第9話 名もなき斥候の索敵
搬送路は、人が通るための道じゃなかった。
幅は狭く、所々に金属の車輪跡が残っている。昔は物資か遺体か、とにかく何かを運ぶために使われていたのだろう。
「英雄の記録庫、ね」
セリアが壁の古い文字をなぞる。
「英雄を祀るなら“記録庫”なんて言い方、妙じゃない?」
その違和感は俺も同じだった。
神殿でも墓標でもなく、記録庫。
まるで英雄そのものより、残された記録の管理を優先しているみたいだ。
索敵のスキルは、進むほどによく働いた。
足元の空洞。壁の薄い場所。隠れた罠のばね。死者の技術なのに、やけに実務的で、だからこそ頼りになる。
途中、天井から吊られたまま朽ちたままの縄梯子を見つけた。
その下には新しい靴跡。
「銀翼の牙だ」
俺がしゃがみ込むと、セリアが頷く。
「しかも人数は少ない。先遣隊だけで来たのかも」
俺たちは明かりを落とし、慎重に進んだ。
やがて開けた場所に出る。
そこは円形の小部屋で、壁一面に石板を差し込む棚が並んでいた。大半は空だが、いくつかはまだ残っている。
その中央に、砕けた記録台と、血痕。
新しい。
「最近ここで争ってる」
ミーナが震える声で言う。
彼女の視線の先、床には二つの石板が落ちていた。
一枚は踏み砕かれて読めない。
もう一枚には、辛うじて文章が残っている。
『第三封鎖の継続を命ず。表層への公開を禁ず――』
そこで文章は途切れていた。
「公開を禁ず?」
セリアが眉をひそめる。
俺は周囲の気配を探る。すると、索敵に引っかかるものがあった。
部屋の奥、棚の裏側だ。
剣を構えて近づくと、細い隙間から古びた筒が一本だけ転がり出てきた。
記録筒。
トーマが命がけで運んだものと同じ型だった。
俺が手を伸ばした瞬間、背後で足音が鳴る。
「見つけたぞ」
ガルドだった。
銀翼の牙のリーダー。長身の槍使いで、薄い笑みを浮かべたままこちらへ歩いてくる。その後ろには部下が二人。
「遺品回収屋が、随分と高い棚に手を伸ばしたもんだ」
俺は記録筒を拾い上げ、セリアを庇う位置へ下がった。
ガルドの目がわずかに細くなる。
「そいつはギルドへ返すべき品だ」
「だったら、なんで死者名簿を書き換えた」
一拍だけ、空気が止まる。
ガルドはすぐに笑った。
「何の話だ」
「とぼけるな」
セリアが一歩前に出る。
「あんたは私とトーマを切り捨てた」
ガルドはため息をついた。
「だから生き残れないんだ、お前は」
交渉の余地はない。
俺は記録筒を胸元へ押し込み、短剣を抜いた。




