Chapter9_久々のフルアーマメントですね。
4月10日。金曜日ということもあり、理吹らが属する1年1組は放課後に親睦会を開く運びとなった。参加者は35人中17人と半数程度であるが、前日の夜に提案された急な企画にしては、非常に集まりが良いと言えるだろう。
理吹も参加者の1人である。元よりこのようなイベントには多少の興味があったことに加え、最初に関わったクラスメイトである唯鶴の参加に後押しされた。
会場のファミリーレストランは価格帯の割に落ち着いた雰囲気で、高校生が大人数で集まることに向いた環境とは言い難い。しかし新生活の3日目から特段騒ぎ立てる者はおらず、店員や他の客から文句を付けられる心配は不要だった。
そんな親睦会の場で、理吹はクラスメイト達の顔と名前を一致させることに苦労していた。どうやら他人を記憶するには興味か強制力のどちらかが必要らしい。護神兵や評議会とは異なる集団に属し、理吹は自らの社交性の限界を知った。
「二次会カラオケだってさ。行く?」
卓を共有する杉下が理吹に問う。彼は教室で理吹の左隣、唯鶴とは反対側に座る男子生徒である。180cm近い身長に加えてそれなりに筋肉質な体躯は初対面の者を意図せず威圧してしまうが、そもそも修羅場を生活圏とする理吹には関係の無いこと。文藝部に所属し、動画視聴やネットゲームを好むインドア派であると知って親近感を抱き、唯鶴に続く2人目の友人としてカウントした。
「金無いからなー、微妙。そもそも歌う曲も無いわ」
2つの理由を並べて不参加を示した理吹だが、本音は後者である。金欠といえど学生料金のカラオケ代を支払えない程ではない。しかし、所謂『持ち曲』が無い状態で敢えて行く気にはなれなかった。
「まぁこういう集まりじゃ好きに歌えないよな。七川は普段、どんな曲聴くんだ?」
スマートフォンでJ-POPの新曲を検索しつつ、杉下は問いを重ねた。ほぼ全員が食事を終え、二次会への移行を控えている段階である。カラオケに向けた下調べが可能な時間は残り少ない。
アーティスト等をあまり意識しない理吹は「強いて挙げれば」と内心で前置きして答える。
「“Noble Phase”とか……」
「何だそれ」
聞き覚えの無い名義に、杉下が指を止めて言った。予想通りの反応を受け、理吹は軽く解説を加える。
「俺らが生まれるちょい前まで流行ってたバンド。もう解散してるけど」
メンバーの1人が病気療養の為に離脱し、済し崩し的な形で解散に至った――と理吹は記憶している。
「え、七川もノゥブル教信者?」
別の卓の面々と交流していた唯鶴が、理吹達と同じ卓に戻るや否や食い付いた。
「信者って……そこまでじゃないけど」
思いがけず現れた同好の士に困惑する理吹。好みのアーティストといえど、彼は多量の熱意を有している訳ではない。下手に語り合おうものなら俄ぶりを晒すのがオチである。
そんな機微を知らぬ唯鶴は、理吹の隣に座って続ける。
「クラス会とかじゃ歌いにくいよね。今の子達は知らないし」
「お前は自認何歳なんだよ」
目線がおかしな唯鶴の発言を受けて杉下が言った。旧いアーティストやコンテンツには、このようなファンも湧きがちである。
唯鶴はスマートフォンの画面を理吹に見せ、「どの曲好き?」と話を振った。理吹はメジャーかマイナーかを問わず、好みと感じた楽曲を示していく。下手に通ぶることはしない。
ややニッチな嗜好を通じて早々に距離感を短縮する2人を眺める杉下だったが、退店を呼び掛けるクラスメイトの声を受けてその興味を伝票に移した。
「カラオケ行く人ー!」
レストランを退店したところで、この会の主催者である男子が手を挙げて言った。唯鶴や杉下を含めた過半数が参加の意を示し、彼の下に集まっていく。
理吹が悩みつつも不参加を表明しようとしたところで、彼のバッグの中でスマートフォンが着信音を響かせた。通常の着信とは異なる設定の、やや不愉快な高音。
彼は敢えて応じない。着信音は3コールで鳴り止む。
――律華か。
これは、護神兵の彩堂律華が渋谷ベースへの呼び出しを行う際に使う手法だった。チャットも併せて送られているため受電の必要は無い。「聴こえたならば即座に来い」という、緊急性を示す合図である。
仮に無視しようものなら、律華自身が如何なる場所であっても乗り込んでくるだろう。
兎も角。
「今日は止めとくわ。明日、朝から予定あるし」
不本意ながら金欠と選曲を上書きする理由を得た理吹は、主催者の男子に二次会への不参加を明言した。その予定とは翌朝どころか、たった今から着手するものである。
「そうか?んじゃまた来週な」
カラオケの参加者を数えていた彼は、一瞬その手を止めて言った。
「あぁ、今日は楽しかったよ。ありがと」
快く見送られた理吹は礼を言い、唯鶴と杉下に手を振ってその場から去りつつ、自身の服装を確認していく。渋谷ベースへの出勤は傍から見れば繁華街にあるナイトクラブへの入場であり、特に夜間は相応の注意を要するものだった。
叢雨学園東京高等学校は制服を採用しているが、式典等が無い平時はジャージの他、私服の着用も容認されている。この日の理吹は私服のトラックジャケットとシャツを着用していた。ボトムスこそ制服のスラックスだが、一目で学生と判るデザインではない。バッグと靴もどちらかと言えば大学生や社会人が使いがちな物であり、夜の渋谷を徘徊したところで直ちに怪しまれることはないだろう。
さて、と内心で呟き、理吹は自らを魔術士のモードに切り替えた。学生として纏っていた穏やかな愛想笑いや不真面目な無気力を残しつつも、表情の明度と温度が低下していく。
足早にその場を去る彼は、背後から届いた微かな声が自身に向けられたものであることには気付かなかった。
†
カラオケボックスへの道中に位置するコンビニの前。
唯鶴はホットスナックを頬張る少女の姿を認識し、咄嗟に足を止めた。明るいブラウンの頭髪と長めの睫毛によって加点された第一印象を反転させるジト目は、確かに唯鶴を見据えている。
依珠葉に次いで彼と近しい立場にある響理会第9教団の助祭、式原灰音だった。見間違える筈が無い。
「ごめんやっぱりパスで!親から買い物頼まれてたの忘れてた!」
何らかの『用件』を察した唯鶴は、陳腐に過ぎる理由を捏ち上げてその場を離脱した。幸い、敢えて突っ込みを入れてくるクラスメイトはいない。
彼ら彼女らが皆カラオケボックスに入店したことを確認した後、唯鶴は灰音のもとに駆け寄る。
「すみませんね、オフの時に」
灰音がそう言って歩き出し、唯鶴も続く。2人は路肩に停められた軽自動車に乗り込んだ。
「何でここが?」
「依珠葉から聞きました。1時間前にチャットも送ってます」
困惑する唯鶴の問いに、運転席の灰音は口の中の肉を飲み込んで答えた。
「ごめん、気付かなかった」
唯鶴の謝罪を「別にいーですよ」と流し、彼女は紙袋を握り潰して続ける。
「“ムーンフェイズ”の拠点……ラヴクラフトの居処が判りました。明日の夜、殲滅作戦を行います」
「早いね。増員の影響が効いたにしても」
響理会の高官に片足を踏み入れた唯鶴が、そんな報告を素直に受け取って済ませることはない。彼の言葉に含まれたものを認識した灰音は、皮肉めいた口調で付け加える。
「どうやらアメリカ……CIAだか米軍だかのタレコミらしーですよ」
「アメリカが?」
「ま、そーゆーコトでしょうね」
唯鶴が示した不信を灰音は肯定した。
アメリカ合衆国が日本における響理会の活動を自発的に手助けする動機。まず考えられるのは、戦場を御膳立てすることで『日本に常駐する使徒』たる唯鶴の能力を把握せんとしている可能性だ。
日本国内において、アメリカ合衆国は形式的な事後承認のみで半ば無制限に軍を動かせる他、情報機関の類を現地政府公認に近い形で暗躍させられる。場所や時間を絞り込んでしまえば、唯鶴とムーンフェイズの戦闘を監視することなど造作もない。そして響理会からの制止が通用する相手ではない。
「あの国は21世紀に入ってからというもの、響理会とヤり合う態度が露骨ですから」
灰音が溜め息混じりに言った。
「第10独立教団が取り持ってた中東を荒らしたり、欧州にまで喧嘩売ったりね」
部下の言葉を引き継いだ唯鶴は、更に愚痴のように続ける。
「第3教団のフラナガン総帥はあんなだし」
北米大陸を管轄する第3教団だが、アメリカ合衆国の懐柔や圧力に屈しがちなことで知られている。総帥を務めるフラナガンⅠ等司教はアメリカ政財界との関係が深く、対立を避ける傾向にあった。
そのような実態は当然ながら響理会内部で問題視されているが、下手に強硬派を総帥に据えて関係悪化を決定付けるよりは良い、というテスマン大司教の判断により現状維持が選ばれている。
アジアやアフリカ、南米では容赦無い武力行使を続ける一方、アメリカ合衆国のような相手とは馴れ合いを選ぶ――そんな響理会のダブルスタンダードを唯鶴は嫌悪していた。
「それと、YとZの使用許可が下りました。久々のフルアーマメントですね」
灰音が話を本筋に戻して言った。やや意外そうな反応を見せる唯鶴に、彼女はタブレット端末を渡して続ける。
「何でも近隣で野外ライブが開かれるとか。第9教団で音響設備に細工をします。バカみたいな騒音に乗じて撃っちゃえって話です」
画面にはその野外ライブの公式ホームページが表示されていた。どうやら、つい先程のクラス会にて話題になったバンドのリーダーだった人物がMCを務めるらしい。因果なことだ。
「Yを使えるのは助かるけど、Zまで?」
アメリカ側による監視が必然の状況である以上、本来ならば切り札の使用は避けるべきところだった。そんな唯鶴の問いを受け、灰音は上層部が記した留意事項の要約を口にする。
「Zに関しては、ハデな痕跡を残さぬよう細心の注意を払うべし……って感じです。まぁ、使わずに済むならそれでいいんですけどね」
「了解。“カノンブレイザー”はギリギリまで控えるようにするよ」
唯鶴は敢えて「使わないように」とは言わなかった。
CQB用に過ぎないX装備、取り回しを犠牲にして火力を追求したY装備は、いずれも設計としては通常兵器に過ぎない。Z装備のみが、彼の能力を活かし切るべく存在する得物だった。強敵を相手取る状況において、使うという選択肢があるのならば使ってしまいたい。
遠慮や深慮の果てに敗北するなど、無様では済まされないことだろう。
唯鶴はタブレット端末でXYZそれぞれを表示させた。たった1人の為に構築されたシステムが、洗練されたUIで主を出迎える。
響理会の最高戦力が有する技巧と権能を十全に発揮させるべく設定された3段階の兵装。画面上においても唯鶴という主題を彩るオプションとして、単なるデータではなく精緻なモデルが配置されていた。特にZ――真に後が無い切り札は、その本領を忘れ華麗な翅を模っている。
実戦の荒々しい凄惨を理解せぬ、あるいは顧慮せぬ管理者の手中で飾り立てられているという事実は、唯鶴に相応の不快感を抱かせるものだ。
「総帥達が作戦の詳細を詰めるとか言ってますけど、このまま大聖堂行きでいいですか?」
カーナビゲーションを操作しつつ灰音が言った。
「分かった。お願い」
唯鶴が応じるや否や、軽自動車が動き出す。
灰音との会話が途切れたことで今更ながらクラス会の離脱を惜しむ唯鶴だが、ふと気になって再度口を開く。
「ところで灰音、免許持ってたの?」
「偽造ですよ」
そもそも彼女はまだ15歳である。
連載していると言ってよいか微妙なペースですが、何とか投稿。
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