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新しい住人

「え、なんだって…?」

「ユリハヨシオカは、お前を育てたあの母親だ」

「嘘だろ…だって、有美ちゃんの母親は、亡くなっているはずだ。嘘だ…」

そこまで自分でいったところで、ある仮説が自分の中で産まれる。

その仮説は、仮とは思いながらも、いまのサルヴェ・レジーナの発言で確証を増していた。

「教えてくれ。有美ちゃんの母親はいつなくなったんだ」

「昨年だ」

これは、ビンゴだ。

「どういう風に亡くなったんだ?」

「あぁ、マザーの死因は過労死だ。晩年は寝ずにここで僕らと仕事をしていた。彼女はマイラをもとの体に戻すためにはどうすればいいかをずっと研究していたのだ」

僕の仮説はさらに確信を深めていく。

「マイラが俺を気に入らないのであれば、俺を気に入る新しい適合者を探せば良い。そのためには、マイラを人間に戻す必要がある。イブは二人も要らないというわけだ。しかしのその研究は結果としてマザーの死によって永遠に叶うことがなくなった。よって、僕は新しくアダムを探すことにした。そして見つけたのがお前だ、ヨージ」

「なるのほどな」

「ようやく理解できてきたか、人間よ」

僕の中で仮説の糸が結び合わさる。

「ユリハヨシオカは慈悲深いお人だった。自分が母親であるにも関わらず、決してその事実をマイラには伝えず、ずっとそばで研究をしていた。マイラを産んだ直後は、我が子への愛でいっぱいだったのだろう。出産部屋でマイラを抱き締めながら泣いていった。組織のために産んだ子だと分かっていても、血の繋がった子供だ。一時は止んで組織から姿を消した。しかしそれは、組織の一人ではなく、母としてのその研究を支えるためだった。それに旦那やユミヨシオカに顔向けができないところもあり、アメリカを去り、二人でこの土地に移り住んだ。ドクターもその意向を汲み取り、日本での研究を容認した。産まれた故郷で研究をする方が、まだ心の回復になるのではというドクターの意見だった。それに、日本は安全な国で、こうした我々の研究が公にさらされるという心配が少ないというのも要因だった。

ユリハヨシオカの正式な立場は、この上の施設、養護施設の配給担当だった。しかし、それは建前で、24時間、365日マイラに添いながら研究を続けた。そしてしかるべきときがきて、マイラはイブになった。

そのときに、ユリハヨシオカが育てていたのがお前だった。お前自身も分かっていると思うが、お前もはじめは施設で預かっていた一人のチャイルドにすぎなかった。しかし、彼女の有り余りすぎる母性は行き場をなくしていたので、施設の子供をひとり育てさせてくれないかと自ら志願してきたのだ。そこで選ばれたのがお前だった。しかも適合者の実験をする前にな。もしも適合者の実験をした後に、ユリハヨシオカがお前を預かりたいと言ったらきっと状況は変わっていた。恐らく施設で育ち、そのままスムーズに計画が進んでいるはずだった。マザーが死んだ今となっては、その行為が意図的だったのかそうではなかったのかは分からない。しかし、奇跡が重なり、お前は“普通の子”として、ここまで育つことができた。マザーとの生活は愛に満ちて、それはもう楽しかっただろう」

楽しかった。

本当に楽しかった。

四畳半のアパートの一室には愛で満たされていた。

僕は、愛を教わっていたのだ、知らないうちに。

もしも母さんがいなかったら、僕は今頃…。

「だが、やっぱりマザーの心は不安定だった。一度壊れたガラスが戻らないように、心も戻らない。マザーは、愛を知ってしまい、その愛が将来行き場を失うこともわかっていたので、お前を手放すことにした。それもいきなりな。施設の出勤を無断欠席し、夜になって施設にきて、事情を話し、お前を返した。そのときにある条件をひとつ提示した。

マイラの実験を成功させる代わりに、お前を養子に出すこと。これを条件にマザーは実験の日々を重ねた。そこで、お前の名前をヨージ、つまり養子に変えて、然るべきときをまった。ちなみに、行き先の手配もすべてマザーが行った。そして、マザーは施設の者が間違わないようにとお前の名前を変えたんだ。お前の本当の名前はヨージではない。もう本当の名前なんて必要ないだろう。お前を捨てた親がつけた名前だ。今さらなんだっていうんだ。お前は、ヨージ。日本の漢字では養子だな。しかしそれではダイレクトすぎるとマザーが思ったんだろう。養子の子を司に変えたんだよ。」

一瞬ビックリしたが、すぐに平然に戻った。

サルヴェ・レジーナが言うように、今さら昔の名前も過去も必要ない。

僕が養子で、養司というのもそこまでのこだわりははい。

むしろ、母からつけてもらったら名前だと分かると嬉しかった。

亡霊のように僕にまと割りついていたのは、僕が母にしがみついて生きていたからこそ見ていた錯覚だったんだ。

いまでは、母を思い出すとこんなにも心が暖かくなる。

「あぁ、そういえば、その頃荒木の息子もよくマイラと遊んでいたな。よく遊んでいたのは、主に公園だったがな。施設にきて、マイラの実験風景を見て衝撃を受けたのだろう。幼い子供には刺激が強いな」

「やっぱり、そうだったんだ…」

僕の仮説は立証された。

すべてが繋がった。

「有美ちゃんも、すぐそばで生きていたのにね。会いに行ったりはしなかったの?」

「あぁ、それはご法度だ。それにマザーはそれを望んでいなかった。まぁ、俺がこの町のネットワークを牛耳っていたのもあって、何かあればすぐに伝えていた。マザーの元夫は病院で勤務しているから、命にか関わることは、すべて把握できる」

そうか、初代のサルヴェ・レジーナの中身をアイリはそのまま引き継いでいたから、アイリもこの町には詳しかったんだ。

「そういえば、アイリはマイラなんだよな。いつ名前が変わったんだ?本人もアイリだと最初から名乗ってたけど」

あぁ、それかとサルヴェ・レジーナ、「アイリ、というのはマザーが日本で使っていた名前だ」と即答した。

「ユリハヨシオカの名前はあまりにも組織内で有名すぎたのだ。神の御子を生んだ存在としてな。ただ、その容姿は組織内でもトップシークレットだった。上層幹部しか知らないってことだ。だから、マザーは名前を変えるだけで、ことが済んだ。そしてマイラがアイリを名乗るのは、マザーがそうプログラミングをしたからだ。マザーの真意は分からないが、意思を受け取ってほしかったんじゃないのか」

なるほど、と僕は心の中で思った。

バラバラだったパズルがひとつの形になっていくのを感じた。

さく、さくとパズルが気持ちよくはまっていく感覚を覚えた。

どうやらサルヴェ・レジーナは本当に僕に危害を加えるわけではないらしかった。

言葉が穏やかになっていき、彼もかつては人であったことを想像させた。

「聞いていいか?サルヴェ・レジーナ。これから僕たちはどうなる」

「お前はいまの肉体を切り離し、この世界のアダムになる。いままさにその準備をしている」

僕のことは、もうどうでもよかった。

もともとは実験体としての生を全うするだけの人生だった。

それがこんなにも生き延び、様々なことを体験することができた。

それよりも僕が気になっていたのは、

「みんなはどうなる?」

一緒にサルヴェ・レジーナの世界に連れてこられた荒木さんと、有美ちゃん。

そして水槽に浮いている可南子。

ベッドで横たわる有美ちゃんの姉。

そして、

「マイラもだ。みんなはどうなる?」

サルヴェ・レジーナは、事務的に淡々と話始めた。

「マイラはこれまで通りだ。お前と二人で、新しい世界の構築に向けて助力してもらう。その際、お前の“変換”が終わるのと同時に人としての感情や感性をデリートする。そうすることで、お前たち二人は完全に俺の支配下になる。感情は邪魔なんだよ、ヨージ。感情があるからこそ、疲労する。心が磨耗するのは、俺だけで良い。世界が疲弊することはないんだ」

そう言ったサルヴェ・レジーナの言葉にはたっぷりと感情が込められてたいた。

人が感情を持つからこそ、その感情に差違が産まれ、軋轢が生じる。

感情がコントロールできれば、無駄な争いは無くなる。

そう彼は謂いたいのだ。

「ユミヨシオカの姉はしばらくすると目が覚める。

お前の妹も記憶のデリートが終われば時期目覚める。首の後ろにコードを差している。作業が完了すればコードは自動的に外れる仕組みになっている。そして外れたコードはホースとなり、水槽の水を吸い上げる。そのころユミヨシオカの姉が目覚め、彼女を助ける。協会の奥に階段があり、地上まではきちんと帰られるように、そこまではプログラミングしておいた」

そこまで言うと一息つき、また続けた。

「荒木の息子も、ユミヨシオカも新世界の養分になってもらう」

「え、ど、どういうことだよ、はっき助けるって」

「気が変わったんだよ」

「全員、ここでの生を終わらせ、新世界の住人にする。それに」

「それに…」

「おしゃべりをしていたうちに、もう殺しておいた」

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