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アイリ

「まず、朗報だ。通信機にいるお前の妹とベッドに横になっているお前の姉は無事だ。記憶をなくしているだけだ。ちなみに、この通信機で記憶をきれいに消している。他の娘たちもそうだっただろう。ここでの記憶は一ミリも残さない。俺の仕事は完璧だ。だから時期に目は覚める。放っておけば自然に返したのに、お前たちが来たから俺の気持ちは変わった。全員ここから返さない」

良かったことと、良くなかったことを同時に言われ、どちらに反応すべきか考えていたときに、次のことを言われた。

「ユミヨシオカ、お前は適合者ではなったがマザーの御子である」

「そのマザーって何?もしかして…」

「そうだ、きっと考えていることは同じだ」

「そのマザーってなんなの?わたしのお母さんは、ただのお母さんだよ?」

「やはり何も知らないのか、、、憐れな御子よ。まぁそれもそのはずだ。マザーはお前が適合者でないとわかった後、この事実を絶対に知らせないように自ら身を引いたのだからな。マザーは惜しくもこの計画の真の目的を知りつつも、お前やそこに寝ているもののために研究職を退き、お前たちを日本に返した。双子の妹の死と引き換えにな」

「…え、ど、どういうこと?」

有美ちゃんの震える声が聞こえる。

「お前はユリハヨシオカの正当な御子だ。それに、厳密にはお前の妹は死んでいない。生まれ変わったという方が正しい」

「お母さんは、何をしたの…?それに妹が生きているって…?」

「喜べ、ユミヨシオカよ。お前の妹はすぐそばにいる。そして荒木よ、お前にも朗報だ。お前が幼少期に日々を共にしたあの彼女もすぐそばで生きている」

「え?」

二人の声が重なる。

「ククク…嬉しいだろう。お互いに大切な存在のはずだ。人生の歯車とも言える人物だよなぁ…全くマザーはイブにふさわしい適任者を産んだものだ…」

「…どこにいるの?」

「…どこにいるんだ?」

「ククク…そんな人がまさかこんな近くにいるとは…ククク…答えをいうのが惜しくなるほど面白い…」

「もったいぶらないでよ」

「ならば言おう」

その人はこの近くに?

まさか水槽に入れられているのか?

教会の奥にいるのか?

どこだ?

きょろきょろと辺りを見渡す。

周りには、数字の羅列や理解不能な数式、グラフで埋め尽くされたモニターしか視界に入らない。

「彼女は、あいつがいま持っている」

そうサルヴェ・レジーナはある一点を指差した。

二人の視界はその華奢な指先の先を辿る。

僕も辿る。

辿った先にはーーー。

「…僕?」

「ヨージ?」

「ヨージくん?」

犯人が指差した先には僕以外いなかった。

「え?」

僕が、女の人を?

そんなまさか。

バカな話はない。

女の人と付き合ったこともない僕が?

それに持っているってどういうことなんだ?

「そうだ、お前だよヨージ。マザーの愛も一心に受け、ぬくぬくと育ち、イブも自然に手中に納めるとは。ただ、それが幸をそうして、お前を見つけることができたのだがな。イブが“そちら側”に行ったのは計算違いだったがな。結果オーライ」

「ヨージ、お前何者なんだ?」

「ヨージくん、何を隠してるの?」

「え、僕はなんにも知らない。あいつが言っていること全くわからない。僕も知りたいくらいなんだ」

咄嗟なアクションとして、両手をバイバイと振った。

よく“違う”ということを意味するときの動作だ。

手を振った瞬間に右手に掴んでいた携帯電話が勢いよく宙に浮いた。

そのまま重力でしたまで落ちた。

しかし、予想とは違う結果となった。

カタン、と音がするはずだった。

携帯電話は地面すれすれのところで止まったのちに、ふわふわと僕の目の前に浮かび上がった。

「え?」

手品か何かとしか思えなかった。

ふわふわと浮遊を続ける携帯電話の視界の向こう、サルヴェ・レジーナが立っていた。

先ほど指を指していた右手はパーに開かれ、そしてその五本の指先からはじんわりと光が漏れていた。

「魔法?」

「これは魔法ではない。いまお前たちが見ているこの世界は俺が作ったものだからな。俺が思ったことがそのまま実現できる世界だ」

そう言うと、サルヴェ・レジーナは、ぐっと右手で握りこぶしを作った。

その瞬間、僕の携帯電話はひゅんっと音を立てて目の前から姿を消した。

「あ、アイリ!」

思わず名前を叫んだ。

「やはりな」

「ヨージ、今なんて…?」

「ヨージくん、今なんて…?」

今度は三人の声が重なる。

「え、あ、アイリって、言ったんだ…」

「うそ…」

「いや、そのまさかな…」

二人の顔を見ると、眉間にシワを寄せ、強張った表情を浮かべていた。

「二人とも正解だよ!この携帯電話は、あの“アイリ”だ。お前たちが長年苦しめられていた存在だよ。ユミヨシオカの双子の妹であり、マザーの実の娘。そして荒木の初恋の相手だ。そこのヨージはずっとそれをお前たちに隠していたんだよ!まさに裏切り者だ!しかし彼は適合者…アダムだからな…」

「うそ、そんな…」

「ちがう、有美ちゃん!僕は隠していなかった。それに何も知らない。だって、アイリはアイリじゃないか。それに教会に入る前に言ったじゃないか。この件が落ち着いたら、話すって」

「分かってるよ、ヨージくん。あなたが嘘をつけないことを私はしっているわ。私が驚いたのは、妹が生きてるってことなの。経緯は分からないけれど、ヨージくんに情報提供をしてくれていた子だよね?いま、どこにいるの?会いに行ける距離なのかな?その…イブになんかさせないで、会いに行きたい。早く、妹に、会いたい」

有美ちゃんが僕を信じてくれたことが何よりも嬉しかった。

だけれども、真実は彼女を落胆させる。

でもここまできたら、遅かれ早かれいつかは知る運命なのだ。

「…サルヴェ・レジーナだっけ?本当にそれがアイリなんだな?」

「ククク…あぁそうさ」

「でも、それはただの携帯電話だ。みんなが思ってるアイリなんかじゃない」

「携帯電話?なるほど、なんとなく検討はついた。ヨージ、俺らはヨージを疑っているわけではない。俺たちの中で、アイリはもう一回終わったんだ。死者は戻らない。それはお互いに認識している。だから、あいつが言っていることが嘘だってことも分かってる。俺らを動揺させようとして、変なことをいってるんだってな」

荒木さんの優しさが嬉しかった。ただ、その優しさは傷口に塩を塗られるように染みていった。

「微妙に違うんだ…荒木さん。僕にもよく分からないんだ。携帯電話を買ったんだよ、駅前の中古ショップで。そしたらあの爆発が起きて、そしたら携帯電話から声がして、アイリと名乗ったんだ」

「え…?つまりヨージくんの携帯電話がアイリなの…?」

嘘よ、と僕の発言を否定するかのように有美ちゃんは口許に両手を当て、拒絶の姿勢をとった。

「僕もはじめは不思議だと思った。でも、いろいろと力を貸してくれたり、助けてくれたり、本当にそうなんだと思い始めてた。でも、それが二人の大切な人だとは」

「若干の誤解がある。この携帯電話事態がアイリ、つまりはイブではない。本体はこちらだ」

宙に浮遊する携帯電話の目の前で、サルヴェ・レジーナが右手の人差し指と親指でパチンと合図をした。

すると、目の前で携帯電話がパンッと飛び散った。

あたりに破片が飛び散る。

すると、ある破片だけが床に落ちず、浮遊していた。

かなり小さい。

指の腹くらいの微小な破片。

「これがイブだ」

「え…?」

「これが新世界を作り出し、平和と均衡を保つ神となる」

浮遊した黒緑の破片は光を帯ながら浮いていた。

あれがアイリ?


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