第8話 誰も帰らなかった第五横穴
第五横穴は、迷宮都市の中でも縁起の悪い場所として知られていた。
浅層なのに崩落が多い。地図が書き換わる。斥候が方向感覚を失う。だからギルドも常時封鎖にはしていないが、積極的に近づく人間はいない。
「なるほど、嫌な感じ」
入口に立ったミーナが顔をしかめる。
彼女は戦えないので本来なら連れてくるべきじゃない。だが記録筒の中身を正確に読むには、古い文書に強い彼女の力が必要だった。
「危なくなったらすぐ下がれ」
「それ、戦えない人への言い方としては普通だけど、ちょっと腹立つわね」
「普通なんだ」
セリアが肩で笑った。
横穴の奥は、想像以上に静かだった。
魔物の気配が薄い。代わりに、何かがこちらを観察しているような冷たさがある。
途中、崩れた足場の陰で白骨を見つけた。
古い。だが腰袋だけは比較的新しい。
触れると、未練の色が浮く。
『地図を……戻せ』
名もなき斥候の死だ。
彼は方向を失い、出口を見つけられないまま力尽きたらしい。腰袋の中には書きかけの地図と、小さな方位石が入っていた。
それを握った瞬間、俺の視界に細い線が走る。
気配、風の流れ、足音の反響。通路の先に何がいるのか、ぼんやりと輪郭で掴めるようになる。
《索敵》。
「また顔つきが変わった」
セリアが気づいた。
「分かるのか」
「さっきより、周りを見てる目になった」
試しに前を指さす。
「角の向こう、三つ」
セリアが息を潜める。次の瞬間、岩陰から這い出てきたのは灰色の牙鼠だった。
小型だが群れると危険な魔物だ。
「本当にいた」
ミーナが青ざめる。
セリアが前へ出ようとするのを、俺は手で止めた。
「最初の一匹は俺がやる」
「は?」
俺は短剣を抜く。
剣士じゃない。まともな冒険者なら笑う姿だろう。
でも、索敵で軌道が見え、荷重歩法で足場が読めるなら、斬れない相手じゃない。
飛びかかってきた一匹の顎を、半歩ずらして躱す。踏み込みは小さく、短剣は喉元へ。
血が散る。
自分でも驚くほど、手応えは薄かった。
「……やるじゃない」
セリアがすぐ残りを片づけた。
戦闘が終わったあと、俺たちは斥候の地図を壁の刻印と照らし合わせた。
そこで初めて分かった。
第五横穴の終点だと思われていた壁の向こうに、もうひとつ通路がある。
しかも、地図の端にはこう記されていた。
『英雄の記録庫へ続く搬送路』




