010話:恋ヶ淵さんと幼馴染への恋③
「私……気持ちを伝える」
しばらく迷っていた様子の片瀬さんは、決心したようにその言葉を口にした。
彼女がそう決めたのであれば、俺たちのお役はごめんだ。あとは彼女が行動を起こすだけ。
「そっか……頑張ってね」
「うん。ありがとう、真奈ちゃん。愛葉くんも」
「俺はほとんど何もしてないけどな」
「そんなことないよ。二人の意見を聞けたから、ちゃんと自分で決められたんだと思う」
そう言ってもらえるなら、ここに来た意味も少しはあったのかもしれない。
俺は残っていたアイスコーヒーを飲み干すと、テーブルの上に置いていたスマートフォンをポケットへとしまう。
「じゃあ、俺はそろそろ――」
「あ、待って!」
席を立とうとした瞬間、片瀬さんに呼び止められた。
「その……二人とも、一緒に付いてきてくれないかな?」
「……どこに?」
なんとなく嫌な予感を覚えながら、聞き返す。すると、片瀬さんは恥ずかしそうに視線を落とした。
「これから……告白しに行こうと思ってて」
まさかの即日決行だった。行動力えぐいだろ。
「実は、今日会う約束してるの。真奈ちゃんに相談したあと、昼過ぎから二人で遊ぶことになってて……」
「なるほど。じゃあ頑張って」
「うん。ありがとう」
「応援してる」
「ありがとう」
「じゃ、俺はこれで」
「待って!」
二度目の制止。おかしい。綺麗に別れの挨拶まで済ませたはずなのに。
「だから……二人にも、このあと付いてきてほしいなって」
「いやいやいや、相談に乗るところまでは分かるけど、告白場所まで付いていくのは違うだろ。というか、普通に邪魔じゃないか?」
「でも……一人だと不安で。近くに二人がいてくれたら、心強いかなって」
「気持ちは分かるけどさ……」
ちらりと恋ヶ淵さんを見る。こういう時こそ、彼女からも言ってやってほしい。
俺たちの役目は相談に乗るところまで。あとは片瀬さん自身が頑張るべきだ、と。そんな期待を込めて視線を向けたのだが――。
「……」
恋ヶ淵さんの様子がおかしい。
「……恋ヶ淵さん?」
「告白……」
「え?」
「これから……告白するんだよね?」
顔を上げた恋ヶ淵さんを見て、俺は悟った。
あ、駄目だ。目がキラッキラしてる。頬もほんのり赤く染まっている。恋バナ大好き、恋ヶ淵さんモード発動しちゃってる。
「そ、それじゃあ俺は――」
危険を察知した俺は鞄を手に取り、素早く席を立って二人に背を向ける。
「愛葉くん」
「……はい」
妙に圧のある声が飛んできた。恐る恐る振り返ると、恋ヶ淵さんが満面の笑みを浮かべていた。
「助手なら、最後まで一緒に見届けないとね?」
「いや、恋ヶ淵さん。前に言ってたよな? 俺たちは相談に乗って、あとは本人がどうしたいのかに任せるって」
「うん!」
「だったら、もう俺たちの役目は終わりだろ?」
「結果を見届けるところまでが活動範囲です!」
「そんなことも言ってたな!」
しまった。過去の恋ヶ淵さんが、現在の俺の逃げ道を完全に塞いでいる。
「でも、結果をあとで聞くとかでも」
「愛葉くん」
「はい」
「行こう?」
キラキラと輝く瞳に、朱に染まった頬。先ほどまで片瀬さんの悩みを真剣に聞いていた姿はどこへやら。今の恋ヶ淵さんからは、これから始まる恋愛イベントに対する期待が、全身から溢れ出している。
そして、なぜだろう。笑顔なのに、断れる気がしない。俺は大人しく座り直すしかなかった。
「ふふっ」
俺が座ったのを確認すると、恋ヶ淵さんが満足そうに笑う。その笑顔はいつもなら魅力的なはずなのだが、この時の俺は辟易してしまった。
「真奈ちゃん、ありがとう。愛葉くんも」
「いや、俺まだ了承した覚えないんだけど」
「でも座ったよ?」
「……圧力に屈しただけだからな」
俺の抗議など聞こえていないらしい。片瀬さんは両手を胸元で握り締め、小さく息を吐いた。
「大丈夫……大丈夫だよね。だって、真奈ちゃんに恋愛相談したら恋が叶うっていうジンクスがあるんだから。私もきっと大丈夫。うまくいく……よね?」
「ジンクスが本当かどうかは分からないけど、私たちが陰から全力で応援してるからね! 依子ちゃんの恋が叶うように、最後までちゃんと見届けるから!」
「真奈ちゃん!」
「依子ちゃん!」
なぜか二人の間に妙な一体感が生まれていた。今にも手を取り合いそうな二人を前に、俺だけが完全に置いていかれている。
軽い気持ちで手伝いを引き受けた数日前の俺に言ってやりたい。
お前、思ってるより面倒なことに巻き込まれてるぞと。




