009話:恋ヶ淵さんと幼馴染への恋②
「私、告白した方が良いのかな? それとも、このまま何も言わずに、いまの関係を続けた方が良いかな?」
片瀬さんからの質問は、恋ヶ淵さんへと向けられていた。事前に彼女のスタンスを聞いていた俺は、その答えについては片瀬さんがどうしたいのかに委ねられるのだろうと思った。しかし、恋ヶ淵さんは俺の予想とは違う発言をした。
「愛葉くんは、どう思う?」
まさか、俺に質問が飛んでくるとは思わなかった。片瀬さんと、恋ヶ淵さん。二人の視線が俺に集中する。
俺はただの助手みたいなものだろ?
なんで俺が意見を求められるんだ?
さっき思った通り、恋なんかに興味ない俺は意見なんて持ち合わせてはいない。だから、俺はそれを正直に伝える。
「いや、俺に聞かれてもな……分からないよ。告白するかどうかを決めるのは片瀬さんな訳だし。俺が何か言ったところでだろ?」
「うん。もちろん、最後に決めるのは依子ちゃんだよ」
「だったら――」
「でも、愛葉くんだったらどうするのか。それを聞いてみたいなって思って」
恋ヶ淵さんが真っ直ぐに俺を見る。
どうしてそんなことを聞くのだろう。恋愛相談に乗っているのは恋ヶ淵さんで、俺はただの助手だ。恋に興味があるわけでもなければ、誰かに偉そうに語れるほど、恋愛経験が豊富なわけでもない。
それでも、恋ヶ淵さんは俺の答えを待っているようだった。
俺は一度口に含んだアイスコーヒーを嚥下してから、仕方なく片瀬さんの話を自分に置き換えて考えてみた。
小さい頃から、ずっと一緒にいた幼馴染。今でも仲が良くて、一緒に帰ったり、休みの日には二人で遊んだりする。
だけど好きだと伝えた瞬間、その関係が壊れてしまうかもしれない。だったら……。
「……俺なら、言わないかな」
俺の答えが予想外だったのか、片瀬さんと恋ヶ淵さんの二人が僅かに目を見開いた。
「今の関係が大切なら、わざわざその関係が壊れるかもしれないことをする必要はないだろ」
「でも、好きなんだよ?」
恋ヶ淵さんが静かに問いかけてくる。
「好きでもだよ。告白したからって、絶対にうまくいくわけじゃないだろ……その先で傷付く可能性だってある」
「それは……そうだけど」
「だったら、今の関係を続けるっていう選択肢があってもいいと思う。片瀬さんの話を聞く限り、今だって十分仲が良いみたいだし。その関係を壊すリスクを負ってまで気持ちを伝える必要があるのかなって」
俺だったら、そうする。手に入るかも分からないものに手を伸ばして、今持っている大切なものまで失うくらいなら、何もしない。
少なくとも、その方が傷付かずに済むということを俺は知っている。
「……そっか」
恋ヶ淵さんが小さく呟いた。否定されるかと思ったが、彼女は俺の言葉を噛み締めるように、一度ゆっくりと頷いた。
「愛葉くんは、今の関係を大切にした方がいいって思うんだね」
「まあ……俺だったら、だけどな」
「うん。そういう考え方もあると思う」
そう言ってから、恋ヶ淵さんは片瀬さんへと視線を戻した。
「私はね、本当にその人のことを好きで、今の関係のままじゃ嫌だって思ってるなら……気持ちは伝えた方がいいと思うかな」
「真奈ちゃんは、告白した方がいいと思う?」
「私だったら、だけどね」
俺とは正反対の答えだった。
「もちろん、怖いと思うよ。告白しても、相手が同じ気持ちとは限らないし、それまでと同じ関係ではいられなくなるかもしれない」
そこまで言って、恋ヶ淵さんは少しだけ考えるように視線を落とした。
「でも、好きって気持ちって、ずっと同じ場所に置いておけるものなのかなって思うの」
「同じ場所?」
「うん。依子ちゃんは、ただの幼馴染でいるのが嫌なんだよね?」
「……うん」
「だったら、何も言わずに今の関係を続けたとしても、苦しいだけなんじゃないかな」
その言葉に、片瀬さんが黙り込む。俺は何も言えなかった。
「好きだって気付く前なら、ただ一緒にいるだけで幸せだったのかもしれない。でも、今はもっと近くにいたいって思ってる。だったら、その気持ちをずっと隠したまま隣にいるのは、きっと苦しいから」
「だから、伝えた方がいい?」
「えっと、私だったら、苦しいままでいるくらいなら、気持ちを伝えるかな……でも、愛葉くんの言ってることだって分かるよ。今の関係を大切にしたいっていう気持ちも分かる」
恋ヶ淵さんが俺を見る。
「愛葉くんは、今ある大切な関係を守りたい」
そして、今度は片瀬さんを見る。
「私は、自分の気持ちを大切にしたいなら、伝えることも大事だと思う」
どちらが正しいとも、間違っているとも言わない。ただ二つの考え方を並べるようにしてから、恋ヶ淵さんは柔らかく笑った。
「だから、ここからは依子ちゃんが決めることだよ」
「私が……」
「うん。告白した方がいいとか、しない方がいいとか、私たちが決めることじゃないから」
恋ヶ淵さんは、テーブルの上に置かれた片瀬さんの手を見ながら続ける。
「今の関係が変わってしまうかもしれないっていう怖さと、それでも好きな人に気持ちを伝えたいっていう想い。依子ちゃんにとって、どっちの方が大きい?」
片瀬さんはすぐには答えなかった。アイスティーの中で溶けかけた氷がカラン、と小さな音を立てる。
しばらく考え込んだあと、片瀬さんはゆっくりと顔を上げた。
「私……」
その表情には、さっきまでとは少し違うものが浮かんでいた。




