Chapter10_殺られる時は道連れだな。
渋谷ベースに出勤した理吹は、着替え等の身支度を済ませると3階に向かった。ダンスフロアを吹き抜けから見下ろす形で設けられたボックスソファには、既にいつもの面々が控えている。
「遅い、七川中尉」
理吹を見るや否や小言を突き付けたのは彩堂律華である。ブラウンの短髪を留めたクリップが照明を反射し、眼光に代わって理吹を睨んだ。
「即行で来ただろ」
同期の出世頭を遇らい、理吹はボックスソファの一角に着席した。隣では東原仙一が例の如くラップトップを操作している。
理吹の向かい側に座るリーゼリアが、軽く右手を挙げて「よっ」と言った。左手はホイップあんぱんを握っており、テーブルにはメーカーを跨いで同系統の商品が並んでいる。早くも日本における好物を確立したようだ。
「理吹お疲れー。好きな娘できた?」
リーゼリアの隣で紫煙を燻らせていた凜明が言った。年相応の軽快な声音に、理吹も釣られて平時のテンションを取り戻す。
「3日目で?」
そうは言いつつも、彼は3日間の高校生活で関わった異性の記憶を手繰り寄せた。今のところ最も印象が強いのは、やはりクラスメイトの萩村唯鶴に付随して知り合った依珠葉・ローレンスという3年生である。
しかし、彼女を話題にした場合はそのスタイルにも言及することとなるだろう。凜明と2人きりか東原を含めた3人であれば良いのだが、新入りのリーゼリアもいる場で敢えて低俗な話題に入ろうとは思わない。そもそもリーゼリアもまた依珠葉に比肩するスタイルの持ち主であり、目の前でそういった内容を口にすることはハラスメントに相当する。
またそれ以上に聞かせたくない相手が律華だ。冷たい上から目線を浴び、無言のまま小馬鹿にされることが明らかである。
10代らしい雑談を上官として棄却した理吹は、ラップトップを覗き込んで東原に問う。
「で、今回は何があった?」
「ん」
短い返事と共に東原が画面を切り替え、護神兵の北海道支部が作成した報告書を表示する。
「幌延?警戒リストに入ってる所か」
理吹はまず地名に反応した。極端な過疎地域は魔道組織などの潜伏先として選ばれ易いため、その他の諸条件を踏まえた上でリスト化されている。
「1月に行った下川より北だっけ?」
「ああ。駅なんかは一周回って観光名所だとさ」
凜明がメンソールの煙を吐きながら言い、応じた東原が北海道北部の皮肉な実情を付け加えた。
報告書を読み進めた理吹の表情が苦々しいものになる。
「矢沢さん死んだのか」
特段親しい仲ではないが、十分な友好関係にあった先達の死。またそれ以上に、未成年の魔術士複数名が併せて犠牲となっている。理吹は義憤と不快感を禁じ得なかった。
「井上中佐がヘマしたんだってさ。あの人に北海道全域の管理は無理だって、鈴木さんと俺は前から突き上げてたんだけど」
東原が言う。愚痴と小言を足して割らない口調だった。
「北海道を3つの管区に分けるって案だよな。あと今回みたいな状況は本部が即応っていう」
理吹はその突き上げの一件を記憶している。言及した案だが、組織改編の手間を嫌った情報管理局と面子に拘泥した北海道支部の双方が反発したために立ち消えとなっていた。
そこで珍しく、同期達の会話に混ざる形で律華が口を開く。
「私達、少なくとも直属の上官には恵まれているだろ」
彼女の何気ない発言に対する理吹と東原の反応は冷たい。というより、単なる無視であった。
護神兵という組織の存在も、そこに取り込まれた背景も極まった不正である以上、何が「恵まれている」のか。それが2人の認識だった。
準軍事組織の指揮官としては優秀な煌条穂熾に関しても、所詮は日本共和国を表裏から恣に御する特権階級の筆頭。不正と陰謀、果てに売国。重ねた所業を器量や実績によって正当化できる道理は無い。
敢えて口には出さないが、そこには同じ境遇とは思えぬ決定的な分断が存在していた。
その表面化を防ぐように凜明が言う。
「んで律華ちゃん、今すぐ道北まで出撃って感じ?」
「夏少尉……ここでは階級を付けろ」
相変わらず敬語は求めない律華は、腕時計を見て続ける。
「“杉並学校”から候補生が5人来ている。もう少し待て」
それを聞き、東原はカラーレンズ越しに鋭利な視線を律華に向け、凜明の表情から陽気が消えた。一見動じていない理吹だが、無意識のうちに魔力の揺らぎという形で殺気を実体化させている。
リーゼリアだけが文脈を解せない。彼女は頭頂に疑問符を浮かべつつ、食べ終えたホイップあんぱんの包装を結び始めた。
†
5名の『候補生』は地下フロアの射撃場に集められていた。
理吹達が姿を見せると、皆が一斉に敬礼を行う。中央に立つ少女のそれに関しては正規軍のベテラン下士官さながらの見事なものであったが、護神兵という組織に慣れていないことの証左とも言えた。
中央の彼女は続けて名乗る。
「杉並学校から参りました。魔術士候補生、野見山千明上級曹長です」
杉並学校とは、護神兵に取り込まれた魔族を『実戦投入に足る魔術士』へと育成する機関である。施設としては東京都杉並区に位置することが名称の由来だ。
順に氏名と階級を述べていく、自分達より僅かに幼い少年少女を冷めた目で眺め、理吹が呟く。
「中坊の引率か」
つい先日に救出した白縫深影もまた、一歩間違えればこうなっていた。義務教育も終えぬ時期に社会から隔絶され、気付いた時には抜け出せない状況に置かれてしまう。
社会を公正に取り仕切るべき大人達——政府やそれに属する機関こそが主犯であるという現実に、抑圧され切った子供達は服従する他ない。
「俺は反対だ。魔術士戦力を補充しなきゃならない状況で候補生を投入なんて、本末転倒だろ」
改めて東原が異議を唱えたが、律華の反応は冷淡である。
「その戦力の候補に、大佐や局長は最低限の実戦経験を積ませたいらしい。卒業試験のようなモノだろ」
彼女は淡々と護神兵としての決定を述べた。
無論、候補生からの繰り上げのみで北海道支部の魔術士戦力を補充する訳ではない。複数の支部からベテランと評して差し支えない水準の魔術士を選定し、内示も済ませている段階である。
今回の『卒業試験』は、護神兵全体における数合わせも考慮した措置だった。
そして試験という性質を持つ以上、一種の篩に掛けることは当然とされ、結果として死者が出る可能性も織り込まれている。具体的には1〜2名の死亡は許容範囲であり、初陣から生還した者達の反面教師となればよい——と割り切られていた。
「私と理吹がサッサと片付けろって話かもしれないけどさ……」
平素とは異なる渋い表情で凜明が溢す。彼女や理吹、ついでに律華は眼前の候補生達より遥かに早く初陣を済ませているが、そちらの方がレアケースである。
「そういや律華、ムーンフェイズの件はどうなるんだ?」
候補生達から一度視線を外し、理吹は律華に問う。幌延町の件は緊急性が高いとはいえ、関与していた案件を中断するような決定には疑問があった。
それに対して、律華はつい先程知らされた情報を告げる。
「連中の追撃は響理会が行うらしい。内務省に隠蔽工作の依頼が来ていた。あと階級を付けろ」
響理会側の動きが無くとも幌延町における作戦自体は強行されたのだが、結果的に手隙の戦力を回す形となった。
兎も角、理吹としてはここで響理会に動かれることは不本意である。日本人を害する作戦が実行されたとしても、自身が遠ざけられた状況では横槍を入れられないためだ。
理吹の小さな不服が律華から深読みされる前に、東原が口を挟む。
「どうせいつも通り、米国の指示だろ」
その指摘は的を射ていた。合理か不合理かを問わず、妙に素早い決定や変更は『外部からの圧力』を受けた場合に見られる特徴である。
「局長のご判断だ。1つとはいえDIVAを手に入れた今、敢えて響理会に先んじて連中と戦う必要は無い」
律華が答えた。即席で用意された建前だが、実際にそう聞かされた彼女にとって嘘ではない。
その『局長』のスタンスをよく知る理吹は、思わず鼻で笑った。律華が彼を睨むより早く、射撃場の扉が開いてガンラックが運ばれてくる。
候補生達を含め、皆の注目がそちらに移った。ガンラックを運搬した2人の職員は、キャスターにロックを掛けると無言の敬礼を示して退出する。
「今回の任務においては、コレと近接武器以外の使用は認められない。魔術を中心に遂行してもらう。
なお七川中尉の場合、戦闘に際しては必ずDIVAを使用せよ……煌条大佐のご命令だ」
律華はそう言い、DIVAことリーゼリアに視線を向けた。
予想通りの指示を受けた理吹はガンラックに歩み寄り、立て掛けられた10丁の小火器を眺める。それらは日本共和国の正規軍——専守防衛軍にて正式採用され、広く使用されている20式小銃の派生型であった。
「統合揚陸隊や特殊作戦群が使ってるPDW仕様……どうやって調達したんだよ」
内務省と護神兵の底知れなさに呆れつつも、理吹は興味深げに1丁を手に取った。
通常のモデルと比べてバレルが短縮された他、ストックの着脱が可能となっている。並べられたマガジンから除く弾薬はサプレッサーとの相性が極めて良好な.300Blackout亜音速弾であり、バレルに関してはそちらに合わせられているようだ。
取り回しと静音性が考慮された、護神兵の任務の性質に適う装備と言える。
理吹はフォールディングストックを取り外した。魔力を纏うことでグレネードランチャーの反動すら無視できるならば、ストックやフォアグリップの類は基本的に不要である。一部の魔術士にとって、小銃やPDWは片手で振り回す得物だ。
次いでサプレッサーと薬莢受けを取り付ける理吹を横目に、凜明が律華に問う。
「ねぇ、私の魔装もダメな感じ?音は出さないから許可してよ」
「確認する。少し待て」
律華は短く答え、射撃場の隅に移動してスマートフォンを操作し始めた。
その様子を見た東原は彼女に代わって候補生達に傾注を促し、口を開く。
「コールサインの意味は理解しているよな?七川中尉がシーカー1、夏少尉がシーカー2。前衛として敵戦力の殲滅及び、魔術士の確保を担当する。
俺はキーパー1……戦闘エリアの監視と監督、伴って隠蔽工作の支援が担当だ。今回は野見山上級曹長にもキーパー2として手伝ってもらう。
他の4人はビーター1から4として、戦闘エリアの外縁部で哨戒と遊撃。敵や民間人を発見したら直ちに共有しろ」
本来コールサインは作戦毎に変わり得るものだが、東原達3人に関しては1年ほど固定されていた。
自らの装備品を整えた理吹が東原の隣に立って言う。
「要するに俺と凜明が殲滅するから、お前らは取り逃した敵を見つけて座標を伝えてくれればいい」
彼が意識的に示したやや高慢な自信は、初陣を迎えた候補生達のストレスを僅かながら軽減した。
そこで、これまで無言だったリーゼリアが会話に参加する。
「オレは七川中尉ことシーカー1殿の装備品をやってればいいのか?」
敢えて階級とコールサインを並べたのは、彼女なりの軽口だった。
「ああ。殺られる時は道連れだな」
殺られる気など毛頭無い理吹が軽口を返した。それを受けたリーゼリアは右の口角を上げて小さく笑い、更に言う。
「いざとなったらパージして逃げるよ」
こちらに関しては彼女の純粋な本音だった。
2人の遣り取りはそもそも“DIVAモジュール”なる魔導兵装を知らない候補生達を置き去りにしたが、少なくとも実戦の恐怖や死と半ば無縁の前衛がいるという事実は伝わったようである。
そんな中、候補生の1人が挙手して発言の許可を求めた。東原が了承すると、彼は遠慮がちに口を開く。
「あの、現地への移動ってどうなるんですか?」
今回の任務はその緊急性故に、旅程を悠長に設計してはいられない。不十分な背景情報のみを与えられた者からすれば気に掛かる点だ。
東原は僅かな逡巡を経て、現地への『急行』に際して採られる手法を明かす。
「内務省が保有するヘリを乗り継いで現地まで向かう。中継地点は仙台、函館、札幌……最後は作戦区域の上空から降下だ」
隠蔽のみを考慮した強引な移動手段と、物理的に雑な扱い。初陣の直前にそれらを知らされた候補生達は、ただ困惑するばかりだった。
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