Chapter8_奴らを送ってやれ。
2037年4月10日の夕刻。護神兵の本部たる渋谷ベースは、比較的珍しい関係者の訪問を受けていた。
華麗なラウンジを思わせる5階フロアに恭しく迎え入れられた2人の男。どちらも初老と言って差し支えない年齢に至っており、表裏共に見事な肩書きを有している。
訪問者の1人は松澤正太郎。内務省情報管理局の局長――即ち、護神兵という準軍事組織を率いる文官のトップである。中央省庁の組織風土を擬人化したようなその姿は、不愉快な状況に因る不本意な呼び出しを受け、極めて高圧的なオーラを纏っていた。
もう1人は山花茂頼。
現在、護神兵総監を務める武官である。専守防衛軍の参謀本部から出向してきた彼は、常にアウェイの立場に置かれていると言っても過言ではない。軍を欺く形で非合法組織に加担している後ろめたさも加わり、少将という階級には相応しくない凡庸な萎縮を見せている。
ゲストである彼らと、この場を取り仕切る煌条穂熾の前方には大型のモニターが置かれていた。液晶に映し出された中年の男に向けて穂熾が言い放つ。
「醜態を晒したな。井上中佐」
堂々たる立ち姿もあって、非難の言は画面越しでも緩和できない威圧を伴っていた。護神兵の北海道支部を指揮する士官は、若い上官に対して恐縮するばかりである。彼女の背後に座る2人の高官には、最早視線を向けることすら叶わない。
穂熾は冷厳に続ける。
「貴重な北海道支部の魔術士を擦り減らし、加えて名寄駐屯地に護神兵の動きを察知された、と」
改めて事態を聞かされた松澤の眼光が一段と鋭くなった。常日頃の会見にてフリーのジャーナリストに向けているそれが、生温く思える程である。
事の発端は3月下旬に遡る。
北海道幌延町にて、外国人と思しき不審な集団が確認された。他国にルーツを持つ住民自体は何ら珍しくない時代であるが、幌延町周辺は人の流出こそあっても流入は無く、宿泊先も限られる過疎地域。唐突に現れた何処に滞在しているかすら定かではない集団など、日本人であっても不自然極まりない。
内務省情報管理局が秘密裏に調査を進めたところ、その集団の中にとある高名な魔術士を発見した。
我楽多王。
アルジェリア民主人民共和国を本拠地として活動する人物である。過去数回、響理会と交戦したという記録もあるが、いずれも勝利している。拠点を強襲した使徒の殺害にすら成功したらしい。
彼は魔導兵装の開発に関して他の追随を許さない程の実力と実績を有する魔術士であり、ここ数年、護神兵や米国はその技術を入手する機会を伺ってきた。本拠地を離れることが極めて少ない標的が、まさか日本に現れるとは――速やかに拠点の特定がなされ、松澤局長が護神兵に偵察と制圧を命じた次第である。外国勢力の摘発よりも自国民の取り締まりを得手とする内務省にしては、的確な仕事ぶりと言えよう。
しかし、問題は現場で起こった。
4月9日。手始めに偵察を任された護神兵北海道支部の司令官、井上中佐は、現地に派遣した魔術士6名のみで制圧が可能であると断定。これは家と実力の相乗効果によって若くして護神兵の現場を総攬するに等しい立場を固めた煌条穂熾への、個人的な対抗意識が促したものだった。
逃走されては元も子も無いため、速やかに制圧まで進めるべしとする考え自体は誤りではない。また護神兵本部の魔術士戦力はDIVAモジュールの争奪戦、続けて“ムーンフェイズ”による魔族拉致事件への対処を終えた直後であり、増援を請うことは困難――という尤もらしい口実も成立した。
しかし独断専行の類は結果論のみで正当化されるものではなく、ましてや結果すら伴わないのであれば擁護する余地など皆無である。
井上による制圧作戦は失敗。惨敗を喫し、魔術士6名全員を戦死させ、護神兵の動きを晒しただけの結果に終わった。加えて性急・短慮な作戦に際しての隠蔽工作は杜撰の一言に尽き、内務省の外――専守防衛陸軍に幌延町周辺の異常を察知される事態となる。
「それで、戦闘の直前に撮影したという魔導兵装は?」
松澤が怒気の表出を抑え込みつつ言った。この場の目的は今後に関する建設的な議論である。それを忘れて激昂を優先させるような人物が、内務省の高官に至ることは無い。
「こちらになります。直後に高濃度の魔力によるマナステルスが展開されたため、これ以上の記録は残されておりません」
穂熾の秘書官として同席している彩堂律華が応じ、モニターの表示を切り替えた。
我楽多王の拠点と化した廃校施設は幌延町の東部に位置している。彼と配下の魔術士達は簡易的な地下空間を構築し、魔導兵装の製造と格納に用いていたようだ。
「土で造られた巨人に、軍用ロボット犬か。相変わらず魔術士のセンスはよく分からん」
表示された魔装の群れを見た松澤が示した感想は、魔道という業界に関わる魔術士でない者達に共通する認識だった。
赤褐色の本体に鋼鉄の鎧を貼り付けた全高4〜5m程度の巨人。米軍などが運用しているモデルの肉付きを向上させたような四足歩行ロボット。ファンタジーの産物と現代兵器が並ぶ光景は、専門外の者からすればシュールなごった煮としか思えない。
「それぞれ最低5機。機体側のバッテリーとプログラムで補助しつつ、魔術士が魔力を送って操作するタイプでしょう。魔力供給用のケーブルが確認できます」
律華は解説を加えた。
「まずは、状況の秘匿についてだ」
頷きつつ、松澤が切り出す。それは内務省として第一に考慮すべき事項だった。
「当該エリアの監視は情報管理局で対応している。少なくとも現時点では民間人の侵入は見られず、魔術士共の拠点にも動きは無い」
彼はそこまで言うと、隣の山花に視線を移す。
「山花少将は名寄駐屯地の連中を黙らせろ。上下左右問わず、余計な噂を広げるな」
護神兵総監という役職が軍からの出向者に与えられるのは、このような状況における調整——裏工作を期待してのことだ。
「は……直ちに対応致します。しかし、司令の賀藤大佐は潔癖な男です。誤魔化しや圧力が通用する相手ではありません。
参謀本部との関係も深く、下手に仕掛けようものなら箱島大将まで動いてしまうかと……」
しかし山花の返答は、了解を示しながらも煮え切らないものだった。松澤の苛立ちを察した穂熾は誰にともなく――という体で呟く。
「確か、賀藤大佐には娘がいたな」
口調からして目上に対する発言ではなく、井上に通じるマイクには届かぬ声量であるため、その意図は明確に程近い。彼女の秘書官である律華は自らの役割を認識し、頭の中で然るべき手順の構築を開始した。
護神兵に取り込まれてからの約3年間で、幾度となく行使してきた処世術である。先回りして上位の意向を汲んで動き、真相と責任は自らの内に留める。日本共和国という構造の中で価値を認められ、存在を望まれる為の最善手。
そして、どうせ世界中が似たような形であることを、律華は15歳の身でありながら承知している。
局長と総監、2人の高官も空気を理解し、懸念の1つは明確な決定を残さず解決に向かった。
「さて、北海道の魔術士戦力は――」
厄介事を回避した山花が人事面について切り出すと、またそれを引き継ぐように穂熾が申し出る。
「矢沢大尉以下6名の穴埋めに関しては、私が対応いたします。各支部と“杉並学校”には連携済みです」
「……そうか。詳細が決まり次第報告してくれ、煌条大佐」
図らずも未成年の部下に陰謀を丸投げした山花に、威厳など残されてはいない。彼は自らを凌ぐ実権を振るう少壮の指揮官に対し、形式的な手続きを命じるばかりであった。
ここで異議を表明したのは井上である。
「お待ち下さい。人員の補充は私の方で手配します。
あくまで北海道支部の人事……直ちに本部のお力添えを頂くことではありません」
そもそもの元凶として見苦しいことは彼自身も自覚しているが、それでも北海道支部の魔術士戦力が煌条穂熾の影響下に置かれてしまう事態は避けたかった。
制圧作戦を強行した動機を含め、彼の思考を穂熾は理解しているが、敢えて晒すことはない。井上という男は競争相手たり得ず、従って殊更貶める意味が無いためである。
「井上中佐。貴官の意見は求めていない。処分を待つ身であることを自覚しろ」
松澤の冷たい叱責が放たれ、井上は押し黙る他なかった。続けて松澤は、山花と穂熾を交互に見て言う。
「本題に戻ろう。これら我楽多王製と思われる魔導兵装群、どう対処するか。
響理会が察知する前に無力化、回収しなければ」
「魔術士達が魔装を放棄して密かに逃走している可能性もありますが、戦闘となる確率の方が高いでしょう。
最大の戦力を投入し、速やかに制圧まで進めるべきと考えます」
山花が述べた。改まった偵察は時間の浪費であるばかりか、状況が露呈するリスクを高めるものと思われた。
総監の意見に頷いた松澤は、然るべき者に全権を委ねる。
「煌条大佐」
「はっ」
文官のトップに敬礼を示した穂熾は、続けてとうに決まっていた人選を律華に下達する。
「奴らを送ってやれ。DIVAモジュールの初陣に丁度いい」
それは律華も承知のことで、氏名の明言すら不要だった。
†
高官達が部屋を去った後、残された律華はラップトップを開いた。戦場に送り込む者達のリスト、輸送手段及びスケジュール、隠蔽工作の再設計――魔術士らしい活躍とは無縁の安全な事務仕事が山積みである。
彩堂律華という魔術士は、決して戦闘を不得手としている訳ではない。むしろその実力は夏凜明と並ぶ水準だ。
しかし魔術士としての戦闘力が皆無に等しい東原仙一などよりも、戦場から遠い立ち位置にいる。
彼女が護神兵に取り込まれた経緯は、七川理吹のそれと同じだった。
魔道組織によるテロ攻撃を受け、響理会と米軍が珍しく共同戦線を構築して進めた作戦。リストアップされた数多くの容疑者・関係者を効率的に確保すべく、彼ら彼女らの親類縁者が人質を兼ねた情報源として拉致された。
状況がひと段落した後、無関係であると判明した拉致の対象者――即ち、知ってはならない領域に引き摺り込まれた者達の受け入れ先となったのが護神兵である。護神兵は結果的に、優秀な魔術士を含む多くの人材を獲得した。現在本部に在籍している者では、他に東原仙一も該当する。
極まった理不尽を受け、七川理吹が密かに抵抗の道を歩み始めたのに対し、律華の選択は正反対であった。
主体的な服従と適応。
同期のエースよりもある意味で成熟が早く、またある意味で非常に幼かった彼女は、国家権力に抗うことの無謀さを理解した。そして被害者性の忘却、理不尽の受容、社会への貢献――生き易さの為の個人最適化に至る。
准尉の階級を与えられた彼女は中学生としての時間を全て護神兵に捧げた。海外から入り込んだ魔術士達を排除し、響理会と泥沼の駆け引きを行う内務省に助力し、政府や米国にとって不都合な存在を抹殺した。そんな働きが報われ、やがて彩堂律華という魔術士は煌条家の目に留まる。
護神兵の実質的な最高指揮官になりつつあった煌条穂熾の秘書官に抜擢されたのは、必然的な恣意だった。
その立場を得るに至った自らの選択を律華は正しいものと確信していたし、無意味な反骨を見せる七川理吹のような人間には冷笑に近い呆れを抱くばかりだ。
魔術士とはいえ年齢に比して高い階級も、危険な任務に投入される機会が極めて少ないことも、政官財の有力者から決して軽んじられないことも、全て煌条穂熾の秘書官という立場が齎した恩恵である。
「いい加減割り切れよ、理吹――」
また戦場に送り込まれる同期のデータに冷たい視線を這わせ、律華は呟いた。
現実は変わらない。国家も世界も理不尽なんだ。大人しく受け容れろ。
でないと、死ぬぞ。
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