第3話 外れ職、死者の足を継ぐ
《荷重歩法》を得て最初に分かったのは、世界が少し静かになったことだった。
足を置く場所が、自然と分かる。
石畳の欠けた場所。濡れて滑る場所。重心を乗せると沈む板。頭で考える前に、体が先に避けてくれる。
地味だが、驚くほど使いやすい。
その日、俺は東第二坑道の入口で荷崩れの片づけを手伝っていた。
回収屋の仕事は遺品を拾うだけじゃない。崩落で埋まった通路から荷物を引っ張り出したり、誰も行きたがらない浅層の掃除を押しつけられたりもする。
「レイン、そっちの木箱を先にどけろ!」
怒鳴られ、俺は黙ってうなずいた。
足元は泥、頭上の支柱は古い。いつ崩れてもおかしくない現場だった。
その時、不意に嫌な音がした。
ひび割れだ。
次の瞬間、左の壁がずるりと崩れ、荷箱が一斉にこちらへ倒れ込んでくる。
周囲が悲鳴を上げた。
俺も反射的に飛び退こうとして――体が勝手に動いた。
荷重歩法。
崩れた石の上を滑るように踏み替え、肩からぶつかってきた箱の勢いを受け流す。そのまま一人、足を挟まれていた作業員の襟首をつかみ、瓦礫の外へ転がり出た。
轟音のあと、土煙が立つ。
しばらく誰も動けなかった。
「……おい、今の」
作業員のひとりが俺を見る。
しまった、と思った時には遅い。
「回収屋のくせに、妙に動けるじゃねえか」
好奇の視線は好きじゃない。
俺は助けた男を地面に座らせ、短く言った。
「たまたまだ」
「たまたまであれができるかよ」
だが深追いされる前に、別の騒ぎが起きた。
崩落の奥から、割れた木箱と一緒に古い革の札入れが転がり出てきたのだ。
俺が拾い上げると、中には探索許可証の切れ端が入っていた。名前は掠れていたが、所属だけは読める。
銀翼の牙。
まただ。
昨日の荷運びトーマの鞄に続いて、どうしてあのパーティのものがこんな場所に落ちている。
坑道責任者が札入れを見た途端、顔色を変えた。
「それはこっちに寄越せ」
「銀翼の牙の持ち物か?」
「お前が気にすることじゃない」
有無を言わせぬ調子だった。
だが、その札入れには未練の色が残っていた。
俺は手渡す寸前に、ほんの一瞬だけ指を滑らせる。
『逃げろ』
耳元で女の声が弾けた。
『下じゃない、上へ――』
視界に、薄暗い横穴と、血まみれの剣を引きずる女が浮かぶ。背後から迫るのは魔物じゃない。人間だ。銀の羽根をつけた男たち。
幻は一瞬で消えた。
心臓が嫌な鼓動を打つ。
「返せ」
責任者の手が伸びる。
俺は何食わぬ顔で札入れを渡した。
でも、もう分かってしまった。
銀翼の牙は、荷運びの死に関わっている。
しかもまだ終わっていない。
上へ逃げろ――そう叫んだ女は、生きている。




