011話:恋ヶ淵さんと幼馴染への恋④
カフェでそのまま三人で昼食を摂った後、片瀬さんとは別行動することになった。
片瀬さんは幼馴染と駅前で待ち合わせたあと、少し歩いた先にある神社で想いを伝えることにしているらしい。
俺と恋ヶ淵さんは、先回りして片瀬さんが言っていた香取御嶽神社という場所を訪れた。
「……で、なんで俺たちはこんなところに隠れてるんだろうな」
「しーっ、愛葉くん、声大きいよ」
「まだ誰も来てないだろ」
「そうだけど、念のため」
俺たちがいるのは、本殿の柱の陰だった。ここからなら境内の様子を確認できるうえ、柱に身を隠していれば、片瀬さんたちから見つかる心配も少ない。
とはいえ、境内の様子を窺うには柱から少しだけ顔を覗かせる必要がある。俺と恋ヶ淵さんは一つの柱の陰に身を寄せ、並んで片瀬さんたちがやってくるのを待っていた。
休日とはいえ、駅から少し離れた地元民しか来ないような小さな神社だ。境内に人の姿はほとんどなく、参拝客もやってこない。告白する場所としては、確かに悪くないのかもしれない。
「うまくいくといいな……」
隣から、小さな声が聞こえた。恋ヶ淵さんは本殿の柱に片手を添えながら、境内の入り口をじっと見つめていた。
心配そうに少しだけ眉尻を下げた横顔。相談を聞いていた時とは違う。恋バナを聞いて興奮していた時とも違う。本当に片瀬さんの恋がうまくいってほしいと願っているのが、その表情から伝わってくる。
つい最近まで、恋ヶ淵さんは俺にとってただ観察するだけの存在だった。それが今や、二人きりで神社に隠れているという、この状況。
妙に落ち着かない気持ちになっていった。意識しないようにすればするほど、今度は別のことが気になってくる。
隠れているせいで、普段よりもずっと距離が近い。少し身体を動かせば、肩が触れてしまいそうなくらいに。
休日に、制服ではなく私服姿の恋ヶ淵さんと、人気のない神社で二人きりというこの状況を意識した途端、急に恥ずかしくなってきた。
「愛葉くん?」
「な、なに?」
「どうかした?」
恋ヶ淵さんがこちらを覗き込んでくる。
ただでさえ距離が近かったのに、さらに顔を寄せてくる。
「なんか、急に静かになったから」
「いや……なんでもない」
平静を装いながら答える。恋ヶ淵さんは不思議そうに首を傾げたものの、それ以上は追及してこなかった。
「あっ!」
直後、恋ヶ淵さんが小さく声を上げた。
「来たよ、愛葉くん!」
「え?」
「あれ、依子ちゃん!」
恋ヶ淵さんの瞳が、一瞬にしてキラキラと輝き始めた。彼女の視線を追うと、鳥居の向こう側から二人の男女が歩いてくるのが見えた。
一人は片瀬さん。そして、その隣にはいかにも野球でもやっていそうな、坊主頭の男性。
「あの人が幼馴染か」
「多分そうだと思う」
「恋ヶ淵さん、楽しそうだね」
「そ、そんなことないよ? 依子ちゃんが心配なだけだから」
「目がキラキラしてるけど」
「これは……応援したいっていう気持ちが溢れてるだけです」
「さいですか」
そんなやり取りを小声でしながら、俺たちは本殿の陰から顔を覗かせ、二人の様子を見守る。
片瀬さんと幼馴染の男子は、境内の中央辺りで立ち止まった。そして向かい合い、何かを話しはじめる。ここからでは、声までは聞こえない。
「何話してるんだろう」
「聞こえないな」
「もうちょっと近くに――」
「行くな行くな」
前へ出ようとする恋ヶ淵さんの肩を反射的に掴む。
「あっ……」
急に触られたことに驚いたのか、恋ヶ淵さんが驚いたように声を漏らす。
「あ……ごめん」
俺は咄嗟に掴んだ肩から、慌てて手を離した。
「う、ううん」
また少しだけ、妙な空気が流れた。ただ、それどころではない。境内では、片瀬さんが何かを話し続けている。
俯いたり、顔を上げたり。胸元で両手を握り締めているのが、ここからでも分かった。
唐突に、片瀬さんが両手で顔を隠すように覆ってしまった。その肩が僅かに震えている。
「え……泣いてないか?」
「うん……」
さっきまでキラキラと輝いていた恋ヶ淵さんの瞳に、不安の色が浮かぶ。
もしかして、告白に失敗したのではないだろうか。俺たちは思わず顔を見合わせ、何も言えなくなった。
告白することを決めたのは、最終的には片瀬さん自身だ。それでも、俺たちの言葉が告白するという決断に影響したことは間違いない。特に恋ヶ淵さんは、気持ちを伝えることも大切だと話していた。
隣にいる恋ヶ淵さんの表情が、見るからに曇っていく。
だが、次の瞬間。
「……え?」
男子生徒が、急に泣いている片瀬さんを抱き締めた。片瀬さんも、彼の背中へと腕を回す。
どうやら、さっきの涙は俺たちが想像していたものとは違ったらしい。
「……成功したのか?」
「……した、みたい」
隣から、震えた声が聞こえる。恐る恐る恋ヶ淵さんを見ると――。
「~~~~っ!」
すごいことになっていた。両手で口元を覆い、顔を真っ赤にしながら、瞳をこれでもかというほど輝かせている。
とりあえず、これで一件落着か。そう思った直後だった。
抱き合っていた二人の顔が、ゆっくりと近付いていく。
いや、ちょっと待て。流石にそれは……というか片瀬さん、俺たちがこの場にいるってことを忘れてないか?
そんな俺の考えを他所に、二人の唇がゆっくりと重なった。
「……」
「……」
俺たちは、無言だった。ただただ、無言。何も言えない。なんなら、見てはいけないものを見てしまった気さえする。
俺はなんとも言えない気持ちになりながら、そっと隣を見る。
「…………っ」
恋ヶ淵さんも、こちらをを見ていた。
顔を真っ赤にして、瞳だけは相変わらずキラキラに輝いていて、そんな彼女と至近距離で目が合っていて。
数秒間、言葉では説明できない、なんとも言えない空気が俺たちの間を流れた。
そして俺たちは、ほぼ同時に境内へと視線を戻す。二人はまだ抱き合っていた。
「……帰ろうか」
小さく呟くように言った恋ヶ淵さんの言葉に、俺は無言で頷いた。
俺たちは物音を立てないように本殿の裏手から抜け出すと、片瀬さんたちに気付かれないよう、こっそりと神社を後にする。
無事に告白が成功し、片瀬さんの恋が叶った。それを素直に喜べばいいだけの筈。
なのに、俺の脳裏には二人の姿ではなく、さっき目が合った時の恋ヶ淵さんの顔が、いつまでも頭から離れてくれなかった。




