018話:恋ヶ淵さんと親友の恋⑤
それからしばらくの間、陽大は体育館裏の地面にしゃがみ込み、頭を抱えたまま動かなかった。
「……終わった。俺の青春、終わった」
「大げさだろ」
「大げさじゃねえよ! ほぼ告白じゃん、あんなの!」
ようやく顔を上げた陽大は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「しかも逢ヶ埼、完全に察してたよな?」
「まあ……」
「恋ヶ淵さんも分かった?」
「えっと……うん」
「ほらあ! もうダメだ。明日からどんな顔して逢ヶ埼に会えばいいんだよ。同じクラスなんだぞ……しかも部活も一緒なんだぞ」
陽大は大きな溜息を吐くと、その場に座り込んだまま体育館の壁に背中を預けた。先ほどまでの騒がしさが嘘のように、その表情は沈んでいる。
「……こうなったら話すけどさ。俺、逢ヶ埼のことが好きなんだ」
「……まあ、前から知ってたんだけどな」
「なんで!?」
「昨日、逢ヶ埼さんのこと可愛いって言った時のお前の反応が分かりやすすぎた」
「マジかよ……」
「私は知らなかったよ。想川くんが未萌のこと好きだったなんて」
恋ヶ淵さんが陽大の前にしゃがみ込み、興味深そうに顔を覗き込む。恋バナ大好きモード発動の準備に掛かっている気がした。
「いつから好きなの?」
「えっと……最初は別に、なんとも思ってなかったんだよ」
陽大は少し照れ臭そうに頬を掻いてから、思い出すように続ける。
「同じクラスだからさ、普通に話すことはあったけど、それくらい。なんかいつもダルそうにしてる奴だなーって思ってた。でも、部活で逢ヶ埼がバスケしてるところを見て、ちょっと印象変わったんだよな」
その言葉に、今日見た逢ヶ埼さんの姿を思い出す。普段の気怠そうな雰囲気はどこへやら、コートの上を縦横無尽に駆け回り、次々とシュートを決めていた姿はとてもカッコよかった。
「めちゃくちゃ上手いんだよ。女バスの一年じゃ頭一つ抜けてると思う。だから最初は、単純にすげえなって思ってただけだった」
「じゃあ、他に何か好きになるきっかけがあったの?」
恋ヶ淵さんの問いに、陽大は頷く。
「少し前の部活終わりにさ、たまたま近くの公園を通ったんだよ。そこ、バスケのゴールがあるんだけど……逢ヶ埼が一人で練習してたんだ」
部活が終わったあとに、一人で練習をしていたという事実を聞いただけで、逢ヶ埼さんに対する印象がまた変わった。いつもダルそうにしているが、実は努力家なのかもしれない。
「最初は声かけないで帰ろうと思ったんだけど、なんかすげえ真剣な顔して練習してるから、気になって見てたんだよ。そしたら逢ヶ埼に気付かれて、なに見てんのー? って言われたから、一人でやってんなら付き合おうかってなって」
「うんうん! それでそれで? 一緒に練習したの?」
恋ヶ淵さんが身を乗り出す。これは、そろそろ恋バナ大好きモードが発動するなという予感がした。
「練習っていうか、そのまま1on1やることになってさ。最初は女子相手だし、ちょっとくらい手加減した方がいいかなーとか思ってたんだけど」
「それ、未萌にやったら怒られるよ」
「うん。普通にボール取られて、やる気ないなら帰ってって怒られた」
その時のことを思い出したのか、陽大の表情が少しずつ明るくなっていく。
「それで俺も本気になってさ。気付いたら、二人でずっと1on1やってた」
陽大が一本決めれば、逢ヶ埼さんも一本返す。抜かれれば、次は絶対に止めてやろうと食らいつく。男子である陽大が相手でも、逢ヶ埼さんは一歩も引かなかったらしい。
「結局、どっちが勝ったの?」
「覚えてない。途中から数えるのやめたんだよ。どっちも本気になりすぎて……ただ、めちゃくちゃ楽しかったんだよな」
その笑顔を見ていると、本当に楽しかったのだろうということが伝わってくる。
「それで、暗くなってきたからそろそろ帰るかってなってさ。二人とも汗だくで、もうヘトヘトだったんだけど」
そこで陽大は一度言葉を止めた。少し照れ臭そうに鼻の下を擦る。
「逢ヶ埼が笑いながら言ったんだよ――想川バスケ上手いじゃん。一緒にレギュラーになれるよう頑張ろーよって……その笑顔見て惚れた」
「ーーーーーーっ!!!」
陽大の話を聞き終えた恋ヶ淵さんが、身を屈めた状態のまま身体を震わせていた。
そして、顔を上げた瞬間「すっごく素敵な恋だね!」と興奮した声で言った。
出た。恋バナ大好きモード。恋ヶ淵さんの瞳がキラキラと輝いている。
「普段とのギャップに惹かれて、一緒にバスケの練習して、お互いに頑張ろうって約束して……そこから好きになったんだね! 素敵! 私、応援するよ! 想川くんの恋、全力で応援する!」
両手を胸元で握り締めながら、恋ヶ淵さんが興奮気味に宣言する。
「お、おお……ありがとう、恋ヶ淵さん」
その勢いに若干押されながらも、陽大は嬉しそうに礼を言った。しかし、すぐに現実を思い出したらしい。その顔が再び曇る。
「でも、もうバレたんだよな……明日からどうしよう……教室入ったら逢ヶ埼がいるんだぞ。何もなかったみたいにした方がいいのか? いや、何もなかったことにはできないだろ。絶対向こうも意識するだろうし……部活だってあるし……」
先ほどまでの元気はどこへやら。また地面へ沈んでいきそうな勢いだ。
「えっと……」
恋ヶ淵さんも困ったらしい。先ほどまで輝いていた瞳から一転、どう声をかければいいのか分からないといった様子で俺を見る。
俺に助けを求められてもな。とはいえ、このままだと陽大はいつまでも頭を抱えていそうだ。
「……まあ、いいんじゃないか?」
「何がだよ」
「考えてみろよ。恋ヶ淵さんに相談すると、恋が叶うんだろ?」
「……ん?」
「ジンクスが本当なら、お前の恋もそのうち成就するんじゃないか?」
「……そうじゃん。そうじゃん! 俺にはジンクスがあるじゃん!」
陽大はさっきまでの落ち込みが嘘のように勢いよく立ち上がった。
「恋の女神がついてくれてるんだから、大丈夫だよな!」
「ちょ、ちょっと待って! その呼び方やめてよね! 恥ずかしいんだから!」
恥ずかしそうに首を振る恋ヶ淵さん。初めて聞く呼び名に俺は首を傾げる。
「恋の女神?」
「知らないのか? 恋ヶ淵さんに恋愛相談すると恋が叶うってジンクス。そのジンクス知ってる奴らの間じゃ、恋ヶ淵さんのこと恋の女神って呼んでる奴もいるんだよ」
なるほど。確かに、恋愛相談をすれば恋が叶うなんて噂が広まっているのなら、そんな大層なあだ名が付いていても不思議ではない。
「もう……本当に恥ずかしいんだから、その呼び名」
当の本人は気に入っていないらしく、耳まで赤くして俯いてしまった。
「でも、そうだよな! まだ終わったわけじゃない! 待てよ、むしろ先にバレたことで、逢ヶ埼も俺のこと意識し始めるかもしれない!」
関心するくらいにポジティブな思考だ。つい数分前まで俺の青春、終わったと絶望していた奴と同一人物とは思えない。
「まあ、どうなるかは分からないけど、うまくいくといいな」
「おう!」
いつもの陽大に戻ったようで少し安心した。こいつはきっと、明日になれば逢ヶ埼さんを前にしてもいつも通りの調子に戻っているのだろう。
失敗するかもしれないとか、傷付くかもしれないとか、そんなことを考えて立ち止まるより、なんとかなると笑って進んでいく。
昔から、陽大はそういう奴だった。そんな単純さを呆れながら眺めつつ、ほんの少しだけ羨ましいとも思った。




