しか知らないと、結構びっくりすると思う」
「普段って、あのダルそうな感じ?」
「そうそう。眠いーとか、疲れたーとか、いっつも言ってるのに、バスケやってる時はシャキッとしてて全然違うの」
そんな会話をしているうちに、練習が始まった。しばらく逢ヶ埼さんの姿を目で追って――俺はすぐに、恋ヶ淵さんの言っていた意味を理解した。
「……本当に、全然違うな」
「でしょ?」
恋ヶ淵さんがどこか自慢げに笑う。コートの中を駆け回る逢ヶ埼さんは、普段の姿からは想像できないほど機敏だった。素早くパスを受け、そのままドリブルで相手をかわす。シュートを放てば綺麗な弧を描いたボールがリングへと吸い込まれていった。
「めっちゃうまいな」
「未萌、女バスの一年生で唯一のレギュラー候補なんだって」
「ああ、それは聞いたことある」
「そうなの?」
「陽大情報」
その一言で納得したらしい。恋ヶ淵さんは「なるほど」と言いながら、コートからは視線を逸らさない。
逢ヶ埼さんがまたシュートを決める。普段の気怠そうな雰囲気は完全に消え、真剣な表情でコートを走り回っていた。同じ人物だと分かっているのに、別人を見ているような気さえしてくる。
「確かにカッコいいな」
「でしょ?」
恋ヶ淵さんが嬉しそうに笑った。
「未萌って、普段はあんな感じだけど、バスケのことになるとすごく真面目なんだよ。中学の頃からずっとやってるし」
「ギャップが凄いな」
「そこが未萌のいいところです」
「なんで恋ヶ淵さんが得意げなんだよ」
「親友なので」
胸を張る恋ヶ淵さんがおかしくて、少しだけ笑ってしまう。
そのまま、再びコートへ視線を戻す。そういえば、陽大はどうしているだろうと男子バスケ部の方へ目を向ける。
こちらも練習が本格的に始まっていて、陽大は他の部員たちと一緒にコートを走っていた。普段のふざけた様子はどこにもない。仲間からパスを受け、ゴールへ向かってドリブルする。そのままジャンプして、シュート。
ボールがリングに当たり、弾かれた。陽大が悔しそうな顔をする。直後、再びボールを受け取ってシュートを放つも、残念ながらゴールには入らない。
「……なんか、今日の陽大おかしいな」
「そうなの?」
「うん。あいつ、もうちょい上手かったと思うんだけど」
中学時代から付き合いがあるので、陽大がバスケをしているところは何度か見たことがあるし、俺はとある理由で女子バスケの練習を眺めることも多くあった。
そんなわけでバスケの活動は見慣れているのだが、今日はやけにシュートミスが多い。それに、時折集中力が途切れているようにも見える。
陽大が再びシュートを放つ。また外した。そして、悔しそうに頭を掻いた後――ふと、こちらを見上げた。
「……ん?」
目が合った……ような気がした。距離があるので確信は持てない。けれど次の瞬間、陽大の動きが明らかに固まった。
「どうしたの?」
「いや……今、あいつと目が合った気がする」
俺の言葉を聞いて、恋ヶ淵さんも陽大へ視線を向ける。その直後、陽大が思いっきりパスを取り損ね、ボールが顔面に直撃した。
俺と恋ヶ淵さんは無言でその光景を見つめる。陽大が鼻を押さえてしゃがみ込み、周囲の部員たちが慌てて駆け寄っていった。
「……大丈夫かな?」
「まあ、陽大だし大丈夫だろ」
「愛葉くん、想川くんの扱い雑じゃない?」
「あいつ頑丈だから」
そんなやり取りをしながら、再びコートを見る。逢ヶ埼さんは相変わらず機敏にコートを駆け回っていた。陽大も顔面にボールを食らったダメージから復活したらしく、練習へと戻っていた。
「大丈夫そうで良かった。それにしても、二人ともカッコいいね」
「……まあ、そうだな」
素直に同意する。いつもと違う場所で見ると、人の印象というのは随分と変わるものらしい。
普段ふざけている姿ばかり見ている二人だからこそ、真剣に何かへ取り組んでいる姿は新鮮だった。
それから俺たちは、ギャラリーから二人の練習を眺め続けた。時折、恋ヶ淵さんとどうでもいい話を交わしながら。
気が付けば随分と時間が経っていたようで、部員たちが片付けを始めている。
「そろそろ終わりそうだね」
「みたいだな」
スマホで時間を確認する。陽大との約束の時間までは、まだ少し余裕があった。
「先に行って待ってるか」
「うん。そうしよっか」
俺と恋ヶ淵さんはギャラリーを後にする。向かう先は、陽大が相談場所として指定してきた体育館裏。
昨日まで、俺に恋愛相談のことを隠そうとしていた陽大。当然、あいつは俺が恋ヶ淵さんの活動を手伝っていることなんて知らない。
俺と恋ヶ淵さんが揃って待っていたら、あいつは一体どんな顔をするのだろう。
そんなことを考えながら、俺は恋ヶ淵さんと並んで体育館を後にした。




