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Scar§Red  作者: 織場アッサム
Phase2:アルチーナ
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Chapter7_仲良くしてあげてね。

 枝葉を広げて歩道を侵犯した八重桜が咲き誇る。

 2037年4月8日。叢雨学園東京高等学校の正門には新入生とその家族が詰めかけ、過剰な賑わいを見せていた。入学に際して銘板をバックに写真を撮ることは、卒業式のそれと並んで未だ廃れぬ文化である。

 1人で入学式にやって来た理吹(りぶき)もまたその伝統に乗ろうとしたのだが、長蛇の列を見て馬鹿馬鹿しくなり()めた。代わりに高校名とは反対側の門柱、『学校法人叢雨学園』とだけ記された銘板の前で自撮りをする。彼を見た数組の家族がそれに倣い、伝統は僅かにアップデートされた。

 21世紀初頭に建てられた高等学校の校舎は、機能性のみを追求したものらしい。言ってしまえば無機質で人目を惹き付ける特徴に欠けているのだが、学生からすれば清潔かつ頑丈であるならそれで良い。学校とは外から鑑賞する対象ではなく内部で過ごす空間である。

 理吹は上履きに履き替えて教室に向かう。この高校では入学試験の成績――得点の順に並べる形で新入生のクラス分けがなされている。2日前の面談にて理事長が言及した成績の通り、彼は1年1組の所属となっていた。

 自席にてそれとなく周囲を伺うと、親しげに言葉を交わしているグループが幾つか目に入る。名門として知られる学園が運営する進学校なだけあって志望者は数多い。学習塾などで受験生のコミュニティが形成され、入学後も仲が続いているのだろう。あるいはコミュニケーション能力の高い者達が早くも外交戦を展開しているのか。

 護神兵(ごしんぺい)とは異なる環境に、皮肉なことだが一抹の寂しさを覚える理吹。自身と同じように所在無げな生徒に話し掛けようかとも考えたが、凜明(リンメイ)に付き合って得意でもないFPSを日付が変わるまでプレイしていたため、強い眠気に襲われている。

 入学初日の教室で目を瞑ることに抵抗は無かった。


「ね、入学式始まっちゃうよ」

 遠慮がちでありながら芯のはっきりした声が聴覚に届き、併せて右肩を軽く揺すられる。理吹は瞬時に意識を覚醒させた。

 生徒が次々と教室の外に出ていく様子を見た彼は、組んでいた脚を戻して言う。

「悪い。ありがと」

 初日の初手で居眠りをかましたクラスメイトに対して、僅かに()()ながらも親切心を発揮した生徒。声音もあって女子のように感じられたが、制服からして男子のようだった。

 ともあれ美形の友人知人に囲まれ、自らの容姿にも自惚れ抜きで相応の自信を持っている理吹が思わず視線を逸らす程、彼の見目は飛び抜けていた。

 理想的な形に開かれた瞼と、その中心で穏やかな光を(たた)える瞳。

 華奢でありながら決して貧弱ではない、中性か無性か判別しかねる肢体。

 紫外線による攻撃の痕跡などは見当たらず、ナチュラルのまま維持された白い肌。

 肩まで届く程度に伸びた艶やかな黒髪は存在感に反して軽やかで、垢抜けなさとは無縁である。

 あの朝咲(ともさき)翠蓮(すいれん)やリーゼリアと比較して勝るとも劣らない、完成された容姿。理吹は己らしからぬ狼狽を自覚した。

(オレ)萩村(はぎむら)唯鶴(ゆいづる)。隣の席だしよろしくね」

 一先ずの自己紹介を述べた彼の一人称は柔らかい声音との間に小さなギャップを生んでいるが、むしろ愛らしさを増すものだ。リーゼリアとはまた違った方向性で(サマ)になっていた。

「七川理吹。こっちこそよろしく」

 平静を取り戻し、理吹も応じる。

 入学式で仮眠の続きは出来るだろうか――そんな下らないことを考えながら、理吹は唯鶴に続いて教室を出た。

 結局、理吹は入学式の大半を眠って過ごした。直後のオリエンテーションでは担任の教員から冷ややかな視線を向けられたが、彼にとっては気にすることではない。


 †

 

 入学式とオリエンテーションを終えた午後は、部活動見学の時間とされた。放課後という扱いなので帰宅しても構わない。実質は自由時間である。

 真新しいジャーマントレーナーでリノリウムの床を蹴り、理吹は校舎を徘徊していた。高校への入学は単なる進路選択の結果というだけではなく、10代らしい俗で華やかな生活――青春というモノへの在り来たりな憧憬もあってのこと。護神兵魔術士と高校生、二足の草鞋(わらじ)を履いている身とはいえ、帰宅部を貫くのは惜しい。注力する気は無いが、余暇や娯楽を共有するコミュニティには所属したいと考えている。

 護神兵の任務なり評議会の活動なりを踏まえ、如何に負荷が低い、(ユル)い部活を探すかが目下の課題だった。

 まず、当然ながら運動部は論外である。束縛が強く、多大な時間とリソースを取られてしまう。そもそも理吹は運動面のパフォーマンスを魔力に頼り切った典型的な魔術士であり、スポーツの類が好きではない。

 文化部の中でも同様の理由で、吹奏楽部や合唱部、放送部などは避けたいところ。どうしたものかと理吹は思案する。手持ち無沙汰で歩く新入生に対しては上級生からの勧誘(キャッチ)が絶えず、見学先には困らない。流されるまま部活を巡ることとした。

 科学部や茶道部の活動内容には失礼ながら興味が無い。却下。

 写真部は部員が僅か4名で、内3名が引退間近の3年生。却下。

 一見緩そうに見えた美術部だが、毎月何らかの作品を仕上げる必要があるとのこと。却下。

 空調の効いた部室を目当てに覗き見たパソコン部は、どうやら情報科の生徒が中心となって真剣にプログラミングを極める集団らしい。却下。

 好ましい部活を見つけられないまま、理吹はフロアの端まで至ってしまった。引き返そうとしたところで、空き教室のドアに貼られた『ボードゲーム部』という表示を発見する。

「見学してく?」

 立ち止まった理吹に室内から声が掛かった。ボードゲームという概念をあまり理解していない彼だが、その誘いを断る理由は無い。

「失礼します……将棋とかやる感じですか?」

「そうそう。放課後、適当に集まって遊んでるよ」

 入室した理吹の問いに、誘いをかけた男子生徒が答えた。リボンタイの色は暗いシアン――2年生である。彼の視線はスマートフォンの画面から動いていない。新入生よりもソーシャルゲームへの関心が勝るらしい。

 理吹は部室を見回した。

 まず視界に入ったのは棚である。古今東西のゲームを取り揃えているようだが、見る限り丁寧に管理されているとは言い難い。囲碁やチェスに至っては誰も使っていないのか、パッケージが埃を被っている。

 男女比は半々で、各人が思い思いに過ごしているようだった。運動部のジャージを着ている生徒もいるが、新入部員の勧誘を放棄して遊びに来ているのだろうか。

 奥のソファでは3年生が集まり、赤本やら参考書やらを広げている。

 壁には大会の賞状が1枚だけ飾られているが、2033年度のものであった。それ以降は結果を残せなかったのか、あるいは出場すらしていないのか――。

 ここだ、と理吹は確信した。自由な弛緩と怠惰な活気に満ちたコミュニティ。学校生活に付け加えるオプションとして丁度良い。

「入部していいですか?」

「オッケー。入部届は職員室で貰えるから、次書いて持って来て」

 理吹の問いに、2年生の男子はスマートフォンの画面から一度目線を上げて答えた。新入部員を取り立てて喜ぶでもない、来る者拒まずといった反応である。これもまた理吹のスタンスと合っていた。

 意識の低い集団に意識の低い個人が加わる場面で、1人の女子生徒が部室を訪れる。

「ほら、やっぱり真面目に勧誘してない」

 最高学年の印である(くす)んだイエローのリボンタイを胸元に載せた彼女は、室内の面々を見るや否やそう言った。続けて理吹の存在を認識する。

「新入生だよね?見学、来てくれたんだ」

「はい。というかもう入部決めました」

 他の部員とは若干オーラが異なる人物の登場に戸惑いながらも、理吹は応じた。

 ミルクティーベージュの長髪を後頭部で緩やかに纏めた彼女は、柔和そのものな表情に大人びた愛嬌を追加して言う。

「ほんと?じゃあこれからよろしくね。

 私、国際科3年の依珠葉(いずは)・ローレンスって言います。イギリス出身なの」

「よろしくお願いします。特進科1年の七川理吹です」

 理吹も自己紹介を返した。

「ESSも入らない?」

 続けて依珠葉はさり気なく、掛け持ち先の勧誘を混ぜてきた。目線が同じこともあり、距離を詰められた理吹は僅かに気圧(けお)される。

「いやー俺、英語無理なんで」

 English Speaking Society――それを回避すべき『活動がしっかりした部活』と認識していた理吹は、語学力を隠匿した。

「えー?得意そうな感じしてるよ」

 そんな依珠葉の言葉に対し、「何だよそれ」というタメ口を抑えて愛想笑いを返す理吹。しかし彼女の発言には出任せとは異なる何かが含まれていた。人の中身を見抜くことに長けているのかもしれない。

 そんな遣り取りをしていると、依珠葉の背後から別の声が上がる。

「依珠葉〜」

 声の主は彼女の連れらしく、放置に対する若干の不満を滲ませていた。

「ごめんごめん。ユイさ……唯鶴も入って」

 そして姿を見せたのは、理吹と同じく黒混じりのマゼンタのリボンタイを締めた生徒。男子用のブレザーを羽織りながらも少女としての優美を極めた彼を、理吹は強く記憶していた。

「萩村?」

 萩村唯鶴。1年1組の教室で理吹の隣席に座る人物である。

「……七川?」

 唯鶴の方も理吹を認識し、やや意外そうに声を発した。

「知り合い?」

「ん。教室で隣だった」

 両者を見比べて依珠葉が問い、身長差故に見上げる形で唯鶴が応じる。距離感の近さもあって、(はた)から見れば容姿の系統こそ違えど見目麗しい姉妹である。

「そっかぁ。仲良くしてあげてね」

 依珠葉が理吹に向き直って言った。

 子供のような扱いに呆れる唯鶴を見て苦笑しつつも理吹は頷き、続けて問う。

「知り合いなんですか?」

 同じ中学校の出身か、幼馴染の類か。どちらも珍しいことではない。

「んー、幼馴染みたいな感じかな」

 依珠葉が答えた。彼女は続けて唯鶴の手を引き、部室の奥へ誘導する。

「折角クラスの子もいるんだから、唯鶴も入るでしょ?」

 やや強引な勧誘をする依珠葉だが、唯鶴の方は元より入部に前向きだったようで、理吹を横目で見てから頷いた。

 部室の雰囲気を見る限り、軽はずみに入部したところで困らないだろう。幽霊部員やバックレが咎められるような風土ではない――と理吹は認識している。

 一方の唯鶴も、早々に同様の結論へと至っていた。

 兎も角。

 クラスと部活という2つのコミュニティを共有するならば、それなりに深く、長い付き合いになると思われた。


 七川理吹と萩村唯鶴。

 護神兵魔導中尉と響理会(ユーフォ)特務司教。

 偶然とするにはあまりにも出来過ぎているが、因果を見出すには酷く安っぽく、脈絡の無い巡り合わせだった。

 これは結局のところ、日本社会の裏側で叢雨学園が重ねた外交――機会主義と八方美人が招いた結果と言える。国家や陣営を問わず関係を構築し、教育という大義ある事業を通じて権益を拡大し続けた学園は、その内側で幾度となく奇妙な縁を抱えてきたものだ。

 今の理吹と唯鶴にとっては、些細な切っ掛けで言葉を交わしたことから始まる有り触れた交流に過ぎない。

 仮に両者が互いの素性を――伴って学園の全容と本質を知るとすれば、日本共和国及びそこで暗躍する諸勢力を巻き込んだ動乱の禍中においてであろう。

 混迷と流血の伏線は、何気ない日常の中にも張り巡らされている。


何とか更新。

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