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第7話 契約は一枚の血判から

東倉庫に記録筒はなかった。


代わりにあったのは、荒らされた木箱と、俺の部屋まで探ったらしい足跡、それから銀翼の牙の連中が残していった下品な笑い声の余韻だけだった。


「完全に後手ね」


セリアが舌打ちする。


まだ傷が完全には塞がっていないのに、彼女は剣を握る手だけはぶれなかった。


「いや」


俺は床に散った麻袋を一枚拾い上げる。


そこに薄く、灰色の残光が残っていた。


未練じゃない。直前の行動の残滓に近い。


「あいつら、見つけてない」


「分かるの?」


ミーナが不思議そうに覗き込む。


「分かる」


詳しくは言えないが、空振りした焦りの気配は誤魔化せない。


トーマは死ぬ前、記録筒をどこか別の場所へ逃がしたのだ。


「だったら、トーマの行動を追う」


セリアがそう言うと、俺は頷いた。


長屋、東門裏、死体置き場、排水路。そこから逆に辿れば、最後に誰にも見つからず物を隠せる場所が絞れる。


「教会の寄付箱」


ミーナがぽつりと口にした。


「は?」


「東外壁沿いの小教会。貧民街の子が困った時に駆け込む場所。トーマの妹も、春になったらそこへ行けって手紙に書いてあったんでしょ」


俺ははっとした。


トーマは妹が世話になる先を知っていた。なら、最後に残すものもそこへ託そうと考えてもおかしくない。


三人で夜の教会へ向かった。


神父はいない。灯りも消えている。だが裏手の小さな寄付箱だけが鍵つきで残っていた。


俺がトーマから回収した銅鍵を差し込む。


かちり、と軽い音が鳴った。


中に入っていたのは、細い金属筒と、短い紙片だけだった。


紙には震える字でこう書かれている。


『セリアさんへ もしこれを読んでるなら、俺は多分だめでした。お願いです。見たことを消させないでください』


セリアはしばらく動かなかった。


普段なら強い目をしている彼女が、その時だけほんの少しだけ泣きそうに見えた。


「あの子……」


金属筒に触れた瞬間、未練の色が静かにほどける。


トーマの声はもう震えていなかった。


『今度は、置いていかれないでください』


その言葉がセリアへ向けられたものだと分かった瞬間、彼女はぎゅっと拳を握った。


俺は筒を見下ろす。


ここから先は、もう単なる回収仕事じゃない。


見て見ぬふりをすれば、トーマもフィオも、セリアまで最初から死んでいたことにされる。


「ひとつ確認する」


俺はセリアへ向き直った。


「あんた、まだ戦えるか」


「舐めないで」


「じゃあ組もう」


セリアが目を細める。


「正式に?」


「ああ。俺は拾う。あんたは斬る。互いに隠し事は全部とは言わない。でも、背中を見捨てないことだけは決めたい」


ミーナが楽しそうに笑った。


「なんかそれ、冒険者っぽい」


俺は教会の机に置かれていた契約紙の端切れを借りた。


そこに自分の名前を書き、指先を切って血判を押す。


セリアも少しだけ驚いた顔をしたあと、同じように血を落とした。


「じゃあ、契約成立ね。回収屋」


「よろしく、剣士」


教会の鐘は鳴らない。


代わりに、金属筒の中から小さな石片が転がり出た。


そこには、英雄アークの紋章と、第五横穴のさらに先を示す古い地図の一部が刻まれていた。



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