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Scar§Red  作者: 織場アッサム
Phase2:アルチーナ
22/23

Chapter4_勘付かれているかな。

 大聖堂の地下に設けられた広間は薄暗く、生気に欠けた場であった。しかし響理会(ユーフォ)という秘密結社の拘りは諸所(しょしょ)に見られる。例えば複数の柱に聖人の像が掲げられ、磨き上げられた床のモザイクは大理石。そして最奥には演奏される機会は殆ど無いというのにパイプオルガンまでが設置されている。

 唯鶴(ゆいづる)依珠葉(いずは)が入場すると僅かに残されていた照明が落とされ、白い内壁をスクリーンとした投影機の映像のみが光源となる。画面の単調な(まばゆ)さは、11の枠に分割された。中央の大きな枠を囲むように、左右それぞれに5つの小さな枠が表示されている。主催者と参加者の間にある格の違いを一目で理解させるUIだった。

 会合に招かれた面々――当代の使徒達が小さな枠に次々と映し出される。埋まったのは8枠。2つは空白のままであった。

「ヴァレンティーナ・エルラッハ特務司教は任務により欠席です」

 広間を取り仕切るキンバリーⅠ等(いっとう)司祭が言った。全ての使徒の出席を原則とするこの会合であるが、任務等の事情による欠席は認められている。むしろ今のところ、全員が一堂に会したことの方が少ない。

 唯鶴はもう1(ひと)つの空白について問う。

「リリーバーグ司教は?」

『実家の最上階でパーティでしょ』

 答えたのは、投影された画面に映る小枠の1つだった。癖が付いた赤毛は多少の幼さと自堕落(じだらく)を演出しているが、このヨハンナ・コンラート特務司教はかつて飛び級で情報工学分野の博士課程を修了した俊才である。

 彼女の軽口に、左上の枠が応じる。

『はは、東海岸は朝だぞ』

 サヴェリオ・ピラーティⅡ等(にとう)司教だった。長めの暗い茶髪を立ち上げて額を出し、端麗な容姿に相応の自信と愛想を示すイタリア共和国出身の青年。彼は大司教らの指名によって『首席(しゅせき)』の称号を与えられた使徒であり、明文化された強権こそ無いものの同輩を監督する立場にある。

『朝までやるだろ。ああいう層は』

 ディートリヒ・パウル・シュタイナー特務司教の皮肉が続き、唯鶴は微かに口元を緩めた。使徒は響理会の構成員の中からランダムに選抜されているらしく、選抜を自覚し名乗り出る以前の派閥などを引き継いだ不和や確執は珍しくない。軽妙な会話を通じて内部を取り持ってくれる者達の存在は有り難かった。

 そんな(つか)の間のアイスブレイクは、画面中央を占める大枠の(あるじ)の登場によって打ち切られる。

 若白髪が目立つ黒髪と細めの鼻、切れ長の目。美形であることは間違いないのだが、暗く冷たい印象を拭えない男性であった。纏う制服は使徒達と同じ司教用をベースとしつつも肩章(けんしょう)飾緒(しょくしょ)が追加され、王侯貴族や高級軍人を彷彿とさせる。親衛隊と同じ漆黒の生地は、彼が響理会の本部に属することを示していた。

 唯鶴ら9名の使徒が一斉に十字敬礼を捧げる。唯鶴の斜め後方に控える依珠葉、そしてカメラの画角に収まっていないであろうキンバリー達も同様だった。

 ヴァルテル・ヨブ・テスマン大司教。響理会の本部を(おさ)め、使徒にとっては直属の上役となる人物である。30代半ばにして響理会のナンバー2(ツー)まで至った鬼才は、画面越しながら使徒の面々を見下ろすように確認し、口を開く。

『集まったようだね。始めようか』

 欠席者2名に関しては承知しているようだ。

 無用な威圧感を排した、肩書きの割に親しみ易い声音。しかし表面的な愛想を(まく)ってしまえばどのような本質が飛び出すか分からない、妙な深みのある人物だった。

『ではバルフ司教。アルジェリアの件について報告を頼む』

 進行役は首席使徒のサヴェリオである。彼は予定されていた議題に触れ、同輩の1人(ひとり)を指名した。

『ああ。我楽多王(ジャンク・ロード)工房(アジト)は制圧した。現地の第5教団が調べた通り、厄介な本人は不在……そっちは追跡するとして、一先(ひとま)ず北アフリカの魔道組織は粗方潰したコトになる』

 先日行われた戦いの勝利を改めて告げたのは、スティーヴン・バルフⅢ等(さんとう)司教であった。精悍な顔付きと筋肉質な体躯を持つ白人の男。やや(ちぢ)れた黒髪を長く伸ばしてオールバックに整え、包み隠さずに鋭く冷たい眼光を見せている。サヴェリオを健全な騎士とするならば、『悪人面の傭兵』といった表現が適切だろう。

 しかし容姿が放つ威圧感以上に彼を際立たせるのは、使徒として選抜されて以降も()の所属先である響理会親衛隊に籍を残し、その隊長職を兼任し続けていることだ。即ち、横浜で繰り広げられた暗闘における指揮官イライジャ・ルカ・オーウェルと、使徒ディートリヒの役回りを1人で遂行する人材なのである。彼が率いる親衛隊グループ2(ツー)の洗練された苛烈さもあって、これまで目覚ましい戦果を積み上げていた。

 一方、特例的な強権に対しては他の使徒や各教団からの反発も根強い。

 スティーヴンの発言に合わせて画面が切り替わり、アルジェ郊外の屋敷を強襲した際の映像が再生される。戦闘員が身に付けていたボディカメラが記録したものであるためブレが激しく、対峙した魔術士達が放つ魔力もあってお世辞にも画質が良いとは言い(がた)い。とはいえ、特殊部隊用のアサルトライフルを始めとする高威力の小火器を存分に投入した容赦無い制圧の様子は十二分に伝わってきた。

 特に目を引くのは、左右の腕に軽々とM60機関銃を保持し、前衛を務めるスティーヴンの存在である。彼が発砲すると、その前方にフルメタルジャケットの暴風が巻き起こった。本来のM60では有り得ない弾幕――3倍、4倍に文字通り増殖した弾丸は、魔力の防護を容易く蹴散らして魔術士を裂き殺す。人体の挽肉(ミンチ)濫造(らんぞう)していた。

 そんな彼の神性と、親衛隊の集団戦法を駆使した虐殺に加えて、マップを俯瞰(ふかん)する形で戦況の推移も表示されている。親衛隊グループ2、通称バルフ隊は敵拠点を取り囲んだ上で一斉に攻撃を開始。組織だった抵抗の猶予(ゆうよ)を与えず、3分程度で殲滅を完遂したようだ。殉教(せんし)者も5名と極めて少ない。

『治安維持部隊と麻薬カルテルによる突発的な銃撃戦……現地政府とは調整済みだ。嗅ぎ回っていたジャーナリストは丁度昨日(さくじつ)、親衛隊で処理した』

 映像が終了したところでスティーヴンが言った。使われた火薬の量が多くとも、戦闘の続いた時間が短ければ相応に()(きた)りな事件として事後処理を行うことが可能である。尤もそれは()()の治安等に()り、西欧や日本のような地域では無理のある話だった。

 唯鶴は一瞬、斜め後方の依珠葉を見やった。彼女とて若くして助祭に至った響理会構成員であり、視覚に押し付けられた流血に動揺するほどデリケートではない。しかしさも当然のことであるかのように報告されたジャーナリストの抹殺については嫌悪感を隠せないようだった。唯鶴自身も表情にこそ反映させないが、彼女と同様の義憤(ぎふん)を抱いている。

 次いで唯鶴は同輩達の反応を伺う。やはり何を思うにせよ態度で示す者はいない――こともなかった。

 1人はディートリヒ・パウル・シュタイナー。現在第9教団の本部に滞在している少年は堂々と十字を切り、黙祷(もくとう)(もっ)て抗議の意を示した。

 もう1人はアレント・ノア・ルイス。童顔とはやや不釣り合いな覇気が増し、琥珀色の瞳から放たれる光の性質が変容している。当代の使徒で2番目の実力を誇るとされる少年は、無言ながら確かな怒りを見せていた。使徒に()()()()の頃であればスティーヴンに食って掛かり、冷たくあしらわれていたことだろう――と唯鶴は思う。

『それで、ソルヘイムⅢ等(さんとう)司教の遺体は発見できなかったと?』

 テスマンが言った。2年前に同じく我楽多王(ジャンク・ロード)という魔術士の組織に挑み、未帰還となった先代の使徒。今回の強襲作戦と(あわ)せ、遺体の捜索と回収がバルフ隊に任されていた。

 スティーヴンが答える。

『ああ、どの道()られたことは確かなんだ。死体は連中が処理したんだろ』

 大司教に対する態度としては粗雑の極みだが、彼の認識は尤もであった。こうして当代(いま)の使徒が新たに選抜されている以上、(しゅ)がその死を認識したことに間違いは無い。

『何人か捕虜を()ってくれれば確認できたのに』

 ヨハンナが指摘する。魔力の前では拘束への信頼性は揺らいでしまうが、スティーヴンがその気になれば幾人かの情報源を確保することは可能だった。彼が殲滅を選んだのは魔族に対する敵意と、手間を惜しんだが(ゆえ)である。

 親衛隊の忠誠は(しゅ)と使命のみに捧げられており、彼らの総帥(そうすい)たるララサーバル大司教が下した厳命でもない限り気の利いた対応は期待できない。

『奴が送り込まれたのは2年前だぞ?今更、残っている(ハズ)の無い死体に用事があるのか?』

 スティーヴンが応じた。これは自らの正当性を主張する反論というより、意図の(わか)らぬ指令に対する(さぐ)りである。あのテスマン大司教が、殉教(じゅんきょう)者に対する敬意のみを理由に取り計らうものか――これに関しては使徒全員に共通する認識だった。

 神性、祝福、心眼という異能力を備えた人体が()()された可能性を危惧してのことだろうと、サヴェリオやヨハンナなどは推測している。

『発見できなかったのであれば仕方ない。作戦の遂行に感謝する』

 テスマンは静かに打ち切った。彼の思考は(わか)らないが、常日頃からのことである。使徒達は(みな)慣れてしまった。

 サヴェリオは『さて』と次の議題を切り出す。

『日本の件、対“ムーンフェイズ”戦だな。横浜の物流施設における新型魔装の破壊作戦は失敗。親衛隊グループ1(ワン)及びシュタイナー司教は撤収し、追撃は萩村司教と第9教団に委ねられると』

 現況を聞き、スティーヴンが『フン』と鼻で笑う。親衛隊のオーウェル隊と使徒のディートリヒ、双方に対する揶揄(やゆ)だった。嫌味を浴びたディートリヒだが、敗北は敗北であるという認識から反応せずに押し黙っている。

『親衛隊から第9教団への引き継ぎは()(かく)、シュタイナー司教を退()かせるべきではないだろう。新型魔装が2つとも敵の手に渡っている状況だ。

 もし彼の負荷を考慮した()采配(さいはい)であるなら、私かヴィスコンティ司教が代わって加勢するが?』

 サヴェリオが続けて具申(ぐしん)した。ディートリヒの退却を命じたテスマンに対し、何やら試すような含みを感じさせる口調である。

『それには及ばないよ。萩村司教の実力であれば十分に対処が可能だと認識している。具体的な戦術については彼自身と第9教団に任せるが……何も正面から攻め込むだけが策という訳でもない』

 テスマンは答え、続けて『萩村司教、可能だな?』と付け加えた。

 唯鶴はそんな上役の態度に呆れつつも、(あらかじ)め用意した回答を述べる。

「はい。私1人で問題ありません」

 続く彼のアイコンタクトを受けたキンバリーら第9教団の面々が端末を操作し、画面上に複数の資料を表示した。第9教団が調査したものに加え、オーウェル隊や日本側から共有されたムーンフェイズに関わる情報の総括である。

 ムーンフェイズの動向や拠点について、特定が進んでいないという訳ではない。横浜港における取引(しか)り、唯鶴が強襲した東新宿のマンション然り。しかし相手はこと暗躍において凄まじい実力を誇る組織。首領たるラヴクラフトの所在を含め、未だ明らかでない点の方が多かった。

『これは……』

 サヴェリオが眉を(ひそ)める。その言わんとするところを引き継ぐように、唯鶴は口を開いた。

「そもそも決戦がいつになることか、予測できないという現状であります。シュタイナー司教に限らず、今の段階で使徒を日本に集めるべきではないでしょう」

 唯鶴が述べたのは、投入する予定が定まらぬ最高戦力を一箇所に集中させることの不合理性である。

「一先ずは第9教団及び日本政府による捜査結果を待ち、必要に応じて常駐する私が対処します。使徒の増援は都度検討するという形で如何(いかが)でしょうか?」

 彼はそう続け、首席の反応を待つ。

『了解した。状況に変化があれば報告してくれ』

 サヴェリオは進言に同意した上で、『(ただ)し』と異なる観点から念を押す。

『第9教団には迅速に結果を出して頂きたい。ラヴクラフトが魔装を伴って、日本共和国から脱出してしまう事態だけは避けるべきだ。

 テスマン台下(だいか)。本件に関する増員をカーティス総帥に勧告して頂けるだろうか?』

 マニラ市に(こも)ってばかりいる第9教団の総帥(トップ)に対し、サヴェリオとしては相応の働きを要求したいところであった。

(もっと)もな指摘だね。(ただ)ちに対応しよう』

 テスマンも快諾し、半ば暫定的とはいえ対ムーンフェイズの方針が定まった。当初テスマンが下命した通り、投入する使徒は唯鶴のみに留められる形だ。

 しかしサヴェリオは、不信や憂慮を表情の片隅に残したままである。

 ――勘付かれているかな。

 首席の態度を認識した唯鶴は一抹の不安を抱くが、それは彼自身が対処し得る領域を外れていた。


次回、再び理吹サイドへ。


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