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香りの魔女と王宮の冷徹参謀  作者: 佐倉穂波


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閑話③

 謹慎処分。

 デュークはそれを不満には思わなかった—— むしろ、軽すぎるとさえ感じていた。


 王都外れの屋敷。

 魔術具の保管庫は封印され、研究も制限されている。静かな日々だったが、これまで胸の奥に燻っていた焦燥は、いつの間にか消えていた。


 執務室の窓辺で、デュークは紅茶を口にした。向かいのソファではイリオンが寝転がり、どこから持ち出したのか分からない果実をかじっている。


「退屈だなぁ」


「……お前は、時々抜け出しているだろう」


 監視の目をすり抜けることなど、イリオンにとっては造作もない。


「あはは、バレた?」

「私に隠し通せると思うな」

 軽い応酬の後、穏やかすぎる午後が流れていく。やがて、デュークが口を開いた。


「どうして、参謀長にあの場所を教えた」

 視線は窓の外に向けたまま。イリオンは天井を見上げている。

「うーん……ミアに言われたんだよねぇ」

 その名に、デュークの手がわずかに止まる。

「何をだ」

「デュークさんが、本当に魔塔独立を望んでるのかって。望んでいたのは、お父様だったんじゃないかってさ」

 カーテンが、風に揺れる。

「……私は、父の思想を継ぐべきだと思っていた」


 ぽつりと落ちる声だった。


「魔塔は王権から切り離されるべきだと。それが正しいと、信じていた」


 一拍。


「……だが」

 机に置いた手に、わずかに力が入る。

「迷いは、あった」

 吐き出すように、デュークは呟いた。

「王宮を敵に回してまで強行すべきか。私の代で血を流す覚悟があるのか」

 答えは、出なかった。


「うん」

 軽い相槌。

 イリオンは否定も肯定もせず、しばらく手に持った果物を見つめていた。

 それから、口を開いた。


「デュークさんが欲しかったのって、"独立"じゃないよね」

 間があった。

「……」

「魔術師が、ちゃんと価値を認められること。対等に扱われることだよね」


 デュークは答えない。

「お父様は戦った。でも、デュークさんは違うよね。戦いたいわけじゃない」


 デュークは目を閉じた。父の背中が浮かぶ。誇り高く、揺るがず、決して振り返らなかった背。その背を、追い続けてきた。だが——


「……私は」


 言葉が途切れる。小さく息を吐く。


「父の影を、背負いすぎていたのかもしれないな」


「うん。重そうだった」


 遠慮のない言葉だったが、嘲りはない。胸の奥に残っていた熱が、ゆっくりと冷めていく。


「参謀長は、怒っていたか」


「さあ? でも、嬉しそうではなかったね」


「当然だ」


「でもさ」


 イリオンは窓の外を見た。


「ミアは、怒ってなかったよ。迷いを信じるってさ」


 デュークの喉が、かすかに鳴る。


「……甘い」


「かもね。でも、あのとき踏み切ってたら」


 一拍。


「ミア、消えてたよね」

 軽い口調だった。だが、その事実は重い。沈黙が落ちる。午後の影が、長く伸びる。

「謹慎が解けたら、どうする」

「うーん……とりあえず、ちゃんと謝る?」

「今さらか」

「今さらだねぇ」


 二人とも、わずかに笑った。


「デュークさんは?」

「研究を続ける」

 迷いはなかった。

「だが——今度は、独立ではなく、協調を前提にする」


 父の思想ではない。自分で選んだ道だった。


「いいんじゃない? デュークさんらしくて。僕は、面白そうなら手伝うよ?」

「好きにしろ」

 デュークは、夕陽に染まる庭を見つめながら、静かに紅茶を飲み干した。その表情は——穏やかだった。

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