Chapter6_“リーゼ”でいい。
凜明とリーゼリア。2人の少女を伴い、理吹は池袋駅直結のデパートを歩いていた。どちらもすれ違う人々の中から二度見する者が現れる程の容姿を誇っており、時信辺りが知れば羨ましがる状況だろう。
「それ、叢雨の制服だよね。着て来たんだ」
今更ながら凜明が言った。理吹の服装はベージュのブレザーと同色のスラックス。内側に纏ったシャツの襟には学年毎に指定された色――黒混じりのマゼンタのリボンタイを通している。彼が入学する高等学校における正装であった。
「一応は理事長との面談だから、念のためな」
理吹が返す。TPOに屈した選択だったが、彼はこの制服をそれなりに好んでいた。一度着用して街を歩くというのも悪くない。
服装の話題を振られ、理吹はふとリーゼリアのそれに目を向けた。護神兵から支給された物ではないだろう、ややオーバーサイズで肩に切り込みが入ったプルオーバー。大腿部に至るその裾からはレザーのショートパンツが覗いている。加えてベレー帽を被り、不自然に目立つ赤紫の頭髪を僅かながら誤魔化していた。
明らかに凜明の好みだな、と理吹は思う。どうやら彼女が私服を提供してくれたらしい。
視線に気付いたリーゼリアが応じる。
「支給品じゃ味気が無いからってさ。オレは別に何でも良かったけど」
そう言いつつも同じく凜明によるものと思われる頭髪のセット――右の横髪に三つ編みを施し、左側はそのまま流したスタイルにも従った辺り、彼女は比較的ノリが良い方のようだ。
「服とかも欲しいのがあれば言ってくれ。予算はあるし」
理吹は言って、僅かな間を置いて続ける。
「それとヴァレンハルト……昨日は悪かった」
立ち止まって軽く頭を下げる上官に対し、リーゼリアは特に改まった追及をしなかった。
「“リーゼ”でいい」
彼女の端的な返事は昨日の一件を水に流すという意思表示であり、同時に理吹達のそれと似通った慣れを感じさせるものだった。
「それより、アパートまで用意してくれるのは有り難いよ。ラブホ暮らしなんて続けたくないしな」
リーゼリアが続ける。仮の滞在先に対しては多少の不満があるようだ。
護神兵は民間企業の名義で複数のラブホテルを所有している。一部のフロアを営業用から分ける形で、関係者の仮住まいとしていた。
あはは、と凜明が共感を示して小さく笑う。彼女も一時期は経験した生活だった。
そんなやり取りをしつつ、一行は家電量販店に至る。
敢えて出向いたはいいが、『新生活応援』などと称したセールが続いている時期。改めて見る物は殆ど無く、予め目星を付けておいた生活家電のセットを購入するだけで事足りた。先月の転居に際し、理吹が選んだそれとさして変わらない。
「金曜に設置までしてくれるってさ」
理吹は手続きを済ませ、凜明と並んでドライヤーの展示品を眺めるリーゼリアに伝えた。
「ありがとう。コレもいいか?」
そう言い、ドライヤーの箱を手に取るリーゼリア。理吹は頷いた。
「買ったら服見に行こ。理吹の方は何か見たいのある?」
凜明の問いにより、理吹は用件を思い出した。
「通学に使えるバッグ、持ってなかったから買うわ」
中学生時代を半ば不登校で駆け抜けた身ならではのことである。高校生の荷物は理吹の想像よりも多かったのだ。
一通りの用件を済ませた後。
ふと視界に和風喫茶が入り込み、理吹は休憩を提案した。外出の直前までベッドから出なかった彼としては、いい加減カロリーを摂取したかったのである。
「ここは当たりだわ」
抹茶パフェを好物の1つとする理吹が、最初の一口を飲み込むと同時に断じた。スイーツを食事の代替とすることに不安を抱くのは、生きて30歳を超えてからだろう。今の彼にとっては大した不摂生とならない。
「いいの?私の分まで奢りでさ」
そう言う凜明と、隣のリーゼリアの前にも同じ物が置かれている。
「色々手伝ってくれたし」
昨日から続くフォローに対し、理吹は改めて謝意を示した。
「気にしなくていいのに」
凜明は返しながらも、パフェスプーンを甘味の層に沈める。衣類をいくつか購入した彼女にとって、出費の減少は歓迎すべきことであった。
「ん、美味いなコレ」
抹茶ソフトクリームと粒餡を合わせて口にしたリーゼリアが言った。表情や口の動きからして社交辞令ではない。海外で生まれ育った彼女の味覚に和風スイーツが合うのか理吹としては気掛かりであったが、杞憂で済んだようだ。
昨日の殺人未遂に対する筋と、海外出身者に対する布教を兼ねた持て成しである。
「しっかしさぁ」
凜明が雑談を切り出した。
「理吹が普通の高校行くなんてねー。面倒がりそうなのに」
ほうじ茶の湯呑みを置き、理吹は答える。
「あんな仕事に合わせて進路を選ぶなんて癪だからな」
その仕事の果てに遠大な目標を掲げる彼だが、それはそれとして、という話だ。
「ま、退学したらウチのとこ来なよ。超ユルいから」
「しねぇよ。多分」
凜明の軽い茶々に即答しながらも、断言は避けておく理吹。強く否定すると、万が一退学に至った時の恥が余計に増してしまう。
「でも毎朝通学とかダルくない?電車乗り換えたり」
凜明は続けた。通学の負担が軽いことは、彼女が通信制高校への進学を選んだ理由の1つである。
実際、通学の習慣に適応できず退学に至る者は高校・大学共に散見されると聞く。護神兵のような組織に属する訳アリの少年少女であれば尚更だろう。
しかし理吹に関しては、あまり心配する必要が無い。
「まぁ、早起きとかはそんな苦手じゃないし……。あと近所から学園のバスで行けるっぽい。しかも無料」
彼の住居の近所には叢雨学園が運営する大学の施設や学生寮などが存在しており、文京区のキャンパスとの間を往復するスクールバスが運行されていた。それは安価どころか無料、かつ最短距離であり、使わぬ理由は無い。幸運なことだ。
「なぁ、アンタらって」
そんな遣り取りを眺めていたリーゼリアがふと口を開く。上官2人は同時に彼女へ視線を向けた。
「付き合ってるのか?」
続く問いに、凜明はその意図を解せぬという様子で答える。
「え?どうして?」
「いや、別に」
理吹も否定するが、彼は自身と凜明の距離感が客観的に見て近過ぎることを自覚していた。初対面の相手には関係性を誤解されがちである。
「護神兵に入った頃からの付き合いだからな。東原も同じだけど」
凜明のキャラクターについてこの場で深く解説する気は無いため、理吹はそう言って締めた。リーゼリアの方も殊更掘り下げはしない。
白玉1つ、パウダー1gに至るまで妥協の無い傑作を皆が食べ終えた後、理吹は伝票を持って言う。
「じゃ、家行くか」
会計に使うカードは、護神兵が年齢その他諸々を偽装して作成したものだ。後ろ暗い要素に満ちた生活である。
†
東京都中野区の北部。理吹が住居とするマンションは練馬区との境界近くに位置している。
1998年築というだけあって建物の外観は相応に衰えているが、リノベーションの完了によって内部は真新しいデザイナーズマンションと見紛う状態――らしい。何を隠そうこのマンションのオーナーは朝咲翠蓮であり、彼女の紹介で入居に至った理吹は他の物件を知らず、比較のしようが無いのだ。
尤も、15歳の身で物件選びの経験を積み、センスを磨く方が余程おかしなことである。
本日の購入品を置くと、理吹はそのまま隣室に向かった。新入りの住居となる1DKは家具・家電が皆無なこともあってより広く感じられる。
「結構広いな。持て余しそうだ」
先に入室していたリーゼリアが言った。どちらかと言えば物静かな彼女だが、多少の高揚が見て取れる。
「家賃の方は気にすんな。オーナーは身内みたいな感じだから、結構安くなってる」
投げられるであろう疑問を先回りして理吹が言うと、事情を知らないリーゼリアに代わって凜明が口を開く。
「翠蓮でしょ?理吹のパトロンなのは分かるけどさ、何か変な感じするんだよね。朝咲家の生まれってのも……」
「まぁ、そういう奴なんだよ」
同意しながらも、理吹は軽く流した。
こちらを見透かしたような振る舞い。高い知性と品性に反して空虚な声音。見えない感情、捉えようのない人格。
今の理吹にとって最も付き合いの長い存在である翠蓮だが、相対した際の細やかな違和感からは未だ解放されない。
しかし彼女は一貫して理吹の、延いては評議会の益となる行動を執り続けてきた。信用し切れないが、疑えば疑うほど信用した方が合理的であると判断できてしまう。そういう人間なのだ。
また、彼女は朝咲家――護神兵といった日本共和国の暗部と深く関わる名家の生まれである。放逐されて縁が切れていることは確かだが、機密情報を抜き出す手段だけは確保している状態。評議会にとって都合の良い加減だった。
「機会があれば紹介するよ」
現時点でリーゼリアに全てを明かす訳にはいかないが、今後関わる可能性が高い相手である以上、紹介は済ませた方が良いだろう。
尤も翠蓮曰く、理吹との密会以外では滅多に外出をしないらしい。そんな引き篭もりの資産家と新人の対面はいつになることやら。
それは兎も角。
「今日からここで寝るよな?寝袋で良ければ貸すぞ。
あと分かってると思うけど、バックレたら内務省が全力で追跡するから」
「バックレないさ。他に行き場をくれるなら別だけど」
理吹の形式的な警告に対し、リーゼリアは涼しげな無表情のまま皮肉めいた回答を返した。
一人暮らしの護神兵構成員が夜間などに失踪した前例は数多く、当然ながら内務省は相応の対策を講じている。寮のような施設を用意して縛り付けないのは、単に費用対効果の問題であった。
なお極端に若い――幼い構成員を住まわせる宿舎は存在するが、キャパシティは限られている。理吹も使用していたが2月末に追い出されたため、翠蓮を頼ってこのマンションに転居した次第だ。
「そういえば理吹んちってここより広いよね。一人暮らしなのに」
理吹の転居に際しても見物に来ていた凜明が、当時を思い返して言った。そちらはリーゼリアに用意したこの部屋より広い2LDKである。翠蓮の裁量で値下げされたとはいえ、わざわざ家賃が高い方に住まう必要は無い。
「父親との二人暮らしって設定にしてるんだ」
理吹は答える。これは高校生としての生活に備えてのことだった。
高校生が単身者用のマンションに住むという状況は極めて珍しい。叢雨学園が理吹の事情を把握しているといっても、一般の教職員に住所を確認される状況は考慮する必要があった。また、高校生活の中で得た友人を招く機会があるかもしれない――という健全な期待もある。
体裁だけの為に費用を増やしたことは兎も角、『父親の寝室』に家具まで備え付けたことは流石にやり過ぎだったと、理吹は自覚している。
「えー、そこまでする?」
凜明は彼の考えを理解しながらも苦笑いを返した。時信と同じ反応である。
「護神兵って儲かるんだな」
続けてリーゼリアが言う。皮肉のように聞こえるが、彼女としては小さな感嘆を示したつもりだ。
「ま、そのうち泊まらせてね。鍋パしたい」
「いいよ。ベッドもあるし」
凜明の提案を理吹は快諾する。用意した余分なベッドは是非とも活用したいところだった。
「今日は帰るけど、何か手伝って欲しいことあったら言ってよ」
そして凜明はリーゼリアに向き直って言い、自身の荷物をチェックする。
「私は高円寺ってとこ住んでるから、今度遊びに来てねー」
去り際に付け加え、彼女はオランジェットの頭髪を靡かせて撤収した。俄に静けさが漂い始めた空間で、リーゼリアがふと口を開く。
「ああいう人ってアレだ……ほら、陽キャって言うんだろ」
「お前ほんと日本語得意だよな」
新入りが日本社会に溶け込むまで、長い時間は必要ないようだ。
何とか更新。
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