Chapter11_砲撃戦、出来るんだってな。
体調不良や多忙が重なり、執筆が大きく遅れてしまいました。
エタらせるつもりは無いので、見離さずにいて下さると助かります!
札幌市を発ったブラックホークは、日本海を北上する形で幌延町へと向かっていた。
陸軍が運用していた多用途ヘリコプターを所管換する形で内務省が調達した機体は、各所にアップデートという名の延命措置が施されている。しかし居住性に関してはお世辞にも良好とは言い難く、簡素なシートに身を委ねた護神兵魔術士達は戦闘前から相応の負荷に悩まされることとなった。
作戦区域への到着が近いということで、東原は渋谷ベースを発つ際に支給された各種備品のチェックを主導していた。
特に重要な物はスマートバイザーである。それらは一見、デザインの洗練によってスポーツサングラス程度の存在感に圧縮されたタクティカルゴーグルに過ぎない。しかしレンズ部には自身や味方の座標、作戦の進捗といった様々な情報を投影することが可能で、加えて通信機能まで備えている歴としたデバイスである。
外見から判る通り耐久性には難があり、破損の際に眼球を損傷させてしまうリスクが目立ったことで、正規軍における採用が見送られた軽量モデルだった。こういった訳アリ品やデッドストックの類が日の目を見るのも、護神兵の特徴と言える。
候補生達に対するスマートバイザーの解説を一通り済ませた東原は腕時計を見た。時刻は午前3時に差し掛かるところである。
「事後処理を考えるなら、日の出まで時間ないぞ」
東原が指摘すると、律華が多少の焦りを滲ませつつも淡々と言う。
「ああ。だから交戦可能時間は15分に設定した」
「DIVAがあるっつっても、敵の出方すら分かんねーのに……」
律華の発言を受け、理吹は呆れて溢した。無茶振りとまで断じる根拠は無いが、これは最高戦力への丸投げに近い。
アテにされた片割れのリーゼリアは、どこ吹く風とばかりに目を瞑ったままだ。なお彼女は出発前から服装を魔力で形成した例のドレスに切り替えており、その上から丈長の外套を羽織っている。客引き中のコンカフェ嬢のようだと、理吹と凜明は失礼な認識を共有していた。
短い会話が終わり、再び機体の駆動音ばかりが響く。しかしそれに混ざる形で、短く硬質な音が延々と鳴らされていた。
明らかな銃の空撃ちを認識し、東原は候補生達の手元を順に睨んでいく。音の発生源は志村真恵曹長であった。ビーター4として作戦に参加する彼女は俯いて自らの20式小銃を見つめ、絶え間なくそのトリガーを引き続けている。弾薬が装填されていない状態とはいえ、実銃の扱いとしては落第どころか懲戒相当だ。正規軍であるならば。
東原は警告する。
「志村曹長、トリガーに触れるな」
彼女は改めない。それどころか、警告を認識してもいないようだ。
見かねた東原は彼女の右手首を握り、微弱ながら魔力の後押しも得て銃から引き剥がした。黒髪に覆われた顔が反射的に上を向く。
そして、その瞳を見た彼はとある確信に至った。機内の弱い照明を眼鏡のレンズが反射して暈されているが、その奥の瞳孔に表れた異常を見過ごすことは無い。次は彼女の左腕を掴み上げ、有無を言わさずに袖を捲る。
「打ってるな?」
肘窩の注射痕を確認した東原の追及に、黒髪の少女は一切応じない。振り解くこともせず、無言のまま彼を見上げるだけだった。主体的に無視を決め込んだのではなく、コミュニケーションという発想を欠いた状態に見える。
——ヤク中のトリガーハッピーかよ。
東原は眉を顰めた。護神兵において極端に珍しい事例ではないが、ある程度の権限と責任を有する立場としてそれを受容するかは別の問題である。
「ナエちゃんマジイカれてッから。あんま構わない方がいーよ」
志村の隣に座る少女——前薗瞭子曹長が、小馬鹿にするような失笑を東原に向けて言った。渋谷ベースから絶えず志村の隣にいたため、恐らくは親しい仲なのだろう。
余裕綽々といった様子でウルフカットの毛先を整える後輩の小生意気には構わず、東原は追及の矛先を然るべき対象に移した。
「彩堂大尉。護神兵の人事は何をやってんだ」
他の候補生3人に加え、凜明が当惑と共に注視する中、律華は渋りを感じさせながらも口を開く。
「射撃能力は確かだよ、誤射の心配は無い。座学の方もな……」
そう言う彼女だが顔は東原の方に向けず、遠い目で窓越しに空虚な夜空を眺めている。出世頭もまた、人事上の問題には苦労させられているようだ。
一部人材の質という難題から逃避する律華には最早構わず、東原は「七川中尉」と発した。
スマートバイザーの設定を調整していた理吹が顔を上げ、事務的ながら毅然とした口調で言う。
「人員の健康及び精神状態に関する懸念事項を認定。本作戦に関し、セクショングリーンからイエローへの移行を申請する」
それを受けた律華は若干の動揺を見せ、漸く同期達を直視した。
「おい、作戦内容を修正する程のイレギュラーではないだろ」
一切の修正が不要な作戦の方が珍しいとはいえ、現場に到着すらしていない段階でそのような申請を上げられては困る——というのが律華の認識だった。ましてや、戦力としては然程重要でない人員の状態が理由であるならば。
そんな律華の指摘を無視し、理吹は続ける。
「ビーター4の作戦遂行能力低下を受け、ビーター各員の配置を変更。作戦区域を移動する形での哨戒・遊撃は中止、担当任務は降下地点における監視に限定する。またビーター3はビーター4をカバーし、任務の継続が困難と判断された場合は全体に報告の上で離脱せよ。
伴ってキーパー1及び2の負荷増大を考慮し、シーカー2の任務を変更……キーパー各員の安全確保を優先。キーパー1の指示がある場合のみ、敵魔術士の無力化を行うものとする。
加えて最大交戦可能時間を15分から25分に延長」
即興で組み上げた修正案が淡々と述べられ、東原がその内容をタブレット上のファイルに反映させていく。時間を対価とし、候補生達の安全の獲得を図った形だ。無論、正規か非正規かを問わず戦場に『絶対』は無いのだが。
シーカー2こと凜明が「了かーい」と応じた。口実は極めて不健全だったが、このようなアドリブを期待していたかのような態度である。
「戦闘に関する指揮権は俺にある。違うか?」
まだ何か言いたげな律華に対して止めとばかりに理吹が問うと、彼女は短く溜め息を吐いた。
「分かったよ。初陣から直接敵を倒せという話でもない。DIVAの出番が増えるなら、一応プラスだ。
本作戦のセクションをイエローに移行する」
有無を言わさず負荷を上げられたリーゼリアは伏せていた目を上げて理吹を見たが、特に不平は口にしなかった。
「彩堂大尉、七川中尉」
やり取りが収まった時、コクピットのスピーカーから声が響く。
「2分後に作戦区域へ到達します。降下地点に変更はありませんか?」
陸軍出身のパイロットが、年下の上官達へ最終確認を行った。
「降下地点に変更は無し。予定通り高度を下げ、ポイントAからEを回ってくれ」
「降下完了後、広田少尉は札幌に帰投せよ」
理吹、律華が立て続けに指示すると、ブラックホークは徐々に高度を下げ始めた。
「対空砲火とか、来ないのかな」
「そんな馬鹿だったら苦労しねーよ」
魔術士候補生の少年2人が相応の緊張を伴って言い合う。『対空砲火』というワードを耳にした理吹は小さく笑った。護神兵という組織の性質上、そのような大仰にして真っ当な戦術と関わる機会はまず訪れない。
尤も理吹の場合、経験が無い訳でもない。
暫く経って、最初の降下地点に到達した機体がホバリングを開始した。律華が側面のスライドドアを全開にし、手筈通りの指示を下す。
「ポイントAに到達。シーカー2、及びキーパー各員は降下せよ」
「凜明」
理吹も短く言い、シーカー2こと凜明に出撃を促した。
凜明は渋谷ベースにて使用許可を得た自身の魔装を座席の後方から引っ張り出し、機体の外に身を乗り出す。梱包から解放されたそれは、対物ライフルの中では比較的高名なバレットM82A1Mをベースとした物だ。
外見から判る特徴としては、グリップの下部からマズルブレーキにかけてを繋ぐ3本のケーブルと、ストックの上部に固定された直径5cm程度の円筒形に近いパーツが挙げられる。またバイポッドの代わりにフォアグリップが取り付けられており、魔力による強引な取り回しを前提とした仕様と言える。しかし最新鋭の光学照準器が備えられているために、『魔術』めいた印象からは程遠い。
何にせよこのライフルこそが、“高機動火力支援”なる役割を担う魔術士に与えられる装備品だった。
「んじゃ理吹、また後でね。リーゼも」
気楽な口調で言うと、凜明は背中から身を投げた。空いた左手を振りながら落下していく彼女を見て、野見山が声を上げる。
「あっ、あの!パラシュート要らないんですか?」
「エースは色々と違うんだよ。俺達は駄目だからな」
東原が動転する後輩のパラシュートをチェックしつつ言った。平均的な魔術士は降下の際にパラシュートの助けを必要とするが、それでも極めて小型の物で十分とされている。魔力を持たない普通の人間であれば、減速が足りず致命傷を負うことだろう。
「キーパー1及びキーパー2、出るぞ」
凜明と違って口頭で宣言し、東原は野見山の手を引いて飛び降りた。
パラシュートの展開を確認した律華が言う。
「広田少尉、続けてポイントBに向かえ」
激しい空力音の中でも、その指示は確かに通った。彼女が魔力を用いて機内の振動を制御し、自身の声を各々の聴覚に直接送り込んでいるためだ。
「敵拠点になってる廃校の直上な」
理吹はリーゼリアに囁いた。どちらが先に仕掛けるかは兎も角、敵がいるならば降下して早々に戦闘が始まることが予想される。
「馬鹿正直に残っているか?」
「すぐに判る」
訝しむリーゼリアだが、短く返した理吹に付き従う形で席を立った。ブラックホークがポイントBに到達し、律華が無言のまま親指で機体の外を示す。
理吹は左肩に吊り下げた専用サーベル、右の大腿部にマウントした20式小銃、左腰のマガジンポーチに素早く触れた。なお武装が制限された任務においても、左右の手首には当然の如くアマルガムソードを仕込んである。
装備品のチェックを済ませ、彼は改めてDIVAモジュールとの融合に使用する道具——コンソウルを握った。どうやらリーゼリア曰く、DIVA本体と使用者が密着した状態に近ければ不要らしいが、敢えて確実な作動を拒む道理は無い。
「シーカー1及びD装備、出るぞ」
スマートバイザーのマイクに向けて宣言した理吹は、リーゼリアの手首を掴んで魔力を流し、僅かに浮かせた。そのまま機体の外に躍り出ると、人差し指と中指でコンソウルのトリガーを引く。次いで親指でスイッチを押し込んでリーゼリアの実体を解き、『兵装』として再構成した。
DIVAから供給される莫大な魔力を用い、理吹は地上へと加速する。主を失った外套が大気に乗って翻り、間も無くマゼンタの灼熱を浴びて焼け消えた。
『スマートバイザー、壊すなよ』
リーゼリアが念話で理吹に伝える。エースとされる彼がそう簡単に魔力の制御を誤るとは思っていないが、精密機器の扱いは注意し過ぎるくらいが丁度よい。
ああ、と念話で首肯する理吹は、そのスマートバイザーが発したアラートを受けて降下の軌道を変えた。彼の眼下では、渋谷ベースにて報告を受けた敵——赤褐色の人型が4つ、倉庫らしき建造物から這い出ている。頭部に相当する箇所は、確かに上空の理吹を向いていた。
——過疎地域を放置するからこうなるんだよ。
いつか東原と交わした批判を思い返しつつ、理吹はインカム越しに報告する。
「人型を4体確認。対処する」
続けて彼はリーゼリアに問うた。
『砲撃戦、出来るんだってな』
確認というより要望に近いそれに対する返答は、魔力のヴェールを放つ1対のフレーム——硬質かつ直線的な翼の発光であった。理吹自身が有するワインレッドの魔力によって形成されたそれらの内部に、噴出していたマゼンタの魔力が瞬く間に収束する。
続けて双翼の半ばから先端にかけてラインが引かれ、それぞれの片側がスライドすることで二又に展開。即ち、魔力で満たされた擬似的な砲身へと切り替わったのである。
『機動力、落ちるぞ』
『了解』
特に心配はしていないようなリーゼリアの忠告に、理吹もまた動じることなく念話で応じた。
2つの砲身が理吹の脇の下を通って地上を向き、次第に全体像が見えてくる4体の人型魔導兵装を捉える。
敵に散開や迎撃の隙を与えることなく、理吹は2つの砲身から魔力の火線を放った。自らと融合した魔装である以上、照準も発射も手足の動作と変わらない。
距離に比例してマゼンタの魔力が広がる様は散弾のようであるが、異なるのは決して威力と精度が低下していない点だ。
1条につき1体、人型の頭部から脚部までの凡そをスポットライトで照らすように焼き潰す。理吹はそのまま降下しつつ回転し、四半円を描く形で火線の着弾点を調整。同時に2体の人型を撃破した魔力の奔流は、続けて残りの2体を薙ぎ払った。
バッテリーの誘爆に加えて、魔術士から送られていた機体各所の魔力が炸裂する。轟音と火焔の中心に、DIVAの形態を翼に戻した理吹が悠然と降り立った。
「人型を4体撃破」
短い報告に続き、彼は念話をリーゼリアに流す。
『次』
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